第20話 思いがけない再会

(えっと!? これはどういう状況なの!?)


 クロキの目の前にレイジがいる。

 驚きのあまりクロキはポカンとした表情で前を見る。

 クロキがいるのはアリアディア共和国の大劇場。市民達が刺激を求めてくる場所である。

 しかし、クロキとしてはこんな刺激はいらなかったりする。


「お前がコルネスの使いかい?」

「あわわわわわわわ!!!」


 レイジが不敵な笑みを浮かべながら言うと、クロキは慌てた声を出す。

 クロキの慌てた様子を見て。レイジは訝し気な表情になる。

 そこでクロキは違和感に気付く。


(あれ? 何か様子がおかしい。もしかして気付いてない)


 クロキはレイジの顔をまじまじと見る。

 クロキを初めて見るような様子であった。


「ん、何だ? 俺の顔に何かついているのか?」

「あっ、いえ。そういうわけでは……。あの、自分の顔に見覚えはありませんか?」

「いや? 知らないが」


 レイジは少し苛ついたように言う。

 その言葉でクロキは確信する。


(顔を覚えられてなかった――――――!!!!!!!!)


 あまりの事にクロキは四つん這いになる。 


「何だ? 急に四つん這いになって何をしている?」


 クロキが急に地面に四つん這いになったので、レイジは不思議そうな顔をする。


(レイジにとって男の顔等どうでも良いのだろう。まあ、覚えてもらいたいとか、全く思ってなかったのだけど、なんだかな……)


 助かったのだが、クロキは何かやるせない気持ちになってしまう。


「いっ! いえ! 何でもありません! いや、ほんと~にっ! 何でもないですよっ!!」

「そうか?変な奴だな」


 クロキが力を込めて言うとレイジが首を傾げる。


(どうやら本当に気付いていないみたいだ。 それよりも何故ここにレイジがいる? あっ! もしかして、レイジ達もアイノエが怪しいと気付いたのかも。 だからここにいるんだ。だとしたら接触するのは難しいぞ)


 そう考えたクロキはここは急いで退散する事にする。


「ちょっと気分が悪くなっただけです! それではこれをアイノエ様にお願いします!!」


 クロキは花束をレイジに押し付けて無理やり笑顔を作る。

 レイジは驚いた表情でクロキを見る。だが、クロキとしてはもうどうでも良い事だ。


「おっ? おう!? わかった」


 レイジは突然花束を押し付けられ変な声を出す。

 クロキはそんなレイジに構わず急ぎ、その場を離れるのだった。




 大劇場にある一室でシロネ達はお茶にする。

 芸術の神に捧げられた劇場であるためか、どの部屋の装飾も素晴らしくシロネの目を楽しませる。

 今この場にはシロネの他にチユキとリノとナオとサホコにデキウスがいる。

 全員の目の前にはチーズケーキとお茶があり、美味しそうな香りを漂わせていた。 


「うわ~、美味しそう。さすがサホコさんだね!!」

「へへ、ありがとうシロネさん」

「それからこのお茶はメンティ?」

「そう。シロネさんの幼馴染が好きなお茶よ」

「あっやっぱり! このお茶、クロキがナルゴルで良く飲んでいたらしんだ。本当に良い香りだね」


 シロネはリジェナからクロキはこのお茶が好きでよく飲んでいたと聞いていた。

 そのため、シロネは今度クロキの好きそうなお茶を探しておこうと思う。


「戻ったぜ、みんな」


 シロネとサホコがそんなやり取りをしているとレイジが戻って来る。


「お帰りなさい、レイジ君。どんな人だった?」

「ああ、シロネ。どんな奴かと言われると答えにくいな。だけど何か変な感じがする奴だった」


 レイジは真面目な顔で答える。


「変な感じ? 気になるわね。アイノエさんの後援者の使いだったのでしょう? 怪しい所でもあったの?」


 チユキがシロネの変わりにレイジに聞く。


「わからない。ただ奴と会ってから震えが止まらない」


 そう言うとレイジは右手を差し出す。少し震えていた。


「どうしたのレイジさん。まるで怯えているみたい」


 リノが心配そうに言う。


「怯え? 俺が怯えているだと?」


 レイジは信じられないという表情で右手を見る。

 それはレイジ本能からくるものだ。

 理性ではなく本能が危険を察知したのである。

 その様子にシロネ達は驚く。


「信じられないわね、レイジ君が怯えるなんて。その訪ねて来た奴は一体何者なのかしら?」

「わからない、チユキ。どこにでもいるどうでも良い奴に見えたのだがな」


 レイジが言うと少し重い空気が立ち込める。


「あはは、みんな何暗くなってんすか。ただの気のせいっすよ!!」


 ムードメーカーであるナオが明るい声を出す。


「そうね、気のせいかもしれないわね……。それよりもレイジ君、右手に持っている花は何?」


 チユキはレイジが持っている花を見て言う。


「ああ、これか」


 そう言うと持っていた花を一輪女性陣達の前に出す。


「綺麗な花ね、レイ君」

「アイノエを訪ねて来た奴が持ってきた花だよサホコ。アイノエに花束を渡す時に一輪だけ貰ったんだ。ナオこの花の香りを嗅いでくれないか?」


 そう言うとレイジはナオに花を渡す。


「これはメンティ? お茶の匂いと少し違うっすが、メンティの香りがするっす」

「やっぱりそうか。お茶にすると微妙に変わるんだろうな。だけどナオが言うのなら間違いはないだろう」


 レイジの言葉に全員驚く。

 メンティがお茶になっているのは見ているが、実物の花を見るのは初めてだからだ。


「あれ? メンティってナルゴルに咲く花じゃなかったっけ?」

「そうよナオさん。確かメンティはナルゴルの花のはずだわ。でもどうしてコルネス議員の使いがメンティを? シロネさん、確かその花を持って来た人はコルネス議員の使いを名乗っていたのよね?」

「うん、そうだよチユキさん。間違いなくコルネス議員の使いだと言っていた」


 チユキの言葉にシロネは頷く。


「その花をコルネスの使いが持って来た……。だとすれば元老議員のコルネスは魔王崇拝者と関係があると見て間違いないでしょうね」

「ああ、そういう事だチユキ。それから、そいつは俺の事を知っているみたいだった。まあ俺が有名人だから知っていて当然かもしれないがな」


 レイジは笑って言う。

 このアリアディア共和国でレイジを知らない者はほとんどいないはずである。

 当然コルネスの使者も知っている可能性は高い。

 

「なるほど、それでは我々がアイノエを怪しんでいる事がコルネス殿に伝わる可能性がありますね」

「デキウス卿の言う通りだわ。急いでコルネスを調べた方が良いかもしれないわね。これを食べたらコルネス邸に向かいましょう」


 チユキがそう言うと全員が頷くのだった。





 シェンナは先程クロキから預かった刀を握り、少し離れた所から隠れて劇場の様子を見る。

 そして、時々周囲を確認する。

 マルシャスをあんな風にした奴が襲ってくるのではないだろうかと思うとシェンナは体が震える。

 刀を少し抜くと黒い刀身が見える。

 シェンナはその黒い刀身から黒い炎が見えたような気がした。


「間違いなく魔法の武器よね」


 シェンナは刀を見る。

 この刀はクロキが作った物だ。

 手に持つと刀身からかすかに黒い炎が見える。 


「剣の腕もだけじゃなく、魔法の武器を作る事もできるなんて……」


 そう呟くとシェンナは今朝見たクロキの練習風景を思い出す。

 その剣を振る様子はとてもゆっくりで、1回剣を振るのに時間をかける。

 それを何回も続ける。

 シェンナも真似をしようとしてみたが1回やるだけで汗が吹き出してきた。

 クロキが言うには普段使わない筋肉を使ったかららしい。

 疲れたシェンナをそのままにクロキは自身の動きを一つ一つ確認するように剣を振るう。

 その動きは綺麗だった。

 その綺麗さからシェンナは改めてクロキがとんでもない剣士なのだと思った。

 そのクロキが後援をしてくれるというのだから何も怖れなくて良いはず、と思った途端、シェンナは心が安らいでいくのを感じた

 シェンナは刀を元に戻すと劇場の様子を見る。

 するとクロキが1人で戻って来る。

 その様子が何かおかしかった。


「あのどうしたのですか?」

「何だか力が抜けちゃってね……。それから、ごめんねシェンナ。アイノエに会うのは無理だ。勇者達が見張っている」

「えっ? 何故勇者様達が……。いや待って、兄さんに渡した笛を手掛かりに劇団に捜査が入ったのかもしれない」


 シェンナはデキウスにカルキノスを操っていた笛を渡した事をクロキに伝える。


「なるほど、笛を兄にね」

「はい、そこから劇団に捜査が入ったのだと思います」

「そうか。しかし、これじゃあ劇団に近づくのは無理だな。何とかレイジ達の情報が得られ……。あれ?何か連絡が入ったみたいだ」


 突然、クロキが声を上げると独り言を言い始める。 


「あの? どうしたのですか?」


 シェンナは尋ねるが、クロキは何も答えない。

 まるで、ここにいない誰かと会話をしている様子だ。


「ごめんシェンナ。行く所が出来た。先に戻ってくれないか? クーナにはランフェルドに会いに迷宮に行って来ると言っておいて」

「えっ? そんな」


 突然の事にシェンナは戸惑う。

 しかし、クロキはそんなシェンナを1人残すと急いでどこかへと行ってしまうのだった。



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