第9話 オーガが支配する地2

「一応理由を聞いた方が良いのかしら?」


 そう言うと高慢な女キョウカはゴミを見るような目でエチゴス達を睨む。

 その表情はエチゴスが来るのがわかっていたみたいであった。


(ちっ! こちらの思惑に気付いていたのか)


 エチゴスは心の中で舌打ちする。

 暴れられたら折角の美貌に傷がつくかもしれない。 

 それが心配であった。

 ここで何とか相手を言いくるめる事が出来ないだろうかとエチゴスは考える。


「あっ、あんた達が代わりになれば娘が助かるんだ! 悪いが身代わりになってくれ!!」


 エチゴスが何か言い返そうとすると、突然誰かが前に出る。

 先程頭を下げていた男だ。

 目の前の女達を身代わりにすれば自身の娘は助かるのだから必死である。

 その男の言葉に3人の女は顔を見合わせると、相談を始める。


「何か事情があるみたいですわね。聞いてあげますから話してごらんなさい」


 話が纏まったのか、高慢な女が再び尋ねる。

 だが、エチゴスはこれ以上無駄な話をするつもりもなかった。


「それには及びませんよ、御嬢さん方。痛い目を見たくなければ武器を捨ててもらいましょうか」


 エチゴスは警告すると笑う。

 そもそも話など聞いて意味はない。

 女3人ではこの人数に敵うわけがない。

 大人しくすればゼングに渡すまでは良い思いをさせてあげようとも思う。


「どうやら痛い目を見なければわからない方がいるみたいですわね。カヤ!シロネさん!少し懲らしめてやりましょう」


 高慢な女が言うと左右の女達が頷く。


「お嬢様。下がってください」

「キョウカさんは下がっていてね」


 左右の女はやはり従者だったのだろう。

 中央の高慢な女を後ろに下げて前に出る。

 左の女は拳を構え、右の女は剣を構える。


「て、抵抗するなら痛い思いをするぞ!!」


 エチゴスは叫ぶが女達の態度が変わる様子はない。

 これだけの人数で囲まれているのになぜだろう。


「何を言っているの? 痛い目を見るのはそっちよ!」


 剣を持った女シロネが睨む。

 その目にエチゴスは少しだけ怯む。


「かまわん!女を捕えろ!!」


 エチゴスは動揺を隠すように、大声で命令すると配下の者達が女に近づく。

 5名の男が剣を持つ女に挑みかかる。


「くれぐれも怪我をさせては……えっ?」


 その光景にエチゴスは目を疑う。

 5名の男が声も無く急に倒れたのだ。男達は地面に転がり呻き声を上げている。


「うわああああ!!」


 突然右から叫び声が上がる。

 エチゴスが振り向くと右の女を捕まえようとした男共が尻餅を付いている。

 その男達の表情は恐怖で歪んでいる。

 彼らの持っていた武器や縄がズタズタに斬り裂かれている

 よく見ると斬り裂かれているのはそれだけではない。

 彼らの髪の毛もなかった。

 配下に禿の男はいなかったので、一瞬で髪の毛を斬り落とされたのだ。

 とんでもない早業に配下の者達が怖気づく。


「ええい!!何をやっているんだ! たかだか小娘3人! オーガに食べられたいのですか! さっさと捕えなさい!!」


 エチゴスは大声出し配下を向かわせる。

 しかし、最初に向かった者と同じように地面に転がされ、髪を斬り裂かれて終わるだけであった。

 流石の事態にエチゴスも怖気づく。


「下がれ、エチゴス。この私がやろう」

「ダ、ダイガン様! 下がれ者共! ダイガン様が戦われるぞ!」


 エチゴスが配下の者達を下げるとダイガンが前に出る。


「なかなかやるようだな。この私が相手をしてやろう」


 ダイガンがそう言うと体が膨れ上がる。

 もともと長身だった背がさらに高くなる。

 体から剛毛がはえ顔の口が裂けて大きくなる。


「人狼? ワーウルフ!!」

「そうだ。おれは偉大なる戦神フェリオンによってこの力を得たのよ! お前の血を我が神に捧げてやるぞ!」

 

 ダイガンはそう言うと笑う。


「戦神フェリオン? あれ、戦神といえば力と戦いの神トールズと知恵と勝利の女神レーナじゃなかったけ?」

「シロネ様。トールズとレーナは真っ当な人間が信仰する神です。おそらくフェリオンとは邪神の事だと思います。推測ですが、あの者は元は人間で、邪神から人狼ワーウルフにしてもらったのでしょう」


 拳を構えた従者の女カヤが説明する。 


「ふーん、元人間か……。殺すべきか迷うわね。まあ良いわ。私が相手をしてあげる」


 シロネは平然と構える。

 人狼を相手にしても怖がるどころか少し楽しそうだ。

 その態度にエチゴスは訝しむ。


「ほう、余裕だな。少しは楽しませてくれるか?」


 ダイガンは剣を引き抜き構える。

 元々ダイガンは人間の戦士だ。

 力を求めるあまり、邪神フェリオンを崇め、その恩寵を得たのである。

 シロネとダイガンの距離が縮まる。


「いくぞ!」


 ダイガンが剣を振るう。

 全身の筋肉を使った鋭い一撃だ。

 それに対してシロネは動く気配がない。 


「えっ……?」


 ダイガンが間抜けな声を出す。

 エチゴスはその光景に目を疑う。

 ダイガンの持っている剣がなくなっている。

 その数秒の後、何かがダイガンの側に落ちてくると、地面に突き刺さる。

 落ちて来たのはダイガンの剣。


「ばっ、馬鹿な!?」


 ダイガンが狼狽する。


「ふふん。虚をつかせてもらったわ。まだやる?」


 シロネは剣を突き付けるとダイガンに聞く。


「ふん! まだだ! まだ俺は敗れていない!」


 ダイガンは拳を握るとシロネに挑む。

 しかし、その拳はむなしく空振りをする。


「残念。剣の筋は悪くなかったけど私には敵わない」


 いつの間にかダイガンの後ろに移動したシロネが言うとダイガンはそのまま前に倒れる。

 死んではいないようだが、気を失ったいるみたいだった。


「ば、馬鹿なダ、ダイガン様がこんなに簡単に……。なんなんだ、お前達は……」


 エチゴスは呟く。

 目の前の光景が信じられなかった。

 普通の人間が人狼ワーウルフに敵うわけがない。

 目の前の女達は只者ではなかったのだ。


「控えなさい! 控えなさい! あなた達!!」


 突然カヤが大声を出す。


「このお方をどなたと思っているのです。この方はかの光の勇者レイジ様の妹君であるキョウカ様ですよ! お嬢様の御前です! 者共控えなさい!!」


 エチゴスはカヤの言葉に驚く。

 閉じられた国だが、外の情報が入らないわけではない。

 当然、有名な光の勇者レイジの事は知っている。

 オーガよりも遥かに恐ろしい魔物がいるナルゴルに入っていった者。それが、勇者レイジだ。

 そして、かなり傍若無人な男で、敵となった者に容赦がない事も知っていた。


「ははーーーっ!!」


 エチゴスはキョウカと呼ばれた女に平伏する。周りの男達も同じようにする。

 強い者にはとことん従う。それがエチゴスの生き方だ。


「まさか、勇者様の妹君だったとは!申し訳ございませんでしたーーーー!! 許して下さいーーー!!」

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