第10話 オーガが支配する地3

 月明かりの中、シロネ達は夜道を歩く。

 目指すはオーガのゼングが住む城だ。

 オーガ族は基本的に山に城や宮殿を作ってそこに暮らす。

 城と言っても人間から見たら城のように見えるだけで、巨体であるオーガからすれば館である。

 城を作るだけあって、彼らの技術力は高い。

 また、彼らは魔法に長けていて、腕力が強く、魔法能力も高く、潜在能力だけなら人間はおろかエルフ族でも敵わない。

 だけど、オーガは能力は高い割には知力が低く、人間と知恵比べで負けてしまう事もある。

 シロネの知る物語では猫の妖精に騙されて、城を乗っ取られた間抜けなオーガもいるとの事だ。

 また、人間にとって幸いな事に彼らの数は少ない。

 そのため、大半の人間は彼らに支配を受けなくてすんでいる。

 もっとも、先程の国はオーガの支配を受けていた。


「あれでございます、キョウカ様。あれがゼングの館でございます」


 案内をしているエチゴスが山の上の館を指して言う。

 オーガの館なだけあって中々立派だった。

 この城はコキの国の近くにあり、歩いて1時間の場所にあった。

 すでに日は落ちており、シロネ達は休みたかったが無理をしてやって来た。

 オーガの建築能力は高く、彼らは山に宮殿や城を建てて暮らす。

 その中でも特に能力が高い者は雲の上に城を築く者もいる。

 オーガの住居には様々な財宝が有ると言われていて、財宝を多く持っている者程強い。

 それが、シロネが知るオーガの知識だ。

 目の前の館は人間の住居よりも立派だが、シロネが前に見た事があるどのオーガの住居よりも小さかった。


「それでは私はこれで……」

「待ちなさい」


 シロネは去ろうとするエチゴスの服を掴む。


「あの……なんでしょうか? シロネ様」

「帰れると思っているの、エチゴスさん? 他の人ならともかく、あなたとそこの人狼はただで帰せるわけないでしょう」


 そう言うとエチゴスはううっと唸る。

 人間の姿に戻ったダイガンは鎖で口元まで縛られヒポグリフに乗せられている。

 もごもごと何か言っているが鎖が猿轡になっているので喋る事ができない。

 エチゴスは他の人と違いオーガに媚びへつらってコキの人々を支配していた。

 シロネ達としては、このまま逃がすわけにはいかない。

 コキの国はオーガのゼングが支配する国だった。

 このように力のある魔物に支配される国は珍しくない。

 そういった国はその魔物に支配される代わりに他の魔物から襲われる事はなくなる。

 だから人間側にもメリットがあるように思える。しかし、それは飼い主と家畜の関係である。

 喰われる側とすれば、良いとは感じられない。

 シロネ達が事情を聞き、オーガのゼングを倒すと言ったらコキの人々は喜んで案内をした。

 このゼングの館へはコキの者達が付いて来てくれている。

 シロネは館の門に辿り着くとエチゴスを促す。


「ゼング様――――! ゼング様――――! 門を開けて下さい―――!!」


 エチゴスが大きな声を出すと。大きな門が開かれる。

 中から出てきたのは身長2.5メートルほどの巨人の男。

 この巨大な男こそオーガのゼングであった。

 オーガのゼングには、母親と8人の兄がいてゼングは末っ子である。

 母親の誕生日に出す、ごちそうの人間の女をエチゴスに選ばせていて、その選考の最中にシロネ達はコキの国に来たのだった。

 ゼングは人間の年齢では30歳前半ぐらいのオーガで、太っていてだらしない格好をしている。

 股間を掻きながら出て来るゼングから、シロネは知性を感じられず、頭が悪そうに思えた。


「なんだ、エチゴスじゃねえか、何の用だ?」


 そう言うとゼングはエチゴスの後ろのシロネ達を見る。


「おう、母ちゃんに持っていく女を連れて来たのか、ご苦労だなエチゴス」


 ゼングはにやりと笑う。

 オーガ族は種族の特徴として、逆さに生えた巨大な牙を持つ。

 そのためか、顎が四角になっており口が大きい。そのせいで、笑うと恐ろしい感じを与える。

 付いて来たコキの人達が怯える。


「どれどれ、どんな感じかな」


 ゼングがキョウカに手を伸ばすが、その手は弾かれる。


「お嬢様に触れるのはやめてもらいましょうか」


 もちろん手を払ったのはカヤである。


「何だ、おま……?」


 ゼングが喋り終わる前にカヤは飛び上がる。


心臓破壊ハートブレイク!!」


 カヤはそのままゼングの胸を拳で軽く打ち抜く。


「ぐっ!!」


 ゼングは呻き声を上げそのまま倒れる。

 心臓破壊ハートブレイクは拳で胸を打つ衝撃波により、体を傷つけずに体内の心臓を止める技だ。

 心臓を止められたゼングは倒れたまま動かなくなる。


「さて、ヒポグリフの餌には丁度よいですね」


 カヤがゼングを見て言うと、コキの者達が恐れおののく。


「嘘だろ……。オーガが一撃だ」

「あんなに細い体なのに」

「しかも魔獣の餌になんて……。オーガよりも恐ろしい」


 コキの人達が口々に言う。

 ちなみにシロネも時々カヤが怖いときがあったりする。

 カヤは一緒に連れて来たヒポグリフにゼングの体を与える。


「疲れましたわ、カヤ。中で休みたいですわ」

「はい。お嬢様。ですが、一応中を探索してからです。一緒に来てくれた方々はここで呼ぶまで待っていて下さい」


 カヤそう言うとコキの人達は頷く。

 まずはシロネ達が中を探索して安全だったら、コキの人を呼ぶ段取りだ。

 シロネ達はオーガの館へと入る。

 中に入ると、外見に劣らず立派だった。

 シロネ達は今宵の宿として、立派なオーガの館を一晩の宿に選んだのである。

 広間や厨房を探索した後、最後に寝室らしき部屋へと辿り着く。

 寝室に入るとかなり散らかっている。

 壁には裸のオーガの女性の絵がたくさん張られていて、床には下着らしき物も落ちている。


「こちらはごみ箱みたいですわね。なんですの、丸まった紙がたくさんありますわ。すごく生臭いですわね……」


 キョウカは嫌そうな顔をする。

 シロネはその丸い紙を見てあれが何か察する。

 たまにクロキの部屋にあるからだ。

 そして、その紙には触れないでおこうと思う。


「話しに聞く、典型的な1人暮らしの殿方の部屋ですね……」


 カヤは呟く。


「クロキの部屋はここまでは散らかっていなかったんだけどな。うん、あれは何かな」


 シロネは部屋の隅にいかにも大切な物が入っていそうな箱を見つける。

 何が入っているのだろうと近づく。


「危ないシロネ様!」


 カヤが叫んだ時だった。

 突然箱が意志を持ったように動き始める。

 箱の蓋が大きく開き口のようであった。

 その口には牙が生えていて、シロネに噛みつこうとする。 


「何これ!? とりゃあ!!」


 シロネは箱を避けると蹴り飛ばす。

 箱は壁に激突すると動かなくなる。


「トラップビーストですね。重要な物を守るために作られた疑似生命体です」


 カヤが動かなくなった箱を見て言う。

 トラップビーストはゴーレムと同じ疑似生命体だ。

 魔法によって生み出され、持ち主の命令を守る。

 トラップビーストは主に重要な物を守るために配置される。

 今回は箱であるが、中には扉だったり、家そのものがトラップビーストの時もある。

 そして、正統な持ち主でない者が近付くと攻撃するのだ。


「はあ、全く、こんな物があるなんて。油断できませんわね」

「はは、確かにそうだねキョウカさん。でもわざわざトラップビーストに守らせているのだから、すごいお宝が入っていたりして」


 シロネはウキウキしながら、箱に近づく

 オーガは宝物を持っている事で有名だ。

 天空に住むオーガから歌うハープを盗もうとした少年の話はシロネも聞いた事があった。


「えっ、これは……」


 シロネが動かなくなった箱を開けると中から出て来たのは何冊もの本だった。

 どの本の表紙にもオーガの女性の裸が描かれている。


「何ですのそれ?」

 

 キョウカはシロネの後ろから本を見て首を傾げる。


「多分エッチな本だと思う……。クロキもこういう本をベッドとかに隠してたのを思い出すわ……」


 シロネはパラパラと本をめくって言う。

 表紙と同じように裸の女性の絵が描かれている。

 シロネとキョウカは本の中身を眺める

 オーガの女性は肉感的だが、牙と四角な顎が人間の男性の好みに外れているかもとシロネは思う。

 実はシロネはこっそりクロキの部屋に入って、隠してあるエッチな本を読むのが、ちょっと楽しみだったりする。


「シロネ様。こんな所で広げないでください」


 カヤが呆れた声を出す。


「あっ、御免なさい。すぐに処分するね。でもちょっと勿体ないかも」

「ええ、殿方の趣味にはわたくしも興味がありますわ」


 キョウカも顔を赤くしながらも興味があったりする。


「お嬢様まで……。はあ、全く何が入っているのかと思えば……。燃やしましょう。こんな汚らわしいものはあってはなりません」


 カヤはそう言いながら本を集める。


「でも、まあ普通の男の子ならこういう本も持つのも仕方ない事だよね。クロキも持っているし」


 シロネはうんうんと頷く。


「それなのですが、シロネ様。彼の事で少々聞きたい事があります」

「ど、どうしたのカヤさん? 急に改まって」

「シロネ様はたびたび幼馴染の彼の事を話していましたが、強い印象を受けませんでした。ですが、実際に戦って見るととても強い。彼はレイジ様に勝ちました。あの優秀なレイジ様にです。本当に彼はシロネ様の幼馴染なのでしょうか?」

「それは……間違いなくクロキだと思う。うん、それは間違いないよ。私がクロキを見間違うはずがないし」


 シロネは断言する。

 そして、シロネは疑問に思う。

 元の世界で退屈な普通の日常をすごしているはずのクロキが、なぜこの世界にいるのだろうかと。

 特に何の変哲もない普通の男の子。それがクロキのはずであった。

 そもそも、シロネの知るクロキはそこまで強くないのはずであった。


「だとしたら彼は実力を隠していた事になりますね。彼の動きはかなりの鍛錬を積んだ者の動きに感じられました。私もかなり修練を積みましたが彼はそれ以上だと思います。よほど強い思いが無ければあそこまで武の高みには登れないでしょう」


 カヤの言葉にシロネは強いショックを受ける。

 シロネはクロキの事なら何でもわかっているつもりだった。

 でも実際は違っていたのだ。


(レイジ君達と付き合うようになって、クロキと会う回数は減った。その間に何か有ったのだろうか?)


 その何かに立ち会えなかった事をシロネは悔しく思う。


「正直、私もわからない。いろいろな事がありすぎて……」

「そうですか……。ではこの事はもうやめにしましょう」


 シロネの様子を見たカヤがそれ以上聞くのを諦める。


「そうですわ、カヤ。いい加減、休みたいですわ」


 キョウカがそう言うと、シロネとカヤは笑う。


「確かに私も休みたいかも……」

「では、さっさと片付けて食事にしましょう。厨房にあった肉類は食べる気がしませんが、野菜類なら食べられるはずです。シーツ等も人間の物よりも上等ですし、ゆっくり休めるでしょう」


 カヤの言葉にシロネとキョウカは頷く。

 連れて来た人達を呼び、部屋を片付けた後に食事にする事にする。

 コキの人達は良く働いてくれたようにシロネは思う。

 特に娘をオーガにやらなくてすんだ父親とその娘は私達にすごく感謝して働いてくれた。

 ただ中には、怖くて働いている者もいるようであった。

 シロネはこれからコキの国はどうなるかわからない。

 オーガがいなくなった事で他の魔物が来るかもしれないからだ。

 だが、これ以上この国の面倒を見る事はできない。

 部屋の掃除と食事を作るのを手伝ってもらった後、シロネ達はコキの人達を帰らせる。

 食事が終わり、簡単に湯あみを済ませるとシロネ達は休む事にする。

 オーガのベッドのシーツも新しい物に取り換えているので臭くはない。

 ベッドは1つしかないが、オーガはかなりの巨体だったので3人が寝ても大丈夫であった。


(今は考えても仕方がない。クロキに会って、話せばわかるはずよね)


 そんな事を考えながら、シロネはゆっくりと眠りに落ちた。




(うう、助けてくれ!!)


 そう叫ぼうにも猿轡をされていてエチゴスはうまく喋る事ができない。

 コキの者達はそんなエチゴスを気の毒そうに見るだけで帰って行った。

 エチゴスの横には同じように、鎖で何重にも拘束されたダイガンが気絶した状態で吊るされている。

 案内をした事で殺されずにすんだが、カヤによって拘束されて、オーガの館の屋根から鎖で吊るされてしまったのだ。


(あの女は鬼だ)


 エチゴスは自身をこんな目に合わせた女達を思い出す。

 冷たい夜風がエチゴスの体を揺らす。


(うう……このエチゴス様がこんな目にあうなんて。私はどうなるんだ。誰か助けてくれ)


 エチゴスは唸るが応える者は誰もいなかった。

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