第32話 黄金の夜明けをもたらす者

 シェンナはノヴィスに肩を貸して地下水路を歩く。


「ちょっとノヴィス! そんなにシェンナさんにくっつく必要はないんじゃない! もう少し離れなさい!!」


 後ろで警戒しながら歩くシズフェがノヴィスに文句を言う。

 ノヴィスは戦闘で消耗したために、まともに歩く事さえできなくなっていた。

 シズフェやその仲間もノヴィス程ではないが消耗している。

 シェンナの兄であるデキウスも消耗している上に誰か知らない男性を運んでいる。

 そのため、一番体力を残しているシェンナがノヴィスに肩を貸す事にしたのだ。

 ノヴィスは確かにどさくさに紛れて胸を触ったりしている。

 しかし、ノヴィスが頑張ったおかげで兄は助かったと言える。

 だから、少しぐらいのお触りは許してあげようとシェンナは思う。


「別に構わないわシズフェさん。彼が一番頑張ったらしいじゃない。消耗もしているようだし。これぐらい何ともないわ」


 シェンナはノヴィスを庇う。


「さすがシェンナさん優しいな~。それとも、もしかしてシズフェ。妬いてるのか?」


 ノヴィスはシェンナに抱き着くようにもたれかかり、シズフェを見て笑う。


「はあ? そんな訳がないでしょうが!!」


 シズフェの怒声。

 それを見てシェンナは微笑ましく思う。

 シズフェは女神により聖別された戦乙女であり、シェンナの目から見てもとても綺麗な女の子だ。

 もし、演劇に興味があるならぜひともミダス団長に紹介したいと思う。

 シェンナが2人の態度を見る限り、ノヴィスはシズフェが好きみたいであった。

 ノヴィスはシズフェが妬いていると思って喜んでいる。

 だけど、どう考えても逆効果だろう。

 妬かせたいと思うなら、他の女性にべたべたするべきではない。

 すれば逆にシズフェは離れて行ってしまう。

 どさくさに紛れてお尻を触るのはもってのほかである。

 もっともシズフェはノヴィスの事を何とも思っていないようだとシェンナは思う。

 声の調子から本当に心配をしているだけのようであった。


「シェンナ。ノヴィス殿と彼を交換しようか? 彼の方が軽いからね」


 デキウスが肩を貸している男とノヴィスを交換しようと提案する。

 男は起きているのに目が虚ろだ。

 ほとんど自分で歩く事もできない様子である。

 心が壊れているのだ。

 何者か知らないけど医と薬草の女神ファナケアの神殿に連れて行った方が良いだろう。


「別に良いわよ兄さん。兄さんだってきついのに交換なんて出来ないわ。それに彼は有名な火の勇者様よ。むしろお近づきになれて光栄だわ」


 シェンナは営業用の顔を作りノヴィスに向ける。

 筋肉質なノヴィスに比べて兄さんが肩を貸している男はすごく痩せている。

 運ぶならノヴィスよりも楽なのは間違いない。

 だけど、デキウスもノヴィス程ではないにしても消耗しているので交換はできない。


「おおシェンナさん! 俺もシェンナさんとお近づきになりたいです」


 にやけた顔をしながらノヴィスは嬉しそうにする。

 おそらく後ろのシズフェは呆れた顔をしているだろう。

 その様子を見てシェンナはちょろいと思い、こりゃ駄目だなと結論する。

 やがて地下水路の入り口が見えて来る。


「ようやく戻った~」


 地下水路から出た魔術師のマディが声を出す。


「うん? 何か様子がおかしいぞ」


 ケイナは地下水路から上がると周りを見ながら言う。


「これは一体どういう事なのですか? 入る時は晴天だったのに!!」


 女性司祭のレイリアが空模様を見て驚く。

 シェンナ達が地下水路に入る時は間違いなく晴天だった。

 なのに今は空が黒く曇り、風が吹き、雷光が見える。

 おかしな天気であった。

 それに、人々が何か騒いでいる様子である。


「みんな! あれを見ろ!!」


 エルフのノーラが北の空を指す。


「嘘……。何よあれ」


 シェンナ達がいる場所からはすごく遠いがはっきりと見える。

 北の空には多くの魔物が空を飛んでいるのだ。

 その光景はまさにこの世の終わりのようであった。

 だからだろう、人々が騒いでいる。

 慌てふためいて走り回る者。

 泣きだす者。

 神に祈る者。

 剣を構えて城壁へと向かう者。

 人々の反応は様々だ。

 だけど、どんな事をしようと人間にどうにかできるような事態ではないのは確かであった。


「魔物が攻めて来たと言うのですか?」


 レイリアは怒りを込めた視線で空を見上げる。

 だけど、その顔は青ざめている。


「ちょっとやべえんじゃねえか、逃げねえと……」

「ああ! でも見てあれ! レイジ様がいるわ!!」


 シズフェが指した方向には光り輝く誰かが空を飛んでいる。

 その光り輝く者は魔物からこの国を守るように対峙しているではないか。


「確かに、光の勇者殿ですね」

「兄さんの言う通りだわ。あれは光の勇者様だわ」


 シェンナのいる場所から遠い所を飛んでいるのになぜか光の勇者レイジの姿ははっきりと見えた。

 その姿は魔物からアリアディア共和国を守ろうとしているようであった。


「何かわからないけど、行ってみましょう!!」


 シズフェの言葉に全員が頷くのだった。






「さすがチユキさん。簡単に抑え込んだね」


 サホコが飛びながらチユキに言う。

 下にはチユキの魔法の呪縛で動けなくなったバドンがいる。

 巨大な長細い胴体の虫。それがバドンだ。

 このバドンは昔、アリアディア共和国を襲った邪神で音楽の神であるアルフォスによって倒された。

 しかし、バドンは魔術師タラボスの体を憑代にして復活し、再びこの国に害をなそうとしている。

 前に倒した時にその全てを消しておけば良かったのだが、今更言っても仕方がない事である。

 今度はきちんと消さなければならなかった。

 再び目覚めたバドンは暴れようとしている。

 チユキが魔法で縛らなければ大変な事になっていただろう。

 バドンを見た人々がパニックを起こし逃げ惑っている。

 チユキは姿消しの魔法を使いバドンの姿を見えなくする。

 これで、魔力の弱い人にはバドンの存在がわからなくなる。

 周りにいる人達も落ち着くはずであった。


「動けなくしたのは良いけど、これからどうしようかしら? 今度こそ復活できないように完全に消してしまいたいわ。でも、街中で火力が強い魔法を使うわけにいかないし……」


 バドンはかなりの巨体だ。

 完全に消滅させようと思ったら周囲にも影響が出そうだ。


「広い所に運ぶしかないかな?」

「そうねシロネさん。リノさん、海の方に運びたいのだけど、できそう?」

「うん、何とかやってみる」


 リノは風の精霊を呼ぶとバドンは宙に浮かび上がる。

 もちろん暴れるがチユキの魔法の縛りはそんな事では解けない。

 アルフォス神は火力の高い魔法を使えなかったみたいだが、チユキとリノは使う事が可能だ。海に運んで消し炭にするつもりだった。


「チユキさん! 大変っす! あれを見るっす!!」


 ナオが北を指して言う。

 指した方向にはかなりの数の魔物が見える。

 その中には暗黒騎士の姿も見える。


「もしかしてクロキが来てるの?」


 シロネは魔物の群れを睨みながら言う。


「いや、シロネさんの彼氏はいないみたいっす」

「彼氏じゃないのだけど……」


 シロネがナオの言葉を小声で否定する。


「そういえば月光の女神はどこにいるのかな? いないみたいだけど」

「サホコさんの言う通りね。そういえばバドンの祭壇にはいなかったし、どこにいるのかしら?」


 チユキは首を傾げる。

 地下に銀髪の女性がいた形跡はなかった。

 彼女がどこにいるのかチユキは気になる。


「私もクロキがいないなら興味はないわ。あれぐらいならレイジ君1人でも大丈夫だと思う」


 シロネは魔物の群れを見ながら言う。


「確かにそうね。レイジ君1人に任せてと大丈夫と思うけど……。でも市民に被害が出るかもしれな

い。私が行った方が良いかもしれないわね。ここは任せて良いかしら?」


 チユキは上からアリアディア共和国を見る。

 魔物が現れた事でアリアディア共和国中の市民達がパニックを起こしている。

 魔物が襲って来なくても、混乱で被害が出そうであった。


「わかった、チユキさん。ここは私とリノちゃんでやるから、市民の人達を安心させてあげて」


 シロネとリノは宙に浮いたバドンをアリアド湾の方へと運んでいく。


「サホコさんは念のためにファナケア神殿に行ってくれるかしら?」


 チユキが言うとサホコは頷く。

 ファナケア神殿はこの世界における病院である。

 怪我をした市民が運ばれるはずである。

 治癒魔法が得意なサホコに行ってもらったほうが良いだろう。


「ナオさんは私と一緒に来てくれる?」

「わかったっす」


 仲間達と別れるとチユキとナオはレイジの所に向かう。


「レイジ君、どういう状況なの」


 チユキはレイジの横に来て聞く。


「チユキにナオか? ウルバルドを追っていたら、横槍が入って来てな。そして、ちょっと休止している所だ」


 レイジは剣を相手に向けて言う。

 剣の先には暗黒騎士がいる。

 シロネの幼馴染の暗黒騎士ではない。

 兜を被っていないので顔が見える。


「あれは暗黒騎士ランフェルド? まさか奴もここに来てたの?」


 チユキは驚いてランフェルドを見る。

 チユキが知る限り彼は最強のデイモンのはずだった。それが、このアリアディアに来ているのだ。

 驚くのも当然だった。

 そのランフェルドは雷竜の上に立ち、チユキ達を睨んでいる。


「何が目的なのかしら?」

「わからないな。でも、奴はやる気らしい。2人とも下がってくれ」

「相手の数は多いわよ。手伝わなくて良いの?」

「一騎打ちが望みのようだ。大丈夫だろう」


 レイジの言う通り、ランフェルドを残して他の魔物達は後ろに下がっている様子である。


「そうみたいね。ナオさん、下がりましょう。でも魔物がアリアディアに向かって来るなら動くわよ」

「ああ、その時は頼む」


 レイジは余裕の表情で言う。

 チユキも特に心配はしていない。

 レイジはあれから強くなった。

 チユキはレイジとシロネが剣の練習をしていた事を思い出す。

 努力をしなかった天才が努力をしているのだ。おそらくもう誰もレイジに敵わないはずであった。

 それよりもチユキとしては魔物がアリアディアに向かわないかどうかが心配であった。

 先に魔法で蹴散らそうかどうか迷うが結局下がる事にする。

 チユキとナオはレイジを残して、アリアディア共和国の一番外の城壁へと向かう。

 城壁の上を見るとそこにはクラスス将軍とその配下がいる。魔物が来た事で慌てて駆けつけたのだろう。

 そして、そこにはキョウカとカヤにリジェナも一緒にいた。彼女達も騒動を聞いて駆けつけたのだろう。

 チユキとナオはそこに降りる。


「あの、チユキ殿。我が国は大丈夫なのでしょうか?」


 クラススが不安そうに聞く。


「大丈夫だと思います。あれぐらいならレイジ君は負けません。それに私達がついています。そうよね、キョウカさんにカヤさん?」


 チユキは2人を見る。


「ええ、もしもの時はわたくし達も動きますわ。そうですわねカヤ?」

「はい、お嬢様」


 キョウカが胸を張って言うとカヤが相槌を打つ。


「クラスス将軍! これはどういう状況なのですか?!!」


 チユキ達がいる所に誰かが来る。デキウスだ。後ろにはシズフェ達もいる。それから踊り子の姿をした女性を連れている。


(確か彼女はシェンナさんよね? なぜ、ここに?)


 その女性を見てチユキは驚く。

 しかし、今はそんな事を気にしている場合ではない。


「これはデキウス卿。魔物が攻めて来たのです。ですが、光の勇者殿が対応してくれていますので、心配はないとの事です。そうですね、チユキ殿?」

「はい、クラスス将軍。大丈夫でしょう。彼もいない事ですしね」

「彼?」


 そう言ったのはシズフェだ。

 チユキは口を滑らせた事に気付く。


「彼とは前にレイジ様に勝った暗黒騎士の事です。その暗黒騎士以外の相手ならレイジ様の敵ではないでしょう」


 カヤがチユキの代わりに答える。


「そんな奴がいるのですか?」


 シズフェは心配そうに言う。


「はい、既に会っているはずですよ、貴方がたは」

「えっ?」


 シズフェ達全員が変な顔をする。


「チユキさん! 始まるっすよ!!」


 ナオが突然声を出す。

 レイジと雷竜から降りたランフェルドが距離を縮めて戦いを始める。

 空中で光の剣と雷の剣がぶつかると強烈な衝撃波が襲ってくる。


「ちょっと! 本当に大丈夫なのでしょうか?!!!」


 クラススが衝撃波によろめきながら言う。

 他の人達もよろめいている。

 この城壁の上で平然としているのはチユキの他にはナオとキョウカとカヤとリジェナぐらいだ。


「チユキ殿! 市民が騒いでいます! 何とかならないでしょうか?!!」


 デキウスが城壁の下を見ながら言う。

 こんな状況でも市民の事を考えているのはさすがだとチユキは思う。

 チユキは下を見る。

 衝撃波がアリアディア全体に伝わっているのだろう。市民達がパニックを起こしている様子が見て取れた。


「仕方がありません。何とかしましょう」


 チユキはレイジ達の戦いを魔法の映像でアリアディア共和国中の人達が見えるようにする。

 レイジとランフェルドの戦いは凄まじい。

 だけど、明らかにレイジが押している。

 その顔には余裕があり、明らかに遊んでいる。

 これを見せれば落ち着くはずであった。


「落ち着きなさい!アリアディア共和国の市民達よ!!」


 そして、チユキは魔法で声を響かせ、アリアディア中に聞こえるようにして叫ぶ。


「今! 魔族がこの地に攻めて来ていますが心配はいりません! 必ず光の勇者が打ち倒します!!」


 チユキが大声で言うと市民の騒ぐ声が鎮まる。

 城壁の上のクラススの配下達が歓声を上げる。


「そうよ、レイジ様が負けるはずがないわ! だってレイジ様は黄金の夜明けをもたらす者だもの!」


 シズフェが叫ぶ。

 チユキは叫びの中にある黄金の夜明けをもたらす者の事を聞いた事があった。




 

 黄金の夜明けをもたらす者。





 それは人々の間で語られる救世主の事である。

 遥かな昔、この世には魔物が存在せず人々はエリオスの神々と共に明るく楽しく暮らしていた。それが過去にあった人類の黄金時代である。

 しかし、魔王モデスがこの地上を自分の物にするために世界中に魔物を放った。

 その結果、人々は魔物を怖れ、城壁作り、その中で暮らすようになった。

 それが、今の闇夜の時代である。

「黄金の夜明けをもたらす者」とは闇夜ダークナイトを斬り裂いて、再び人類に黄金時代をもたらす救世主の事だ。

 魔王を倒し、この世界から魔物を消す者がやがて現れる。

 人々はそう信じているのだ。

 シズフェはレイジを黄金の夜明けをもたらす者と呼ぶ。

 チユキは正直、性格はどうかと思うが、レイジは人類の希望と見なされているようであった。

 だから便乗させてもらおうとチユキは思う。


「アリアディア共和国の市民の皆さん! 光の勇者レイジは負けません! レイジは女神レーナ様に選ばれた黄金の夜明けをもたらす者です! ですから安心して下さい!!」


 チユキが魔法を使い言うとアリアディア中から歓声が聞こえる。

「光の勇者」と「黄金の夜明けをもたらす者」がアリアディア中で連呼される。


(まあ、これで大丈夫かしら。後はレイジ君が負けなければ問題は起こらない)


 チユキはレイジとランフェルドの戦いを見る。

 戦いは激しくなっているが、明らかにレイジが優勢であった。

 だからチユキは気楽に戦いを眺める。


「ちゃんと勝ちなさいよ。貴方は人類の希望なのだから」



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