第31話 嵐の始まり

「おい、水の勇者ネフィム。まだやれるか?」

「当然です、地の勇者ゴーダン。これぐらいでやられる私ではありません」


 しかし、ネフィムとゴーダンを除き、仲間はいない。

 全てネズミ人ラットマンにやられてしまった。

 先程の襲撃を何とか凌ぎ逃げて来たが限界が近い。


「松明をなくした。お前の力を頼りにしている」


 ゴーダンは笑いながら言う。

 水の精霊の力を得ているネフィムは水の有る所なら光がなくてもある程度行動できる。

 だからこそ生き延びているのだ。

 しかし、水の気配からネズミ人ラットマンが近くにいる事がわかる。

 数が多くて逃げ場がない。


「来ていますね。数が30と言った所でしょうか」


 ネフィムは水路の先を見て言う。

 後戻りをしても先程のネズミ人ラットマンがいるだろう。逃げられない。


「逃げられねえな。適当に位置を教えてくれ、俺が突っ込む。ネフィム、お前は後ろから援護をしてくれ」

「わかりました。それしかないですね」


 松明がなければゴーダンは周囲が見えない。

 位置を教えてゴーダンが突っ込んだら後ろからネフィムが援護するしかないだろう。

 ネズミ人ラットマンは暗闇でも見えるみたいだ。不利と言わざるを得ない。

 ネズミ人ラットマンが私達に気付いたのか近づいて来る。


「あれ?」

「どうした? ネフィム?」


 ネフィムが変な声を出したのでゴーダンが心配そうな声を出す。


「笛の音が聞こえます。それにネズミ人ラットマンの動きが変です。私達に気付いていたはずなのに、どこかに行ってしまいました」


 前方で待ち伏せをしていたネズミ人ラットマンがどこかへ行ってしまった。

 ネズミ人ラットマン等の獣人は人間よりもはるかに鋭敏な感覚を持っている。

 何かに呼ばれたようであった。


「よくわかんねえが、助かったな。今の内に脱出しよう」

「そうですね……」


 ネフィムとゴーダンは地下水路を走るのだった。






「どうしたのナオさん?」


 チユキはナオに聞く。

 ナオの様子が少しおかしいのだ。


「チユキさん、笛の音が聞こえるっす」

「笛の音?」


 チユキは言われて耳を澄ませる。

 確かに笛の音が聞こえていた。

 

「確かに笛の音が聞こえるわね。どういう事かしら?」


「これは何かに呼ばれているような感じだ。カルキノスが現れた時と同じだな」


 同じように鋭敏な聴覚を持つレイジが言う。


「もしかして罠かな?」

「わからないわシロネさん。祭壇の入り口には罠がしかけられているし。この笛の音も罠かもしれないわ。でもそれにしてはおかしいわね」


「どうするのレイ君? 笛の音がする方に戻る?」

「いや、サホコ。ここは先に進もう。いちいち戻るのは面倒だ。それに、ここまで来たんだ。この奥に何があるか確かめてから行こう」


 レイジは首を振って答える。

 チユキ達はバドンの祭壇へと続く通路の前に立っている。

 本当なら地下水路はバドンの祭壇に繋がっていない。

 そのため、魔物達は近くの場所から横穴を堀って、祭壇への道を開いたようであった。

 いざ入ろうかと思ったが魔法の罠が仕掛けられている事に気付いた。

 一定以上の魔力を持つ者を閉じ込めるための結界である。

 設置するのは面倒くさいがチユキにも使う事ができる。

 魔力の高い者が気付かずに入ったら閉じ込められるだろう。

 危ない所だったとチユキは思う。


「確かにまたここに戻るのは嫌かも。チユキさん。魔法はまだ解けない?」

「待ってリノさん。結構仕掛けが強力みたいなの。だけど、もう少しで解けるわ」


 チユキは魔力を集中する。

 魔法の罠はなかなか強力であった。


「チユキさんでも解くのが難しいっすか……。やっぱりあの銀髪の子がやったんすかね」

「そうねナオさん。コルネス邸の地下での事を思い出すわね。おそらく彼女は何かの罠を仕掛けている。この魔法の罠がそうなのかもしれないわ。でも大丈夫、もう少しで魔法は解けるわ」


 チユキはそう言って笑う。

 こういった閉じ込めるための魔法の罠は中からは打ち破るのは難しいが、外からなら比較的簡単だ。

 少し時間がかかったが魔法の罠を解除する事に成功する。


「これで先に行けるな。さて何が待っているのやら。行こうみんな」


 レイジの言葉に頷くとチユキ達はバドンの祭壇へ入る。

 短い通路を抜けると広い場所へと出る。

 広場は地下水路と違い明かりがあるため何があるのかすぐにわかる。

 そこにいたのは異形の怪物達。

 そのほとんどがレッサーデイモンと呼ばれる者達である。

 そして、チユキ達はその中央にいる者を見る。


「デイモンか。やはりこの事件の背後には魔王が手を引いていたようだな」

「そうねレイジ君。中央にいる奴はナルゴルで見た事があるわ。確かウルバルドだったかしら?」


 チユキはウルバルドを見て言う。

 かつてナルゴルに攻め入った時にチユキはウルバルドと戦った事がある。

 その事を覚えていたのだ。


「来たか……。勇者共」


 ウルバルドはチユキ達を憎々しげに見る。

 その表情はどこか疲れている。


「さて、お前達が何をしようとしているのか教えてもらおうか?」


 レイジが剣を抜くとウルバルドに突き付ける。


「私が何をしようとしているのかは、私自身が知りたい所だよ」


 ウルバルドは首を振って答える。


「何を言っている?」


 レイジは首を傾げる。

 それはチユキ達も同じだ言っている意味がわからない。


「悪いがその問いには答えられないな。しかし、お前達が結界を解いてくれたおかげで脱出できそうだ。タラボス!!!」

「はい……」


 ウルバルドに呼ばれて1人の男が前に出てくる。


「タラボス副会長……。行方がわからなくなったって聞いていたけど、こんな所にいたなんて」


 チユキは呟く。

 前に出てきたのは魔術師協会の副会長だったタラボスだ。

 そのタラボスは虚ろな目でチユキ達を見ている。


「タラボス!!我々が脱出する時を稼げ!!」


 そう言うとウルバルドは天井を打ち破り上空へと逃げる。

 当然デイモン達も後に続く。


「俺はウルバルドを追う! こいつは任せたぞチユキ!!」

「ちょっとレイジ君!!」


 チユキが止める暇も無く、レイジがウルバルドを追って空を飛ぶ。


「あちゃー。行っちゃったっすね」

「もう勝手なのだから……」


 チユキは眉間を押さえる。


「上の劇場の人達は大丈夫かな」

「それなら大丈夫だよサホコさん。念のために劇場から避難させておいたから」


 シロネは答える。


「チユキさん! 大変だよ! あの人の様子が!!」


 リノの慌てた声。

 全員が見るとタラボスの体が膨らんでいる。


「何っすか、あれ? 虫?」


 そう言ってナオはタラボスの腹を指す。

 タラボスの体から複数の虫の足が出てきていた。

 虫の体はタラボスの体を食い破るように大きくなっていく。

 そして、周囲にいたネズミ人ラットマン達を吸収する。おそらく食べているのだ。


「うわっ気持ち悪い!」


 リノがタラボスの腹から出る虫の足を見て青ざめる。


「もしかしてバドン? 依代にでもされたの?」


 チユキは劇場にあったレリーフを思い出す。

 蟲の邪神バドンはあらゆる物を食べて大きくなる。

 バドンの脚はうごめくごとに大きくなり、比例してタラボスの体は萎んでいく。

 虫に吸収されているかのようであった。


「ちょっと! チユキさん! これ危ないんじゃ!!」


 サホコは慌てた声を出す。

 タラボスの体はどんどん大きくなっていく。このままではこの部屋よりも大きくなりそうであった。


「脱出するわよみんな!!」


 チユキ達は急いで上空へと飛ぶのだった。





「ウルバルド様! 勇者が追ってきます!!」

「そんな事は分かっている! ちっ! やはり止められなかったか!」


 ウルバルドは舌打ちをする。

 ウルバルドはタラボスをバドンの憑代にしたのである。

 バドンは一度滅んだ邪神だ。

 その力が残滓となって残っているにすぎない。

 だから、人間のような下等生物でも憑代にできたのである。

 しかし、勇者はタラボスを無視して追って来る。

 目論見が完全に外れたのである。

 勇者の動きは速い。このままでは追いつかれる。

 転移魔法を使おうとするがうまく発動しない。

 周囲の空間の魔力の流れがおかしくなっていて発動しないようであった。

 ウルバルドが後ろを見ると、後続の黒山羊達が勇者に倒されていく、そのため焦りが出ていた。


「ウルバルド様! ここは私が押さえます! 逃げて下さい!!」


 そう言ったのは側近であるマンセイドだ。

 マンセイドはナルゴル外の状況を調べる調査官だった者である。

 調査官だった時にこの地域に来ていたとウルバルドは聞いていた。

 それなりの実力はあるが、勇者には敵わないだろう。

 しかし、ウルバルドには捨て石にする者を選ぶ暇はなかった。


「頼んだぞマンセイド卿!!」


 マンセイドが勇者に向かうのを確認すると、ウルバルドは距離を取るためにさらに速度を上げる。


「何をしている! ウルバルド卿! 配下を見捨てる気か!!」


 突然ウルバルドは声を掛けられる。

 そして、遥か上空を見る。

 雲の中に竜が隠れている事に気付く。その竜にも見覚えがあった。


「ランフェルド卿!!何故ここに!!」


 ウルバルドは竜を見て叫ぶ。

 竜はランフェルドの乗騎である雷竜だ。その周りには配下である暗黒騎士達の姿が見える。


「勇者が何かをしているらしいから来てみれば……。これはどういう事だウルバルド卿!!」


 配下と共に降りて来たランフェルド卿が憤怒の形相でウルバルドを見る。


「こ、これは……」


 ウルバルドは言い訳をしようとするが言葉が見つからない。


「だが、言い訳を聞いている暇は無さそうだなウルバルド卿よ! 私が勇者を一騎打ちで止める!!その間に配下を下がらせろ!!」


 そう言うとランフェルドは剣を抜く。

 剣を抜くと剣身から雷光が走る。

 ランフェルドの剣は雷雲を呼ぶ雷鳴の剣だ。そして乗騎の雷竜は雷雲を作る事ができる。

 瞬く間に黒い雷雲が発生する。


「そんな無茶苦茶だ……」


 ウルバルドは首を振る。

 勇者は強い。ナルゴルで暗黒騎士達が束になっても勝てなかった。それを一騎で止めるなど不可能だ。


「アルガド卿、ザイレスド卿……」


 ランフェルドはかつて勇者によって殺された暗黒騎士達の名前を呟く。

 ウルバルドは知っていた。

 ランフェルドは配下には優しい男だ。自らの采配で犠牲なった配下を今でも悔いているのだろう。

 ランフェルドは剣を掲げて勇者に向かう。


「我々が残ります。ウルバルド閣下は配下を連れて撤退して下さい」


 ランフェルドの配下の暗黒騎士がウルバルドの側に来る。


「卿達も残るつもりか?」

「我々も撤退するように命令されていますがランフェルド様を置いてはいけません。我々も残ります」


 その言葉を聞いてウルバルドは頭が痛くなる。


(どいつもこいつも馬鹿か? 犠牲が増えるだけだぞ)


 こうなっては犠牲が出るのは仕方がないとウルバルドは思っている。

 問題はどれだけ犠牲を少なくできるかだ。

 しかし、ランフェルドを失う事は犠牲が大きすぎる。

 そのためウルバルドも逃げる事が出来なくなっていた。


「どうすれば良い……。ランフェルド卿を置いて逃げたら魔王陛下に顔向けできない」


 ウルバルドは悩むが結論は出ない。

 ランフェルドの呼んだ雲が雷光を放つ。

 嵐が始まろうとしていた。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


正直に言いますとウルバルドの配下とレイジとの戦いをもっと書きたい。

しかし、自身の脳みそが追いつかない。

おそらく書く力が落ちているのでしょう。

勢いがないと書けない状況だったりします……。

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