第22話 上京グール

 チユキとレイジとリノとナオとデキウスはコルネス邸の玄関へと来る。

 玄関に近づくと2人の門番が私達を止める。

 おそらくコルネスの私兵で二人とも武装をしている。

 そして、チユキは私兵達の正体に気付く。


「何者だ?! 何の用がある?!!」


 体の大きい私兵がチユキ達を睨んで言う。


「私は神王オーディス様に仕える者にして、元老院議員のナキウスの息子デキウスです。コルネス殿に取り次いでいただきたい」


 デキウスが頭を下げる。

 同じ元老院議員の名を出された事でどうすべきか悩んでいるみたいだ。

 門番達は小声で相談する。


「わかった。ちょっと待っていろ」


 門番の1人が奥へと消える。


「どうやら、当たりのようだなチユキ」

「そうね。当たりだわ。わかりやすくて助かるね」

「本当だね。何て言うのかな、あの動物? 昔テレビで見た事があるのだけど?」

「ハイエナっすよ、リノちゃん」

「ああ、そっか。そうだねナオちゃん、ハイエナさんだ」

「あの、何の話でしょうか?」


 この中で唯一気付いていないデキウスは戸惑った声を出す。

 しばらくして門番が戻ってきて、横には侍女らしき女性を連れている。


「ご主人様がお会いになられます。どうぞ中に」


 侍女の案内で、チユキ達は玄関を通り中へと入る。

 応接室へと入ると初老の男性が待ち構えていた。


「これは、これはデキウス卿。それにあなた方は? 一体何の用ですかな?」


 初老の男がデキウスとチユキ達を見る。


(どうやらこの男がコルネスのようね。やっぱりコルネスも門番や侍女と同じね。宴会に来ていなかったから私達の事は知らないみたいだわ )

 

 チユキはコルネスを見て、本物はどうなったのだろうと思う。


「お会いいただき 、ありがとうございます。こちらは光の勇者レイジ殿とその仲間であるチユキ殿とリノ殿とナオ殿です。コルネス殿、どうしてもお伺いしたい事が有りまして来ました」


 デキウスは丁寧に挨拶する。

 だけど、デキウスを除くチユキ達は何もしない。

 コルネスは光の勇者と聞かされて驚く様子を見せる。

 勇者達が来るとは思わなかったらしい。

 しかし、気を取り直すと席に座るように促す。

 促されチユキ達は席に座る。


「して何用でございますかな? 光の勇者殿にデキウス卿?」


 チユキ達の対面にコルネスは座って言う。


「実はある人物を探しているのです」

「ある人物? ほう、誰ですかな?」

「名前はわかりません。わかっているのは白銀の髪の美しい女性だと言う事だけです。我々は彼女を月光の女神と呼んでいます」


 デキウスがそう言うとコルネスの眉がぴくりと動く。


(この様子は心当たりがあるみたいね)


 チユキは冷めた目でコルネスを見る。


「白銀の髪の女? その女性を探していると?」

「はい、コルネス殿。どうやら、先日のカルキノス事件に関わりのある人物のようなのです。心当たりはありませんか?」


 そう言われてコルネスは考え込む。

 何と答えようか迷っているみたいだ。


「はぁ、何故それを私に? カルキノスのことは聞きましたが、そのようは人物がいるとは初耳ですな」


 コルネスは考えたあげく、とぼけて言う。


「それは嘘」

「コルネス殿。それは嘘ですね」


 リノとデキウスは宣言する。

 2人は嘘を感知する事ができるので当然であった。


「嘘? はて、何の事ですかな? そのような者は知りませんし、この屋敷にはおりません。捜査でしたらお断りさせていただきます」


 コルネスはにやりと笑って言う。

 元老院議員だから捜査されないと思っているようであった。


「チユキ。もう良いんじゃないか? いつまでこの茶番をするんだ」

「そうね、レイジ君。では最後に1つだけ質問させてもらっても良いですか? 本物のコルネス殿をどうしたのかしら?」


 チユキがそう言うとデキウスが何を聞いているのだと顔をする。

 コルネスもまた何故そんな事を聞くのかわからない様子であった。


「本物ですと? 私がコルネスに決まっているじゃないですか」


 コルネスがそう言った時だった。

 ようやく気付いたデキウスが驚いて立ち上がる。

 

「コルネス殿!? あなたは!?」


 デキウスの様子にコルネスはしまったと言う顔をする。


「いい加減本当の姿を見せたら? 私達から見たら正体なんてバレバレよ」


 チユキがそう言うとコルネスは立ち上がる。

 そして、その顔が変わり始める。

 その変化が終った時、コルネスの顔はハイエナのような頭になる。


「ぐううううう! 見破られていたのか!!!」


 正体を見破られてコルネスが牙を剝く。


「周りにいる人達も姿を現したらどうっすか? いるのはわかっているっすよ」


 ナオが呑気な口調で周りを見て言うと姿を消してチユキ達を取り囲んでいた者達が姿を見せる。

 その者達はコルネスと同じように頭がハイエナであった。

 彼らは全員武器を持ち威嚇をする。


「こっ?! これは一体?! 何なのですかチユキ殿!!」


 コルネスが魔物へと変貌して、さらに取り囲まれた事で驚いたデキウスがチユキに聞く。


「おそらくグールでしょうね。私も見るのは初めてだけど」


 チユキは取り囲んでいる者達を見て言う。

 グールは砂漠に住み、体色と姿を変えられる魔物だ。ハイエナの頭を持ち、自分達以外の種族の肉ならなんでも食べる。

 また屍肉をも食べる所から食屍鬼とも呼ばれ、また女性の場合はグーラとも呼ぶ。

 そして、彼らの種族の特性として強力な変身能力が上げられる。

 グールはその能力を使って他種族に化けていて、こっそりとその種族を食べるのだ。

 特にグーラは美女に化けて、その性的魅力によって魅了した男を食べると言われている。

 だけど、他種族がグーラの乳を吸うと乳兄弟になってグールと友達になれるらしい。

 そのグールが人間の都とも言えるアリアディア共和国に上京しているとはさすがのチユキも想定外である。

 特にデキウスはショックだろう。何しろこの国の政治を行う元老院議員がグールになっていたのだから。


「さて、やるかな」


 レイジは落ち着いた様子で立ち上がり剣を抜く。

 黄金色に輝く剣身が姿を現す。

 当然チユキやリノやナオも立ち上がる。


「デキウス卿。元老院議員を罰するには、元老院の議決が必要みたいだけど、この場合はどうなるのかしら?」

「法は人に対しての物です……。魔物には適用されません」


 デキウスはそう言って腰のメイスを取る。

 デキウスが持つのは法のメイスと呼ばれ、オーディスの司祭が持つ武器だ。

 法のメイスはデキウスの魔力によってその先端を輝かせる。


(さて、許可が出た事だし存分に戦わせてもらおうかしら)


 チユキは両手で賢者の杖をくるくると回す。


「くそう! 呪われよ! 犬になれ!!!」


 コルネスが叫ぶと魔法が放たれる。

 グールは自分自身を変身させるだけでなく他者を別の姿に変える力を持つ。これはその動物化の呪いだろう。

 だけど、その程度の魔力ではチユキ達を倒す事はできない。


「きゃうん!!」


 突然可愛らしい鳴き声がチユキの隣から聞こえる。

 床に落ちたデキウスの服の中から白い犬が顔を見せる。


(あらら、デキウス卿は呪いに耐えられず、犬になってしまったのね。まあ呪いをかけたグールを倒せば元に戻るはず。それが駄目なら後でサホコさんに解呪をしてもらおう)


 チユキは慌てずグールたちを見る。


「馬鹿な、長の魔法に耐えただと!!!」


 周りを取り囲むグール達から驚きの声が出る。


「観念してもらうぜ! グール共!!」


 レイジは剣をコルネスだったグールに突きつける。


「くそ! 者共かかれ!!」


 グール達が武器を掲げてチユキ達に挑んで来る。


「この程度で勝てるなんて思わないでよね!!」


 邸宅の中で戦いの音が鳴り響いた。







 クロキは迷宮の地表部分へとやって来る。

 ここにランフェルドが来ているからだ。

 クロキは空を飛び1人で中央の広場に降りる。

 そこには竜のグロリアスがいる。その周りには蜥蜴人リザードマン達が控えている。


「グロリアス。良い子にしていたかい?」

「グルルルルル」


 クロキが首を撫でるとグロリアスは甘えた声を出す。


「君達もありがとう」


 クロキがお礼を言うと蜥蜴人リザードマン達は頭を下げる。


「閣下」


 呼ばれてクロキが後ろを見ると誰かが近づいて来る。

 暗黒騎士のランフェルドである。

 その彼の後ろには彼の配下である暗黒騎士達とグロリアスよりも小さいが大きな竜がいるのが見える。

 竜はランフェルドの乗騎である竜だ。

 レイジとの戦いで傷ついて療養中だと聞いていたもう治ったようであった。


「久しぶりですランフェルド卿。どうしたのですか? 魔王陛下の側近であるあなたがこんな所まで来るとは」


 クロキはランフェルドに問う。

 ランフェルドは四天王と呼ばれる4名のデイモンロードの筆頭だ。

 そして、彼の率いる暗黒騎士団は魔王軍の精鋭である。彼らはナルゴルを守るのが仕事である。ナルゴルから離れたこの地に来るのは珍しい事であった。


「実は閣下。この迷宮を我々が管理する事になりました。その為に私がここに来たのです」


 ランフェルドが説明する。

 本来ならここはヘイボス神の配下であるドワーフ達が管理するはずであった。

 しかし、良く考えてみればラヴュリュスがこの迷宮を奪還しに来る可能性もある。

 ドワーフ達だけでは守るのは不可能だと考えたヘイボス神はエリオスの神々よりもモデスを頼った。

 そして、ドワーフの代わりにモデスの配下がこの迷宮を管理する事になったのである。

 その様子見のためにランフェルドがこの地に来たのである。

 良く見るとドワーフ達の姿も見える。

 おそらく、ヘイボス神の命令で迷宮の調査に来たのだろう。


「そうですか。それではランフェルド卿がこの地の管理者に?」

「いえ、私には陛下を守る使命があります。誰か他の者を派遣する予定ですが……。ただ、成り手がいないのが問題です」

「なるほど」


 ランフェルドの言葉にクロキは頷く。

 この迷宮を管理できる者となると四天王かその配下のアークデイモンぐらいだろう。しかし、上位グレーターデイモンである彼らにとってこの地への派遣は左遷に等しい。

 誰も来たがらないはずであった。

 ゼアルのように人間の女の子が欲しい者はいるかもしれないが、そういった者は管理者として不向きだ。

 しかし、そのままにしておく事はできないのでランフェルドが見に来る事になったのである。


(ランフェルド卿は本当に真面目な方だな。好感がもてる)


 事情を聞いてクロキは感心する。

 本当は頭を下げたくなどないだろう。しかし、私情を捨ててクロキに対して頭を下げる。

 実はランフェルドは前にクロキに剣を教えてくれと頼みに来た事があった。

 勇者を止められなかった事を悔しく思っているからだろう。

 強くなるためなら嫌いな者にも教え請う姿は見習いたいとクロキは思う。


「そうですか、成り手がいない……それは問題ですね。ところで自分を呼んだ理由は何ですか、ランフェルド卿?」


 クロキは本題を切り出す。

 迷宮に入るだけならクロキを呼ぶ必要はないはずだ。

 他に理由があるはずだった。


「それは、閣下の竜がいるので迷宮に入れないからです」


 ランフェルドの言葉に「あー」と声を上げてしまう。

 グロリアスのいる広場は地下に入る建物の手前にある。

 グロリアスを避けて横からなら行けるが、ランフェルド達はグロリアスに近づくのをためらって入れなかったのである。

 グロリアスはクロキやクロキが認めた者には大人しいがそれ以外に対しては獰猛である。

 その事に気付かずクロキは申し訳なく思う。


「申し訳ありません、ランフェルド卿」

「いえ。閣下の手を煩わせて申し訳ございません」


 ランフェルドは頭を下げる。


(うう悪いのはこっちなのに)


 心の中で謝るとクロキはグロリアスを横に動かし、ランフェルド達が通れるようにする。


「ありがとうございます閣下」


 ランフェルドがお礼を言うとランフェルドの部下達が迷宮に入って行く。


「ところで閣下。ウルバルド卿の行方を知りませんか?」


 部下達が入ったのを見届けたランフェルドがクロキに聞く。


「ウルバルド卿? いえ、知りません。なぜ自分に聞くのですか?」

「それが。どうやらウルバルド卿はこちらに来ているみたいなのです。手伝わせたいのですが、連絡も取れない状況です。こちらへ先に来ている閣下ならばご存じではと思ったのですが……」

「なるほど。そうですか」


 返事をしながらクロキはウルバルドがどこに行ったのか考える。


(おそらくレッサーデイモンのゼアルの事が原因だろう。もしかしてゼアルを探しているのかもしれない。あの時にゼアルに見逃したのは失敗だった)


 クロキはゼアルを逃した責任を感じる。


「良かったら自分が探しましょうか?」


 そう言うとランフェルドは奇妙な顔をする。


「閣下がですか? 良いのですか?」

「ええ、見つかるかどうか保証は出来ませんが。それに気になる事もあります」


 クロキはザンドの事を説明する。


「そうですか、あの眠りの神がこちらに来ているのですか……。あの悪ふざけが好きな神はかなり有名です。私も周辺を警戒した方が良さそうですね」

「はい、警戒をした方が良いでしょう。ああそうだ! 警戒と言えば、ランフェルド卿。ここには勇者達もいます。この迷宮に来る事は無いと思いますが気を付けて下さい」


 クロキがそう言うとランフェルドがびくっと動く。


「ランフェルド卿?」

「大丈夫です閣下。私もあれから強くなりました。今度は不覚を取りません」


 そう言ってランフェルドは腰の剣を触る。

 その剣はレイジに勝つために手に入れた雷鳴の剣。抜くと雷雲を呼ぶ雷属性の魔剣だ。

 剣を触っている手に力が入っているのがクロキにはわかる。


(何だか嫌な予感がする。もしかするとランフェルド卿はレイジとの再戦を望んでいるのかもしれない)


 クロキはランフェルドから闘志のようなものを感じていた。

 その表情からそう思ったのである。

 だけど、ランフェルドはナルゴルを守るためにその地から動けない。

 もし再戦するとすれば再びレイジが攻めて来なければならない。

 しかし、今、目と鼻の先にレイジがいる。少し移動するだけでレイジ達と戦う事ができるはずであった。

 良く見ると連れて来ている者達の数が多い。


(レイジの仲間達を部下に任せて、自身はレイジと一騎打ちをするつもりではないだろうか? 命令もなしにそんな事はしないと思うが、何かきっかけがあれば無茶をするかもしれない)


 クロキとランフェルドの間に奇妙な沈黙が流れる。

 そして、先に動いたのはクロキだ。


「そうですか、それでは行きますね。ランフェルド卿、くれぐれも無茶はしないでください」


 クロキは溜息を吐く。


(考えても仕方がない。 だから、今は帰ろう。クーナも待っているはずだ)


 一抹の不安を感じながらクロキはその場を後にした。


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