第19話 パトローネス

 劇の練習が終わり、シロネ達は少し休む事にする。

 シロネは馴れない事をしたためか、どっと疲れが出てくる。

 監視対象のアイノエも疲れたらしく化粧室へとお付きの人を連れて行ってしまった。

 一緒に行って監視した方が良いかもしれないが、シロネはそんな気になれなかった。

 何より練習はまた続くのでアイノエがいなくなるとは思えない。


(それにしてもこの劇場の仕掛けはすごい。一体どれだけの費用が掛かったのよ?)


 シロネは劇の舞台の仕掛けを眺める。

 役者を宙吊りして登場させるためのクレーンのような物もあれば、床から持ちあげるための開口部もある。

 シロネはこの世界の他の国の劇場を見た事があるがこれほどの仕掛けは無かった。

 壁を見ると色々な仮面が見える。穏やかな女性に怒った男性、それに面白い道化。仮面の種類は様々だ。

 これは全て演劇用の仮面である。

 この世界では本来なら演劇は仮面を付けて行う。元は儀式用だったらしいが、詳しい事はわからない。

 だけど、この仮面を使えば役者は少なくて済むはずだ。仮面を変えれば1人何役もできる。

 だから、本当ならシロネが代役をする必要はないはずであった。

 しかし、劇団の団長のミダスは仮面を使わずに劇をする事にこだわっている。

 なんでも美しい役者なら仮面を使わない方が、劇が華やかになるかららしかった。

 おかげでミダスの劇は人気かもしれないが、そのせいでシロネは迷惑をしているのである。


「さすがですわシロネ様。初めての役だとは思えませんわ」


 休んでいると当のミダスがシロネの所に来る。


「はあ、そうですか……。」

「特に魔女と対峙した時なんて、すごく情感があって良かったですわ。まるで本物のアルフェリア姫のよう。私の見立てに狂いはなかったみたい」


 ミダスが身をくねらせながら言う。


「えーっと…、ちょっとある魔女の事を考えたら自然と台詞が出て来たと何というか……」


 シロネは頬を掻きながら言う。

 実はシロネは劇の練習をしている最中に白銀の魔女クーナの事を思い浮かべていたのである。

 それだとクロキが王子様になってしまうが、「いや、さすがにそれはないわ!」と心の中で否定する。


「そうですよシロネ様。シロネ様には才能があります」

「ありがとう。アルト君」


 王子の格好をしたアルトもまた寄って来る。

 シロネは正直彼は王子様というよりもお姫様の方が似合いそうな気がした。

 顔も女性みたいだし女装したらきっと似合うだろうと思う。

 それに、すごく弱そうであった。

 一般的なこの世界の女性にも負けるだろう。

 もっとも、それはアルトには言えない。

 アルトは強い男になりたいみたいなのだ。だから勇者であるレイジを尊敬している。


(そう言えばクロキも昔はすごく弱かった。何時の間にあんなに強くなったのだろう?)


 シロネはついクロキの事ばかりを考えてしまう。


「アルトさん。休憩にしませんか?お菓子を作って来たのですよ」


 1人の女性がアルト君の方へと来る。

 劇団の後援者の女性だ。


「ありがとうございます。セヴィリア夫人。夫人は僕に優しくしてくれるから大好きです」


 アルトが無邪気に笑ってセヴィリア夫人に抱き着く。

 抱き着かれた夫人が嬉しそうにする。

 シロネはうまいと思う。

 アルトは弱いけど、自分の武器を心得ているみたいであった。

 セヴィリアはこの国の有力者の妻だった女性である。

 夫の残した遺産が莫大で、その資産を劇団に寄付している。

 劇団の活動には、こういった後援者の存在がかかせないらしく、中には劇団ではなく劇団員個人を支援する者もいるようであった。

 シロネはアイノエにもそういう後援者がいると聞いていた。

 シロネはアイノエの演技を思い出す。

 アイノエの演技は見事だった。

 おそらく魔法だけの力ではない。本人の努力もかなりあるだろう。

 アイノエに魔法をかけた者は後援者の可能性もある。無理やり加担させられているのなら助けて上げたいとシロネ思う。


「シロネ! 今大丈夫か?」


 シロネがアイノエさんの事を考えているとレイジがやって来る。


「うん、今休憩中だから大丈夫だけど、どうしたのレイジ君?」

「ああ、それなら丁度よかった。サホコがお茶を淹れたんだ。一緒にどうだい?」


 レイジは爽やかに笑う。

 それを見た劇団に所属している踊り子が黄色い声を上げる。


「うん、わかった。行くね。サホコさんのお菓子は美味しいから楽しみだわ」


 シロネは笑顔で答える。

 

「アイノエ姐さん! アイノエ姐さんはいますか!?」


 突然アイノエを呼ぶ声がする。

 劇団員の男の人だ。何か有ったのだろうか?


「どうした? 何事だ?」


 レイジが劇団員の人に聞く。

 少し強い口調で尋ねたためか男性は少し怖れた顔をする。

 男性からみてレイジは権力者である。

 粗相があるとまずいと思ったのだろう。


「こ、これは勇者様。アイノエ姐さんに来客があったのです。元老院議員のコルネス様の使いを名乗っていますが、初めて見る顔だったので通してよいか伺おうと思いまして……。今は入口で待ってもらっています」


 シロネとレイジは顔を合わせると互いに頷く。


「アイノエさんは今休んでいますので私が代わりに応対します。だから後は任せてください」

「えっ……? ですが」


 シロネが言うと劇団員の男性は困った表情をする。


「俺達が無理やり代わったって言えば問題ないさ。だから安心しろ」


 レイジは笑いながら言う。

 顔は笑っているが有無を言わさない態度であった。


「は、はい! それではお願いします!」


 レイジに睨まれた男性はささっと席を外す。


「ごめんなさい。もっとうまく言えれば良かったのだけど……」

「別に構わないぜ。こういうのは俺の役目だ。それから、俺が訪ねて来た奴の対応する。シロネは休んでいてくれ」

「えっ? でもレイジ君」

「気にするな。劇の練習で疲れているだろ。休んでいてくれ」


 レイジは優しく笑って言う。

 男性の時と違い、仲間を労わるための笑みである。

 その笑みを見たシロネはここは好意に甘えようと思う。


「確かに疲れているかも。ごめんねレイジ君」


 シロネはそう言うとチユキ達の所へ行くのだった。







 昼のアリアディア共和国。

 その大通りを歩きながらクロキは昨晩の事を思い出す。


(はあ~。昨晩は失敗してしまった。ザンドを逃がすなんて)


 昨晩、クロキはザンドがいる店を強襲した。

 そして、逃げ惑う奴らを無視してザンドの部屋へと直行した。

 しかし、首だけになった女の子に阻まれ逃げられてしまったのである。

 犠牲者の女の子を前に剣が鈍ってしまった。

 ザンドを逃がした事で新たな犠牲者が生まれるかもしれない。

 そう思い行く先を別の者から聞き出そうとしたが、ザンドと追いかけている間に店にいた者達は全て逃げてしまっていた。

 クロキは自身の手際の悪さに腹が立つ。

 だけど、ザンドの行く先に手がかりはある。それはアイノエである。 

 アイノエはゼアルから力を貰っている。つまり、ゼアルの居場所は絶対にわかるはずであった。

 だから彼女に会いに行く。

 会ってゼアルの居場所を聞き出す。

 ゼアルが知っているとは限らないが、今はそれしか方法が思い浮かばなかった。

 クロキは前に会った時に見逃さずに監視していれば良かったと後悔するが、今更言っても仕方がない事である。


「一緒に連れて行ってくれて、ありがとうございますクロキ様」


 クロキの隣にいるシェンナがお礼を言う。

 シェンナは顔を隠して共にいる。

 シェンナは劇場の様子が気になるので、クロキに懇願してついて来たのである。

 アイノエに見つかるから同行させるのは危険だけど、クロキは劇場の事情が良くわからない。

 だから、同行させた。

 ちなみにクーナは留守番である。

 なぜかクーナは顔を隠していても目立つ。同行させるのは得策ではなかった。

 そういうわけでクロキはシェンナと2人で行動しているのであった。


「いや良いよ。劇場の事はわからないしね。後援者のふりをすれば会いやすくなるなんて考えもつかなかったよ。うまく会えれば良いのだけどね」


 クロキは持っているメンティの花束を見ながら答える。

 メンティの花束はアイノエに渡すためだ。

 後援者の使いを騙るのに手ぶらではおかしい。

 シェンナが言うには後援者の支援がなければ劇団の運営は難しいらしく、劇団も後援者を無下にはできないそうであった。

 クロキは魔法で侵入しようと思ったが、劇場にはドワーフ製の不審者防止用の魔法装置が設置されているらしいので困難である。

 過去に踊り子目当ての魔術師が姿を消して不法侵入した事があったらしくて、そんな装置が付けられたそうだ。

 他に強行突入する事もできるが、まずは穏やかな手を使いたいべきであろう。


「大丈夫ですよ。コルネス議員の名前を出せば簡単に会えると思います」


 シェンナはコルネスの事を説明する。

 コルネスはアイノエを後援している元老院議員である。

 だからコルネスの使いの振りをすればすぐに会えるはずであった。

 またシェンナの説明によると後援者は後援と引き換えに影で体を要求する事もあるそうだ。

 しかし、後援者というのはそういう存在らしく、クロキがシェンナの様子を見る限りではそれは当たり前の事のようだ。

 クロキは感覚の違いを見せつけられた気分になる。

 日本でも芸能人の枕営業の話を聞くが、それが堂々と行われているのがこの世界なのであった。


「シェンナにも後援者がいるの?」

「いえ、まだですけど。個人的な後援者いません。父と兄が助けてくれますが、後援者とはちょっと違うと思いますので」


 シェンナは首を振って答える。

 シェンナの父は元老院議員で兄はオーディスの司祭であった。

 それを聞いた時、クロキは少し驚く。

 元老院議員の娘ならお嬢様のはずである、なぜ踊り子をしているのだろうかと疑問に思ったのだ。

 踊り子は社会の最下層ではないが、明らかに下の方である。

 クロキは少し気になったが、他人の事情に立ち入るわけにもいかず、事情を聞けなかった。


「それとも、クロキ様が後援者になってくれますか?」


 シェンナが上目使いで笑いながら言う。


「いいよ。後援者になってあげる」


 クロキはあっさりと了解する。

 昨晩のシェンナの踊りは見事だった。

 クーナも喜んでいたので、もし事件が終わってシェンナが劇団に戻れたなら資金的な援助はしても良いかもとクロキは思う。

 もちろん暗黒騎士の名は使えないがリジェナを通して後援をする事はできるはずであった。


「えっ……。あの……。その……」


 クロキがそう言うとなぜかシェンナが驚いた顔をする。


「どうしたの?」

「いっ、いえ! 何でもないです!!」

「?」


 クロキは首を傾げてシェンナを見ると顔を赤らめて、「壊れたらどうしよう」とぶつぶつと呟いている。

 

(どうしたのだろう? シェンナは?)


 クロキは意味がわからないが、特に聞く気にもなれず、劇場へと向かう。

 やがて劇場へとたどり着く。


「シェンナ。ここで待っていてくれないか? シェンナを知っている者に気付かれるとやっかいだ」

「はい。ですが、クロキ様がいない間にマルシャスをあんな風にした奴が襲ってきたら……」


 シェンナは首を失ったマルシャスの事を思いだして、体を震える。

 クロキは既にシェンナの拘束は解いている。

 それにも関わらずシェンナが逃げないのはアイノエ達が怖いからなのである。


「なら、これを渡しておくよ」


 クロキは持っている刀を渡す。

 刀はもし自分がナルゴルを離れた時のために自分用にと作っていた物である。

 黒い刀身にはクロキの魔力が込められている。時間稼ぎぐらいにはなるだった。


「は、はい。ありがとうございますクロキ様」


 シェンナは刀を受け取ると抱きしめる。

 刀の魔力の影響のためか、シェンナの震えが止まる。


「じゃあ行ってくるよ」


 シェンナが安心したのを見てクロキは1人歩を進める。

 いくら警報装置があっても、堂々と正面からくる者を拒む事はできない。

 だから一般人の振りをすれば問題ないはずであった。

 入ってしばらく進むと2人の男が立っている。

 受付のようであった。


「お待ち下さい。ここからは関係者以外は立ち入り禁止です」


 受付の1人の男がクロキの前に立ちはだかる。


「我が主人である元老議員コルネス様より、アイノエ様に花束を持ってまいりました。取次をお願いします」

「コルネス様の? しかし、いつもの方ではないのですね」

「えっ!? そんな事を言われましても……。自分は主人より花束を渡すように言われただけですから」

「はあ……、まあ仕方がないですね。ならば花束だけ預かります」


 男が花束を受け取ろうとする。


「いっ! いえ! 主人より私から直接渡すように言われております。どうかアイノエ様にお取次ぎお願いします」


 クロキは後ろに下がって花束を渡さないようにする。

 男達はクロキの様子を怪しむと相談しあう。

 聞こえないようにしているが、この世界でのクロキの耳は良い。

 そのため、何を話しているのかがわかる。

 男達はもし本物だった時の事を話しているようであった。


「はあ、わかりました。とりあえずアイノエ姐さんに伺いを立てて来ますので、ここで少々お待ち下さい」


 男の1人が奥へと引っ込む。

 そして、しばらくすると奥から男が何者かを連れて来る。


「えっ?」


 奥から来た人物を見てクロキは思わず間抜けな声が出てしまう。


(な、なんで!? レイジがここにいるんだよ!?)


 奥から来たの光の勇者レイジであった。




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