第43話 再会を喜んで

 モデスは魔王宮の1室で鍛冶の神ヘイボスと会っていた。


「無事にナットも帰って来たようだし良かったな、モデスよ」


 ヘイボスはエリオスから持って来た黄金酒を2つの杯に注ぐ。

 黄金酒は黄金樹の黄金の果実から造られる果実酒だ。

 作ったのはもちろん酒と料理の神であるネクトルであり、エリオスでもごく限れた者しか飲むことが出来ない。

 それをヘイボスは大量に持って来ていた。

 モデスはヘイボスが注いでくれた黄金酒を一口飲む。

 すると濃厚な味が口に広がる。


「ああ、ヘイボスよ。これもクロキ殿の功績だ」


 モデスがナットに聞いたところによるとクロキは迷宮の中であってもラヴュリュスを追い詰めていたらしい。

 勇者と共に戦わなくても勝っていたそうだ。

 思ったとおりの結果にモデスは満足する。

 ちなみにナットは魔王宮で報告をした後家族の所に帰った。

 今頃妻子に会っている頃だろう。


「しかし、勇者を助ける事になってしまったが良いのか?」

「構わぬよ。ナットが無事で有る方が大事だ。それにヘイボスの事もあるしな」


 モーナをはじめ魔族の中にはクロキが勇者を助けた事を責める声もある。

 しかし、モデスはその全てを黙らせた。

 クロキ殿はナットを救うために最善を尽くした。それを責めるべきではないと思ったからだ。


「そうか……すまぬな。それに暗黒騎士にも礼を言わねばなるまい」


 ヘイボスは頭を下げる。 

 クロキの力によりあの迷宮はヘイボスの物となった。

 あの迷宮にいたミノタウロス達は、ラヴュリュスがいなくなったので全員が迷宮から逃げ出したそうだ。

 そして、迷宮はドワーフ達によって封印された。

 これで中の魔物が外に出る事は無いだろう。


「ああ、クロキ殿が戻ってきたら礼を言ってくれ。しばらく不在にするそうだがな」


 クロキはクーナと一緒にしばらく留守にするらしい。

 ナットから報告があった後でクロキから何かあったらすぐに駆けつけると伝言の魔法で連絡があった。

 律儀な男だとモデスは思う。

 クロキが裏切るとはとうてい思えない。モーナは心配しすぎなのである。


「それにしても、あのレーナが恋人を助けるために暗黒騎士と手を組むとは思わなかった」

「確かに……」


 ヘイボスの言う通り、クロキはナットを救うためにレーナと手を組んだらしい。

 そしてレーナも恋人である光の勇者を助けるために敵であるクロキと手を組んだ。

 モデスは最初に聞いた時は耳を疑ったが、恋する女とはそういうものかもしれないと納得する事にした。


「確かにな。なんでも、あの誇り高い女神が敵であるクロキ殿に頭を下げたらしいからな。女とはわからぬものだなヘイボス……」

「そうだな……」


 ヘイボスがうんうんと首を縦に振る。


「しかし、それ以上に気になる事がある」

「蛇の女王ディアドナの事か?」


 その言葉にモデスは頷く。

 これは、ヘイボスが知らせてくれた情報だ。

 あと1歩という所までラヴュリュスを追い詰めたが、ディアドナが来た事で逃がしてしまったらしい。


「その通りだヘイボスよ。今まで身を潜めていたディアドナが急に姿を現した。それにどうやら中立だった神々を味方にしようとしているらしい。何を企んでいるのやら……」


 ディアドナは母に代わり、ミナの血を引く神達を滅ぼすと公言している。

 そのミナの血を引く神達の内にはモーナも含まれている。

 だから、ディアドナはモデスの敵でもある。

 ディアドナは再びエリオスと戦争をするつもりなのかもしれないだろう。


「暗黒騎士が捕えた蜘蛛の女神が何か知っているのではないか?」


 ヘイボスの言葉に首を振る。


「おそらくアトラナクアは何も知らぬよ……。大した事は教えられていないようだ」


 アトラナクアは魔王宮の1室で監禁中だ。その後どうするのかは考えていない。

 モデスはアトラナクアの夫に知らせるべきか迷う。

 彼女の夫は毒の尾を持つ砂漠の神だ。住居を変えていなければ砂漠の神殿にいるはずであった。


「結局何もわからないままか……」

「そうだな……。本当に何を考えているのやら」


 モデスとヘイボスは一緒に考え込む。

 しかし考えても何もわからなかった。

 考えてもわからないので黙ったままヘイボスと共に黄金酒を飲みかわす。


「ところで話は変わるがモデスよ。ネクトルの奴が宝石の果実を欲しがっていたぞ」

「ネクトルが宝石の果実を?なるほど黄金酒はその報酬と言うわけか?」

「そう言う事らしいぞ」


 ヘイボスは杯を片手に笑いながら言う。

 宝石の果実はナルゴルにのみ存在する、宝石樹になる果実の事だ。

 宝石の果実と言っても本物の宝石では無い。

 宝石のように透き通った美しい実だからそう呼ばれている。

 この宝石の実は滅多に実をつける事は無い代わりに、腐る事も無いので永久に保存が可能だ。

 魔王宮には過去に収穫した宝石の果実がいくつかある。


「わかった、良いだろう。魔王宮に保管してある宝石の果実を持って行くが良い。それから知恵の鮭フィンタンの燻製も持っていくと良いぞ」

知恵の鮭フィンタンの燻製?」

「ああ、そうだ。クロキ殿が作った物でな。なかなかの美味だった。何より酒に合う」

「それはうまそうだな。ネクトルも喜ぶだろう」

「うむ。それから、くれぐれもファナケアに知られない様に気を付けろと言っておいてくれ。ファナケアが知ればフェリアも知る事になる」


 医と薬草の女神であるファナケアはネクトルの妻だ。

 また、ファナケアは結婚と出産の女神フェリアの娘にして、知識と書物の女神トトナの姉でもある。

 そして、女神フェリアはモデスを嫌っている。

 ファナケア自身は大人しい女神だけど母親と密接に繋がっている。

 宝石の果実や女王鮭の燻製を貰ったと知ったら母親に報告するだろう。

 そうなれば、女神フェリアはネクトルを責めるに違いない。

 そうなればネクトルが可哀そうであった。


「わかっておるよ。ネクトルはフェリアには頭が上がらないからな。いや、エリオスの男共は女神共に頭が上がらないと言うべきか」


 ヘイボスは渋い顔をして言う。


「エリオスの男神達も大変だな……」

「全くだぞ」


 そう言ってモデスはヘイボスと共に笑う。


(さてオーディス達はこれからどうするのだろうか?)


 モデスは遠い地にいるオーディス達の事を思い浮かべる。

 ディアドナはエリオスの神達を嫌っている。

 おそらく、これからエリオスは大変な事になるだろう。

 エリオスの方角を見ながらモデスはそう思うのだった。





「ただ今戻りました、レーナ様」


 ファナケアの所に行っていた戦乙女隊の隊長のニーアが戻って来る。

 エリオスに戻ったレーナ達は石になった戦乙女達をファナケアに預けた。


「ご苦労様です。ニーア?あの子達は治りそう?」


 ファナケアは医と薬草の女神だ。

 ファナケアの力なら石になった戦乙女達を治癒する事ができるはずであった。


「はい。ファナケア様の話によるとレーナ様の盾のお陰で全員症状が軽いそうです。すぐにでも元に戻せるだろうとの事です」

「そう、良かった。これで一安心ね」


 レーナはゆったりとした椅子に腰かけて天を見上げる。


「あの……。レーナ様……」


 ニーアが心配そうにレーナを見る。


「何ですか、ニーア?」

「あの……。お体の方はその……」


 ニーアの視線がレーナのお腹に向いている。

 レーナは自身のお腹を見る。

 お腹は少し膨らんでいる。

 まだ服でごまかせる。だけどこの先ごまかすのは難しいだろう。


「大丈夫よ、ニーア。でもこれから先出歩くのは無理ね」

「レーナ様。我々の事は大丈夫です。どうか、ご自身のお体を大切になさって下さい」

「ふふ、そうね。そうさせてもらうわ。後の事は任せるわねニーア」

「はい、レーナ様。後の事は我々にお任せ下さい。それでは私はこれで」


 ニーアが頭を下げて部屋を出て行く。


「さて、ニーアの言う通り部屋で大人しくするしかないわね。 だけど、蛇の女王ディアドナの動きが気になるのよね」


 レーナは迷宮都市の地表部分で出会った蛇の女王ディアドナを思い浮かべる。

 南海諸島から動かなかったディアドナが動き始めた。

 何をしようとしているのかレーナは気になった。

 しかし、いまのレーナの体ではできる事はない。

 ディアドナの事は既にオーディスに報告済みである。

 だから後の事はオーディスに任せるべきである。


「もっとも、何もできないわよね。エリオスを守る事で忙しいだろうから。力と戦いの神であるトールズがもう少し役に立ってくれたら良いのだけど」


 レーナは溜息を吐く。

 力押ししかできないトールズではディアドナに勝てないだろう。

 レイジもいるが彼はあまりあてにできない。


「はあ……。もう考えてもしかたがないわね」


 レーナはお腹を触る。

 お腹には新しい命が宿っている。

 クロキとの間に出来た子だ。

 間違いなく最強の勇者となってくれるだろうとレーナは確信している。

 そうなればディアドナなど敵ではない。


「早く生まれなさい。私の可愛い勇者」


 そう呟いてレーナは愛おしそうにお腹を触るのだった。




「はあ、結局彼を取り戻す事が出来なかったってわけね」

「そうなのチユキさん」


 チユキは元アトラナの屋敷の一室でシロネからこれまでの事を聞く。

 アリアディア共和国に戻って来たチユキ達はクラスス将軍から表彰された。

 迷宮に捕らわれた人達を助け出したレイジはアリアディア共和国の英雄となり、レイジはもちろんその仲間である私達はアリアディア名誉市民権を貰える事になった。

 このアリアディア市民権があればアリアド同盟に属する国ならば、自由に出入りが可能になる。

 そして、レイジは公式に勇者の称号を得た。

 アリアディア共和国が認定した光の勇者レイジの名声は大陸の西側諸国にも鳴り響く事になる。

 これからは大陸の西側で活動がしやすくなるだろう。

 ただチユキが気になるのは、魔術師協会のタラボス副会長の事である。

 彼は今行方不明になっている。

 アトラナと繋がっていたらしく、その事に気付かれたので逃げたのだ。

 また、もう一つ気になる事がある。

 それはレイジは女王となったエウリアから夫となってパシパエア王国の王様になって欲しいと懇願された事だ。

 もちろんレイジは断った。レイジに王様になって欲しいという国は沢山ある。

 それに王様になったらその国から動けなくなる。

 エウリアの申し出を断り、将軍府を後にしたレイジと私達はアリアディア共和国のレーナ神殿へと戻り今後の事について話し合う。

 議題はもちろんシロネの幼馴染の事だ。


「でもシロネさん、そのクロキさんだっけ? リジェナさんの事もそうだけど、助けてくれたりするんだから、完全に操られてはいないんじゃないかな?」


 リノの言う通りだとチユキは思う。

 完全に操られていたならば助けてくれるはずがないからだ。

 それにリジェナを助けた所を見ると良い人なのは間違いないだろう。

 また記憶を操作されてもいないように見えた。

 だとしたら助ける方法もあるかもしれないとも思う。


「だと良いのだけど……」

「大丈夫っすよ、シロネさん。最初は敵として現れて、何故か途中でピンチの時は助けてくれるキャラは最終ダンジョン手前で仲間になってくれるって決まってるっす。だからきっとクロキさんは最後にはナオ達の仲間になってくれるっすよ。心配する事は無いっす」


 ナオは訳の分からない慰め方をする。


「私はちょっと嫌だな……。だって彼はレイ君を傷つけたのだもの」


 ナオに反してサホコは少し嫌そうに言う。

 確かにシロネの幼馴染のせいでレイジは死にかけた。

 それが許せないのである。


「サホコさん! それはきっと白銀の魔女のせいなのっ! クロキは本当はそんな事をしたくないはずなの!!」


 シロネは机を叩いて言う。


「落ち着いて、シロネさん……。それにサホコさんもレイジ君を思う気持ちはわかるけどちょっと言い過ぎよ。彼は操られているのだから」


 チユキは2人をなだめる。

 シロネの幼馴染がレイジを傷つけたのは間違いない。

 確かにその事が引っかかるが、争うべきではないと思う。


「確かに……。ごめんなさい、シロネさん」

「ううん、いいよ。クロキがレイジ君を傷つけたのは事実だもの」


 2人が頭を下げる。

 サホコは普段は温厚だけどレイジの事になると性格が少し変わる。

 シロネもまた幼馴染の彼の事になると少し性格が変わる。

 しかし、どちらも争いは好まないので仲直りは可能だ。


「はあ、それにしてもまさか、魔王に娘ね……。迷宮の事も片付いたし本格的に白銀の魔女を調べる必要があるわね」


 チユキは御茶を飲みながら言う。

 白銀の魔女は魔王の娘らしい。

 そもそも魔王に娘がいるという情報はなかったのだ。

 もっと魔王の事について調べる必要があるとチユキは思う。


「魔王の娘か、あんまり想像したくないな……」

「確かにレイジ君はそうよね。すっごくブサイクそうだし」


 レイジの言葉にチユキは相槌を打つ。

 チユキ達は魔王の姿は魔法の映像で一度見た事がある。

 魔王のモデスの姿はすごいブサイクだった。

 レイジに限らず、その娘もブサイクだと思うの当然だった。

 あの醜い魔王から綺麗な女の子が生まれるとは思えないのは確かだ。


「ブサイクか……。確かに内面はブサイクかも」


 シロネはチユキの言葉に頷く。


「ところでシロネさん気になったっすけど。良いっすか?」

「どうしたの、ナオちゃん」

「白銀の魔女も気になるっすけど、あの牛の邪神を助けに来た奴らは何者っすか?あのでかい鳥に乗っていた奴の1人は前にロクスの地下で会った事があるっすよ」

「私もそれは気になるわね……。彼らは何者なの? そもそも邪神ラヴュリュスは魔王の仲間じゃないの?」


 チユキもナオと同じように聞くシロネに聞く。

 この世界の魔物は魔王が支配しているはずだ。

 だとしたら魔物を操る邪神は魔王の配下のはずであった。


「えっと……。私も良くわからないけど……。でも確か邪神は魔王の仲間じゃないはずだよ。邪神ラヴュリュスは昔魔王と争って迷宮に逃げたってレーナが言っていたもの」

「それは本当なの、シロネさん!?」


 チユキはシロネに詰め寄る。


「私はそう聞いたけど……。それがどうしたの、チユキさん?」


 シロネは自分が言った事の重大さに気が付いてない。


「魔王の仲間ではない邪神や魔物がいるなんて初耳よ! これは重要な情報だわ!!」


 チユキが続けて説明するとシロネが驚く。

 チユキが聞いた伝承によると、この世界を作ったのは始祖神オルギスと聖母神ミナだ。

 始祖神オルギスと聖母神ミナは協力して光り輝く美しい世界を作った。

 だけどどこからともなく魔王モデスが現れて世界を支配しようとした。

 オルギスとミナは魔王と戦い破れて死んでしまった。

 魔王は世界を闇に包み、自分の眷属である魔物達を世界に放った。

 オルギスとミナの子供達はオーディスを中心に集まり魔王と戦った。

 オーディス達は何とか魔王に勝利して世界の半分を取り戻す事に成功した。

 世界を半分取り戻した事により1日の半分だけ世界は光に照らされる事になった。

 こうして世界は昼と夜に分かれる事になったのである。

 魔王は敗れたけど、まだ生きていてナルゴルの地で逆襲の時を狙っている。

 オーディス達は何とか勝利したけど犠牲が大きくて追撃をする事ができなかった。

 こうして膠着状態が続いている。

 これがチユキの知る世界の状況である。

 チユキ達はそんな世界に完全な光を取り戻すために呼ばれたと思っている。

 しかし、伝承のどこにも魔王に従わない邪神達は出て来ない。

 しかも魔王と敵対しているなんて初耳であった。

 つまり、オーディス率いるエリオスの神々と魔王以外の第3勢力があるという事ではないか。


「面倒くさい事になったな……」


 レイジは嫌そうな顔をする。

 確かに面倒くさい状況であった。

 エリオスの神々とナルゴルの魔王の争いだけだと思っていたのがそうではなかったのである。


「そうね。色々と調べなきゃいけない事があるわね。それにレーナからも色々と話を聞かなきゃいけなわね……」


 実はチユキが知っているこの世界の神話はレーナに教えてもらったものではない。

 聖レナリア共和国の書庫でチユキが調べたものだ。

 もっと詳しい話をレーナから聞きたいとチユキは思う。


「そうだな、レーナには色々と聞かなければいけないな」


 レイジはにやけた顔をして言う。

 それを見てチユキは胸が苦しくなる。


(まさか本当にレイジ君が女神であるレーナからも愛されるとは思わなかったわ)


 チユキの目から見てもレイジは美形だ。

 整った顔立ちにすっと通った鼻。切れ長の目に明るい髪。

 すらりとした背丈でルックスも良い。

 またレイジは頭も良く、そして何よりも強い。

 レイジのような美男子はいろんな女の子から好かれる。

 だからチユキだけを見てくれると言う期待はあまりできない。

 でもどこか期待をしているからこそ、チユキはレイジの側にいるのだろう。

 それは本当に淡い小さな期待だ。

 しかし、レイジの側にレーナが現れた。

 レーナの登場によりチユキの淡い期待は完全に壊された。

 あんな美人がいたらチユキだけを見てくれるどころか、1番にだってなれないだろう。


(なんであんな綺麗な女神がいるのだろう?)


 チユキもそれなりに容姿には自信があるがレーナには敵わない。

 そのレーナから愛していると言われたレイジはとても上機嫌だった。

 爆発してしまえとチユキは思い、いらいらする。

 チユキは冷たい瞳でレイジを見る。

 レイジはその視線に気付かずに涼しい顔をしている。


「でも、その前にクラスス将軍が祝賀会を開いてくれるみたいよ。せっかくだから、それに出席してから行きましょう」


 チユキは少し怒りを込めて言う。

 迷宮に捕らわれていた人達を救った事でクラスス将軍がアリアディア共和国主催の祝賀会を開いてくれるみたいだ。


「祝賀会っすか、良いっすね。ずっと迷宮の中で貧しい食事だったから美味しい物が食べたいっす」


 ナオは涎を垂らして言う。


「そうだよ! ずっと閉じ込められていたんだもの。息抜きがしたいよ!!


 リノも強い口調で言う。


「それもそうだな。息抜きも必要だな」


 レイジもリノの意見に賛同する。

 祝賀会には綺麗な女の子も来るだろう。

 その事を考えているのだろうか顔が笑っている。


「祝賀会か……。頑張ってくれたクロキがいないのに……」


 シロネだけが暗い顔をして言う。


「そうね。実際に迷宮に捕らわれていた人達を助けたのは彼だものね。レイジ君や私では無くて。本当に賞賛されるべきは彼よね」


 チユキは横目でレイジを見て言う。

 レイジの顔が目に見えて不機嫌になる。

 レイジも彼が来なかったら危なかったのを理解しているのか言い返してこない。

 チユキはそれを見て少しだけ気分が晴れる。


(ロクス王国での事もそうだけど、彼にはお礼を言わなければいけないわね。レイジやサホコは嫌がるかもしれないけど、彼は仲間になるべきよね)


 助けてくれた時の彼には彼の意志があったようにチユキには感じられた。

 シロネと同じようにチユキも彼を救いたいと思う。

 それに彼を聖竜山で傷つけた事が気になっていた。

 だから、彼と話をしてみたいのである。

 チユキはレイジを見る。

 レイジは特に何も言わないが、シロネの幼馴染の事を良く思っていないのは確かであった。


(問題はレイジ君よね。彼の事をどう思っているのだろう? 彼を仲間として迎え入れてくれるだろうか?

 レイジ君が彼を受け入れなければ、例え彼を救い出しても彼は私達と一緒にいるのは難しいかもしれない)


 そんな事を考えてチユキは前途多難だと思うのだった。




「それではリジェナさん。よろしくおねがいしますね」


 カヤにそう言われリジェナは困った顔をする。


「あの、本当に私に出来るのでしょうか?」

「大丈夫ですよ、トルマルキスがあなたを補助します」

「よろしくお願いしますね、リジェナ様」


 リジェナの隣にいる太った男が揉み手をしながら頭を下げる。

 リジェナ達がいるこの屋敷は元々はトルマルキスの物であった。

 だけど、このトルマルキスの妻であるアトラナは邪神であり、レイジ達を騙していた。

 もっとも、トルマルキス自身は普通の人間で、ただ邪神に利用されていただけだ。

 リジェナが聞いた話では実際アトラナが何をしているのか知らなかったらしい。

 けど、そんな事で許すカヤではない。

 トルマルキスは全財産を奪われ、彼の商会もキョウカの物となった。

 キョウカの物となったこの屋敷は、今ではミドー商会のアリアディア支部である。

 そして、リジェナはつい先程、カヤからミドー商会のアリアディア支部の長になって欲しいと頼まれたところであった。


「それに聖レナリア共和国から人を呼びます。私が教育した子ですから安心ですよ、リジェナさん」

「あの……。やっぱり私には無理です。商売なんてやった事がないんです!! そもそもなんで私なんかに務まるとは思えません? もっと良い人がいるのではないでしょうか?」


 カヤの言葉にリジェナは首を振って答える。


「大丈夫ですよ、リジェナさん。あなたはクロキさんから認められた人ですもの。彼が認めた人なら間違いないですわ」


 キョウカがリジェナを見て微笑む。


(キョウカ様はどうやら旦那様を高く評価しているらしい。旦那様を高く評価する人が増える事は良い事なのよね……)


 その言葉でリジェナは諦める。

 クロキの名前を出されたらリジェナは断れないのである。


「あなたが適任なのですよ、リジェナさん。リザードマンを使ったキシュ河の河川運輸。他の運航業者よりも有利に商売ができるに違いありません。きっと莫大な利益を得るでしょう」


 カヤは優しい言葉でリジェナに言う。


(カヤ様はカヤ様で違う思惑があるみたい……)


 キョウカとカヤの視線からリジェナは出来れば逃げ出したかった。


「これも試練なのでしょうか、旦那様……」


 リジェナは天井を見上げてクロキを思い浮かべるのだった。





 クロキは中央山脈に差し掛かる所でクーナと合流する。


「クロキ!!」


 クーナはクロキを見ると抱き着く。

 クーナの潤んだ瞳がクロキを映す。

 クロキは久しぶりに見るクーナは前よりも綺麗になったような気がする。


(こんな可愛い子が抱き着いてくれるなんて。元の世界ではありえなかった事だよね。やったね自分!!)


 クロキは感動のあまり涙が出そうになる。


「うう……。ごめんね、クーナ。さみしい思いをさせて……。それにグロリアスも」


 クロキはグロリアスの首を撫でる。

 首を撫でるとグロリアスは甘えた声を出す。


「本当にさみしかった……クロキ。一緒に帰ろう……」


 しかし、クロキはクーナのその言葉に首を振る。


「ねえ、クーナ。折角だからアリアディア共和国に遊びに行かないか?」

「アリアディア共和国?」


 クーナは首を傾げる。


「うん、アリアディア共和国。クーナと一緒に回ってみたいんだ」


 クロキはレーナと一緒に見て回ったから下調べはすんでいる。

 それに歌劇を見るのも良いかもしれないとも思う。


「クーナはクロキと一緒ならどこにでも行くぞ」


 クーナが微笑む。

 それは天使の笑みであった。


(この笑顔だけでご飯三杯はいける。もちろんどんぶりでだ!)


 クロキは思わず変な笑い声が出てしまう。

 しかも涎までも出て来る。


「ぬふふふふふふ」

「どうした、クロキ?」


 クーナは不思議そうにクロキを見る。


「いや何でもないよ。それじゃ行こうか」


 クロキは手で涎を拭いて無理やり平常心を取り戻す。

 こうしてクロキ達はグロリアスに乗って飛ぶ。

 向かう先はナルゴルとは反対方向のアリアディア共和国。

 時刻はもう夜であった。

 白銀に輝く月が夜空を照らしている。

 月は太陽と違い全ての生きる者を優しく照らす。

 そんな月夜の中をクロキとクーナは竜のグロリアスに乗って飛ぶ。

 アリアディア共和国に向かって。



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