第5話 ゴブリンの王国

 クロキはグロリアスに乗ってアケロン山脈を飛ぶ。

 山の少し険しくなった場所に大きな横穴がある。

 この穴の中にゴブリンの巣がある。

 ゴブリンは夜行性ではないが闇行性だ。そのため光が入らないように洞穴等に住む事が多い。

 そのゴブリンの住処の入り口にグロリアスを降ろす。

 クロキが先に降り、後ろに乗っていたクーナを降ろす。


「クロキ。ここがカロン王国なのか?」


 クーナが横穴を見て言う。その問いにクロキは頷く。


「確かそのはずなんだけどね……。自分も来るのは初めてなんだ」


 カロン王国はアケロン山脈の北側、つまりはナルゴル側にあるゴブリンの王国だ。

 そして、モデスの支配下にあるゴブリンの国である。

 このゴブリンの巣は別名をカロン王国という。

 クロキには何匹のゴブリンがいるかわからないが、ナルゴル側のゴブリンの部族で最大らしいと聞いていた。

 入り口に立つと、やがて5匹のゴブリンが近づいてくる。

 その真ん中に立つゴブリンに目が魅かれる。

 ゴブリンは成人しても人間の10~12歳くらいの子供の身長ぐらいにしか大きくならない。だが真ん中のゴブリンは周りのゴブリンよりも一回りも大きい。


「お待ちしておりました、閣下ゴブ。わらすはケンエオと申すでゴブ」


 真ん中のでかいゴブリンが頭を下げる。


「ゴブ?」

 

 クロキは首を傾げる。 

 ゴブリンの言葉は聞き取りにくい事が多いがこのケンエオの言葉は良く聞こえる。しかし、語尾に変な言葉がついていたのは気のせいだろうかと思う

 大きなゴブリンはクロキに頭を下げた後、ちらりと横を見る。そこには当然クーナがいる。


「それと奥方様でゴブ」


 クーナにも頭を下げる。それから変な語尾は気のせいではないようだ。


「奥方様……。見る目がある」


 クーナが呟く。奥方と呼ばれた事で少し嬉しそうだ。


「こちらに、女王様がお待ちでゴブ」


 ケンエオがクロキ達を案内する。

 ゴブリンの巣の中を案内される。ゴブリンの巣の中は暗く先頭を行く者の持つ、光虫の入ったランタンだけが灯りとなっている。

 暗視が使えるクロキは灯りが無くても問題はないが、クーナは助かっているだろう。

 歩いていると多数のゴブリンとすれ違う。

 ゴブリン族は大人でも人間の10~12歳の子供と同じサイズにしかならないが、力は人間の大人と同じ位ある。

 彼らの頭は石のように固く、通常の武器では刃が立たない。

 攻撃するとき頭以外の場所を狙わなくてはならない。

 だが戦いを避けるだけなら歌えば良い。彼らは綺麗な歌声が苦手だからだ。

 そしてゴブリンの生活だが、基本的に日中は洞穴や森に潜み生きている。

 文明のレベルはクロキが元いた世界で言う所の原始人とほぼ同じである。

 それがクロキがルーガスから教わったゴブリンの生態である。

 実際に今まで見たゴブリン達は教えてもらった通りであった。

 だがこのカロン王国のゴブリン達は普通のゴブリン達とは違っていた。

 彼らの生活レベルは高く、着ている服もロクス王国で会った人間と劣らない。

 洞穴の壁もただ掘ったのではなく、整備されていて平らになっている。

 前を歩くケンエオの装備も人間の騎士と遜色ない。

 やがて広い場所に出る。その部屋は至る所に光虫の照明が備え付けられていて明るかった。

 その部屋の奥に一匹の巨大なゴブリンが座っている。

 大きさはクロキよりも一回り大きく、非常に太っていて動きにくそうだった。

 この太ったゴブリンは他のゴブリンが禿頭なのに対して長い髪が有る。

 そして、クロキは目の前の太ったゴブリンからは強大な魔力を感じる。

 その魔力は強く魔族にも引けを取らないだろう。


「おおきい……」


 クーナが呟く。

 

(クーナの言う通り、これをゴブリンと言っていいのかわからないな。これがカロン王国の女王なのだろうか?)


 クロキは太ったゴブリンを見る。

 頭には角が生えている。

 普通ゴブリンに角は生えない。

 しかし、ゴブリンの中には角が生えた者が生まれる時がある。

 角の生えたゴブリンは通常のゴブリンよりも強く、このゴブリンはロードとなるのが一般的だ。

 だから、目の前のゴブリンがロードである可能性が高い。


「閣下。こちらは我らが女王である、ダティエ様でゴブ」


 ケンエオが巨大なゴブリンを指して言う。

 クロキの予想通り目の前の太ったゴブリンが女王であった。

 正直ゴブリンにも女性にも見えないがそれは言わないでおこうとクロキは思う。


「ようこそカロン王国へ、閣下」


 ダティエが頭を下げる。

 クロキは兜を外し脇に抱える。

 一応クロキが上位者であるが、兜を着けたまま話すのは非礼だと思ったからだ。


「クロキです。問題があったみたいですが、何があったのです?」


 しかし、ダティエは何も喋らずクロキを見ている。

 クロキはその視線にさらされると何故か背筋に冷たい汗が流れる。


「クロキが聞いているのに何も答えないのとはどう言う事だ! つまらない事だったらクーナが許さないぞ!!」


 クーナから攻撃的な魔力が発せられる。


「ちょ! クーナ!」


 クロキは慌てる。

 クーナの剣幕にダティエやケンエオ等のこの部屋にいるゴブリン達が怯えだす。

 何故かクーナはダティエの事が気に要らないみたいだ。


「申し訳ございません、閣下」


 ダティエが謝る。


「いっ、いえ。クーナも落ち着いて。何があったのですか?」


 クロキはクーナを宥めるとダティエを促す。


「はい、実は。最近アケロン山脈に人間達が攻め込んで来ているのです」

「えっ……」


 ダティエの言葉にクロキは思わず声を出す。

 それは一大事であった。


「ま……、まさかレイジ達が?」


 一応レイジにはナットを始めとした見張りが動きを監視しているはずだ。

 現在彼らは大陸の西側に行っているとクロキは聞いている。


(何時の間にこちらに来たのだろうか?)


 再びレイジと戦う事になるのではないか、とクロキは背筋に冷たい汗が流れる。


「いえ閣下。攻めて来たのは光の勇者ではないのです。本来ならお伝えする程の事ではないかもしれないのですが……念のためと思いまして……」


 ダティエは自身では判断しづらいからクロキを呼んだのだと言う。

 もし、レイジ達が攻めて来たら、このカロン王国が最初に相手をする事になる。

 前回は抵抗する間もなく通してしまったらしい。

 当時はナルゴルとの間に連絡網が整備されておらず、レイジ達が侵入してもしばらく気付かなくて後手に回った。

 その教訓から緊急時は魔法の警報装置でナルゴルに知らせる事になっている。

 また緊急でなくても異常があった時も知らせる事になっている。

 そして、今回はその警報装置を使っていない。異常ではあるが緊急ではないのだろうとクロキは判断する。


「初めは南側の部族の何匹かが、峰を越えてカロンに入って来たのが始まりでした。最初は南側の部族の間で争いがあったのかと思ったのですが……。どうも違うようでしたので使いの者を南にやったのです」

「そこで人間が攻めて来ているのに気付いたと?」


 ダティエは頷く。


「彼らは峰を越えては来ないのですが、何度もアケロンの南側に攻めて来ているみたいなのです。何がしたいのか目的はわかりません……。とても怖いですわ閣下」


 ダティエは腕を回してくねくねと体を揺らす。不気味だった。

 そして、確かに何が目的なのだろうとクロキは考え込む。

 単純にゴブリンの討伐なのだろうか?


「レイジでは無いと言いましたが、彼らが何者かわかっているのですか?」


 彼らゴブリンに人間の区別が付くのかわからないがクロキは一応聞いてみる。


「光の勇者のような良い男ならすぐにわかりますわ、閣下。もし再び攻めて来たら、今度は私が身を捧げてナルゴルを攻めないでと懇願するのですが……」


 ダティエの言葉にうわあとクロキは思う。

 この世界の人間型の種族は美的感覚が何故か人間と同じなのを忘れていたのである。

 そしてレイジも可哀そうにとクロキは思う。


「調べによりますと攻めて来ているのはアルゴアの英雄パルシスとか言う男ですわ。絵の達者な者に似姿を描かせて持って来させました。間違いなく勇者ではございません。パルシスも良い男の様ですが、光の勇者にはかなり劣りますわね」


 相変わらず不気味に体を揺らしながらダティエが言う。

 クロキはそのダティエの言葉に以前聞いた事がある名詞が入っていたような気がした。


「アルゴア……リジェナがいた国」

「そうだ、リジェナがいた国だ」


 クーナの言葉でクロキは思いだす。

 アルゴア王国はリジェナの父親が治めていた国のはずだ。

 リジェナはナルゴルに来る前の事をあまり話さないから忘れていたのである。


(そのアルゴアの英雄が、何故アルゴア山脈の南側のゴブリンを攻めるのだろうか?)


 リジェナに聞けばわかるかもしれないが、クロキは聞く気は起こらなかった。

 リジェナの一族は今のアルゴアを治めている人達によって殺されたも同然である。

 聞く事で辛い記憶を呼び起こしてしまうかもしれなかった。

 それに、その英雄がリジェナの一族を追放した事に加担している可能性もある。尚の事聞けない。


(リジェナは彼らに復讐したいと思っているのだろうか?リジェナは何も言わないし、こちらも聞こうと思わないからわからないなあ)


 クロキは恨みを持つなと言うつもりもないが、復讐を手伝おうとも思わなかった。

 彼女をどうすれば良いのか、クロキにはわからなかった。

 人間の彼女を魔物の国であるナルゴルに長く置いても良いとは思えない。いつかは人間の国のどこかに良い受け入れ先を探さないといけないだろうとクロキは考え込む。

 そこでふとクロキは視線を感じる。

 クロキが顔を上げるとダティエと視線が重なる。


「何か?」

「いえね、閣下も光の勇者と同じくらい良い男だなと思いまして。ぐふふふふ」


 ダティエは舌なめずりしながら笑う。

 その視線がねっとりとクロキを捕えていた。

 クロキの背筋にぞわっと冷たい何かが走る。


「いい加減その目をやめろ! ゴブリンの女王! クロキはクーナのだぞ!!」


 クロキを見つめるダティエの視線にクーナが怒る。


「いっ! いいからクーナ! わかりました! そのアルゴアの英雄の事はこちらに任せてください! 行こうクーナ!!」


 クロキはクーナを宥めると足早にこの場を立ち去る。

 ダティエが引き留めようとするがかまわない。

 ここは急いで撤退しないと危険であった。

 大急ぎでクロキはカロン王国を出るのだった。

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