第27話 ロクス王国との別れ2

 白い鱗亭はいつもよりも人が少なく、ほぼ貸切状態だった。

 いつも客になっている自由戦士が王宮に呼ばれ、給使をしている店の女性も今日は王宮に手伝いに行っていて店の主人が1人であった。

 その店にクロキとレンバーはいる。

 目の前にはお酒と簡単な食事。

 それは普段の店の食事に比べてさみしい物であった。

 理由は王宮に食料を供出したため簡単な物しか作れなかったからである。

 現在王宮では国を救った勇者を讃える豪華な晩餐会が開かれている最中であった。

 店の主人がすまないとクロキ達に謝る。

 しかし、普段からあまり豪勢な食事をしていないクロキには充分であった。


「私は何もできませんでした……」


 クロキの正面に座るレンバーが辛そうに言う。

 好きな人を守る事ができず、レイジに取られてしまった。

 そして、レイジがいなければレンバーもアルミナも命がなかったかもしれない。レイジを恨む事もできない。


(これじゃ、かける言葉がないよ。こればかりはどうにもならない)


 クロキは天を仰ぐ。

 今のレンバーはただ無力さを嘆くしかない状態だ。


「それでレンバー殿はどうなさるのです?」

「騎士を辞そうと思います」

「そうですか……」


 クロキもレンバーと同じ立場だったらそうするだろう。

 アルミナ姫の心にはレイジがいる。

 それが自身よりも優れた男なら潔く去るしかないだろう。


「騎士をやめたらクロ殿と同じように旅をするのも良いかもしれませんね……」


 レンバーがクロキを見て言う。

 これまで付き合ってきたがクロキはレンバーは優秀な男だと思っている。

 騎士と言う安定した身分を捨ててもやっていけるだろう。

 今回はさすがに手におえなかったが、それは仕方がない事であった。

 そして、この国もこれから大変だなとクロキは思う。

 レンバーのような男は平時でこそ必要とされる。

 あまり目立つ事は無いが、ロクス王国の日常はレンバーのような人間に守られていると思う。それは退屈で刺激がないかもしれないが、失ってみて初めてその大切さに気付くだろう。

 それはレイジには無い物だとクロキは思う。

 レイジは有事で輝くが平時では腐るような気がしたからだ。

 レイジはある意味勇者といえる男であるとも思う。魔王という災厄がなければ勇者は輝けない。


「旅ですか……。自分は明日この国を去りますが、お互い旅を続けていればどこかで出会うかもしれませんね」

「その時はまた酒に付き合ってください、クロ殿」


 レンバーは笑う。

 クロキはそれを見て安心する。

 少しは元気がでたかもしれない。

 力が無い事に嘆き続けるよりも、強くなろうと努力するレンバーはそんな男のような気がする。

 クロキもそうありたいと思う。


「そうですね、その時はぜひ」


 クロキはレンバーの言葉に答える。

 レンバーがどの道を行くかはわからない。だけどクロキはレンバーに幸運とよき出会いがある事を祈るのだった。




◆ロクス王国の自由戦士ガリオス


「まったく何だよあれ……。俺達だって頑張ったのに」


 自由戦士のステロスが文句を言う。

 ステロスが見る先には多くの女性に囲まれる勇者がいた。

 ガリオス達自由戦士も功績があった事から晩餐会に呼ばれた。

 この晩餐会には国中のうら若き女性達が功績があった者を労うために呼ばれている。

 ステロス等若い自由戦士は鼻の下を伸ばして来たわけだが、勇者が女性陣をほぼ独占しているため、男達だけで飲み食いしている状態だ。


「まあ、そう言うな。勇者様は特別なんだよ」

「ガリオスさん……。でもなあ……」


 ステロスがガリオスに不満そうに言う。

 当然だが不満は消えないようだ。

 そう言ってると1人の女性が近づいて来る。


「シロネ様!!」


 さっきまで不満顔だったステロスの顔が明るくなる。

 近づいて来たのは勇者の仲間のシロネだった。


「今日はみんなご苦労様」


 シロネがにっこり笑うと若い自由戦士達の不満が消える。

 男臭い場所に花が添えられて自由戦士達に歓声が上がり近づいて行く。


「いいのですか? 勇者様の側にいなくても」


 ガリオスが近づいてそっと言う。

 勇者の側には女性ばかりが多くいる。今更だが、浮気の心配をしなくて良いのだろうか?


「いいの、いいの、レイジ君には他に綺麗な子がいるから」


 シロネは何も気にしていないように言う。


「そうですか……」


 ガリオスはあてが外れたと思う。

 勇者の周りの女性を散らせば、ステロス達にも女性が来るかもしれない事を狙っていたのだ。

 このガリオスの目の前の女性もまた特別である。

 ステロス達がどんなに願っても手に入れる事はできないだろう。だからこそ彼らの手に収まる女性がいた方がガリオス的には良かったが、これでは無理であった。


(この少女は勇者が他の女性を何人侍らしても別に良いみたいだ。勇者の妻になる女性は度量が広くないと務まらないのだろう。もし俺が勇者と同じ事をすればペネロアは刃物を投げてくるに違いない)


 ガリオスは自身の妻の事を考えて、身を震わせる。


「あのシロネ様……。ちょっとよろしいでしょうか?」


 ガリオスとシロネが話していると誰かが会話に混ざってくる。


「えーっと……。確かニムリさんで良かったかな?」


 ニムリは頷く。


「あの先程の黒髪の賢者様の言葉で気になる事が……」

「チユキさんの言葉で? うん。何かな」

「この晩餐会が始まる前に黒髪の賢者様を助けた人物と言うのはクロ殿の事ではないかと思いまして」


 ガリオスはそこから、ニムリがクロの話をしようとしていると気付く。

 この晩餐会が始まる前に黒髪の賢者はこの事件の最大の功績があった者の話をした。

 その者はクロの事に違いないとガリオスは思う。


(あの時クロはこの黒い霧を止めると言って俺達とは別行動を取った。この黒い霧を止めたのはクロに違いない)


 ガリオスは感謝すると同時に、クロが讃えられないのはおかしいと思う。


「クロ?」


 シロネが首を傾げる。

 塔に一緒に行ったのに全く覚えていないみたいだ。

 ガリオスとニムリはクロの話をする。


「うーん。私は実際に助けた人に会った訳じゃないからわからないわ。後でチユキさんに確認を取って見るね」

「お願いします、シロネ様。私達はクロ殿のおかげで助かったと思います。最大の功労者は讃えられるべきです」

「俺からもお願いしますシロネ様。クロは表に出るのは好きじゃないみたいだが、ああいう奴こそ日のあたる場所に出るべきだと思うぜ」


 そう言ってニムリとガリオスは頭を下げるのだった。





 正直、うざいとチユキは思う。

 この国の貴族達が次々と挨拶に来るおかげで気が休まらない。

 いつもチユキはこんな役回りだ。

 本来ならレイジがやるべきだがレイジは多くの女性に囲まれているため、貴族の男達が近寄れないのだ。

 チユキはそのレイジの様子を見て、イラっとする。

 目の前にいる貴族のオジサン達の話しが長く、チユキは正直抜け出したかった。


「あのチユキさんちょっと良いかな……」


 自由戦士の所に行ってたはずのシロネが、声をかけてくる。


(ナイスシロネさん!!)


 チユキはシロネに喝采を送る。


「すみません。ちょっと席を外しますね……」


 チユキはそう言ってオジサン達から離れる。


「助かったわ、シロネさん。ところでどうしたの?」

「ちょっと気になる事を聞いてね……」


 チユキはシロネから話を聞く。

 ガリオスという男の話しでは、地下で私を助けた男はクロという自由戦士ではないかとの事だ。


「私は違うと思うんだけどね……。ストリゴイの魔法に耐えられなかったし」

「確かにそうね。仮面の男はストリゴイよりも強そうだし。その仮面の男に勝った彼がそのクロと言うのはおかしいわね。いいわ、そのクロってのはガリオスって人の所にいるのでしょう? 明日にでも会いに行ってみましょう」


 そのクロという人物がその彼かどうかチユキにはわからない。

 しかし、会ってみればわかる事であった。


(彼がいなければ、私達もこの国もどうなっていたのかわからない。今回一番讃えられる人は彼であってレイジ君ではない。そのクロが彼ならば、改めてこの国をあげてお礼をすべきだろう。当然私達もだ。その彼は今何をしているのだろうか?)


 チユキは顔を隠した彼の事を思い浮かべるのだった。





「の~んでましゅか~クロどの~」


 酒に酔ったレンバーが絡んでくる。

 クロキはどうしてこうなったと思う。


「レンバー殿……その辺でお酒は控えた方が……」

「いやっ! まだ飲みがたりないっつ! クロ殿も飲んでってウ」


 最後の方は何を言っているのかわからないが、レンバーが執拗に酒を進めてくる。

 そう言われてもクロキは酒を飲まない、そして飲めない。

 以前に道場の先輩達が飲んでいるのを見て飲んでみたが、いくら飲んでも酔わずに気分が悪くなっただけだった。

 それ以来、酒は飲まないと決めた。

 酔ったレンバーがクロキ絡んでくる。


「すごく酒癖が悪い。どうしてこうなった……」


 ちょっとだけクロキは泣きたくなった。

 こうして夜は更けていくのだった。





 朝になりクロキは身支度を整えガリオス夫妻に旅立つ事を告げる。


「そうか、行くのか……」


 ガリオスが名残惜しそうに言う。

 昨晩はクロキもガリオスも遅くに戻ってきた。

 そのため伝えるのが朝になってしまった。

 ガリオス夫妻は引き留め明日にしたらと言ったが、気になる事があるので今日行くことにした。


「自分にはやる事がありますから……」


 そう言うとクロキはこの国から見える聖竜の住む山の方をちらりと見る。


「昨晩のレンバーの事はありがとうね……」


 ペネロアが礼を言う。レンバーは昨晩飲み潰れてしまい。住んでいる所を知らないからガリオスの家に連れて帰った。今は客間で寝ている。

 レンバーが良い人に会えればとクロキは思う。


「また来いよ、クロ!!」


 その言葉にクロキは頷く。


(また来よう)


 クロキはそう考えるとロクス王国を後にした。




「朝一番に出て行ったですって!?」


 チユキがガリオスの家に行くとそう告げられた。

 一足遅かったようだ。

 特に引き留めろとか言わなかったし、会いに行くとも伝えなかったので、ガリオス達を攻める訳にはいかない。そのクロという人物は行き先も伝えていないらしい。


「どういたしますか? チユキ様」


 同行してくれたカヤが尋ねる。彼に会った事があるカヤにも確認をしてもらおうと、チユキがお願いしたのだ。


「仕方がないわ、戻りましょう。それに私達の側にいるならまた会う事になるだろうし。今はあきらめましょう」


 そう言ってチユキが戻ろうとしたときだった。

 腰の袋が鳴り始める。

 袋を開けると鳴っているのはチユキがレーナから預かった鈴だった。


「まさか暗黒騎士が……」


 チユキは聖竜の住む山を見る。その鈴は暗黒騎士の到来を知らせていた。

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