第39話 迷宮都市ラヴュリュントス14 邪神ラヴュリュス

 峻厳な中央山脈の中でもっとも高い山の頂上にある神殿は鳥女達の聖域である。

 青水晶で出来た石柱を複雑に組み合わされた鳥の巣に似た神殿はとても美しい。

 この神殿の主は運命の女神カーサ。

 カーサは千の翼を持ち、多くの鳥の眷属から崇められている。

 中央山脈に住むハーピー達は彼女の配下だ。

 蛇の女王ディアドナはその女神カーサと会うために遠くからここに来たのである。


「ディアドナ。あなたがここに来るとは思わなかったわ」


 カーサはディアドナを見て言う。

 その目は明らかにディアドナを警戒している。

 そもそもカーサとディアドナは父と母が争った時は敵同士であった。

 ディアドナは母であるナルゴルの側に立ち、カーサは父であるオルギスの側に立っていたのである。


「そんなに警戒しなくても良いわカーサ。あなたと争うつもりはないわ」


 今や父と母もいない。

 ディアドナにとってカーサと争う理由はもはやない。

 それにカーサを敵に回すのは良くないと思っている。

 この目の前の女神は視力を失う代わりに予知能力を持つ。

 その力は強大で、できれば味方につけたいのである。


「……用件を聞きましょうか、ディアドナ。ただ世間話をしたくて来たのではないのでしょう?」

「話が早くて助かるわ。私の味方になってくれないかしら?」

「味方についてと言う事は敵がいると言う事ね。誰が敵なのかしら?」

「もちろんミナの子供達よ」


 ディアドナがそう言うとカーサはやはりと言う顔をする。


「そう言うと思ったわ。でも急になぜ? 今まであなたは大人しくしていたのに」

「それはあの忌々しいメルフィナの娘であるレーナが、異界から光の勇者を呼び出したからよ。彼は太陽を作り出す能力を持っているわ。このままにしておくのは危険よ」


 元々この世界には夜しかなかった。

 それを異界から来た女神であるミナが明るい世界を望んだために彼女達の父であるオルギスは太陽を作った。

 父であるオルギスがどうやってあれほどの太陽を作ったのかはわからない。

 しかし、太陽ができた事で世界は光輝く事になった。


(我が父ながら馬鹿な男だ。そんな事をすれば母にミナの存在が知られてしまうだろうに……)


 結局太陽は母によって半分壊され、1日の半分しか世界を照らさなくなった。

 オルギスと同じ力を持つオーディスは太陽を元に戻そうとしたが、うまくいかず維持するのが精いっぱいだと聞いている。

 光の勇者もまたオルギスと同じ力を持っている。

 オーディスと光の勇者が協力すれば太陽が元に戻るかもしれない。

 そうなれば世界はミナの子供達の物になるだろう。

 もちろん、ディアドナはそんな事を許すつもりはない。

 この世界は闇夜であるべきなのである。


「光の勇者? でも彼は暗黒騎士に敗れたわ。そこまで危険だと思えないけど……」

「でも光の勇者は生きている。暗黒騎士がいるかぎりモデスは倒されないかもしれないけど。他の神々はどうなるかわからないわ。噂によれば暗黒騎士はモデスを守る事はしても積極的に光の勇者を殺すつもりはないそうよ」

「でも……。光の勇者は、今はラヴュリュスに捕えられていると聞いているわ。心配する必要はないのではなくて、ディアドナ」


 カーサは答える。

 光の勇者の噂はカーサも知っているのだ。

 だけど、ディアドナはその言葉に首を振る。


「いいえ。先程光の勇者を捕えていた結界が壊されたと連絡を受けた。同行していたザルキシスが慌てて戻って行ったわ。もしかするとラヴュリュスが危険かもしれないわね。私も助けに行くわ」


 実はディアドナはこの神殿にはザルキシスと一緒に来ていた。だけど、結界が壊されたと連絡を受けて、急いで迷宮へと戻ったのである。

 ディアドナも迷宮に行くつもりだ。。

 だけど、ここまで来たのだからカーサに一度会ってから行こうと思い行動を別にした。


「ラヴュリュスを助けても、貴方に感謝するとは思えないわよ」

「そうでしょうね」


 ディアドナは頷く。

 欲深いラヴュリュスは神々の嫌われ者だ。そして、助けられたからと言って感謝などしない。


「確かにそうね。でも光の勇者はレーナの恋人だそうよ。レーナに執心なラヴュリュスが光の勇者を許すはずがないわ」


 自分の欲望に忠実なラヴュリュスがレーナを諦めるわけがない。そして、恋人の光の勇者を許すはずがない。

 だが、その力は利用できるとディアドナは思っているのだ。


「なるほど。光の勇者はレーナの恋人なのね。ラヴュリュスに限らず光の勇者は男神達から恨まれてるでしょうね」


 カーサはレーナの姿を思い浮かべる。

 レーナは愛と美の女神を名乗るイシュティアよりも美しい女神だ。

 おそらく女神達の中で一番美しいだろう。

 そんなレーナには、エリオスだけでなく様々な男神達が求婚している。

 ただし今までレーナはどんな男神も相手にしてこなかった。

 それもそうだろう、世界で一番の美男子であるアルフォス神を間近で見て育ったら他の男に目が行くわけがない。

 そのレーナに恋人ができたら男神達は大騒ぎになる事は容易に想像できた。


「私はあの女神のどこが良いのかわからないわね……。きっと性格が悪いわよ、あの女神は」

「確かにレーナには嫌な所はあるわね……」


 カーサは同意する。

 あの忌々しいメルフィナの血を引いているのだからレーナの性格は悪いに違いない。

 レーナに限らずミナの血を引く女神達は皆が美しい。だけど、その美しさを鼻にかけている所がある。

 そして、醜い存在は滅ぼしても良いと思っている。


「そろそろ行くわね、カーサ。ザルキシスを追いかけて合流するわ。それから味方になってくれる話は考えておいてね」


 そう言うとディアドナはカーサに背を向けて言うとカーサの神殿を後にするのだった。







 迷宮の最奥でチユキ達は邪神ラヴュリュスと対決する。


「出て来い、ボナコン共よ!!」


 ラヴュリュスが叫ぶと7匹の炎に包まれた牛が出て来る。

 火の中位精霊であるボナコンがお尻をこちらに向けて灼熱のうんこを噴射してくる。

 最低最悪の攻撃にチユキは慌てる。


「リノさん!!」

「わかっている、チユキさん! ケルピーさん! みんなを守って!!」


 チユキの呼び声にリノは中位精霊であるケルピーを呼び出す。

 呼び出された7匹のケルピーが口から水を出し灼熱のうんこを防ぐ。

 うんこを防がれたボナコンがケルピーに襲い掛かる。

 ボナコンとケルピーはぶつかり互いに消滅する。


「これでも喰らうっす!!」


 叫び声と共にナオはブーメランで攻撃する。

 しかし、ブーメランはラヴュリュスの剥き出しの腕に当たるが傷つける事なくはね返される。

 ラヴュリュスの体は、魔法の鎧を身に付けている上に皮膚が鋼のように固く、ナオの攻撃はラヴュリュスには届かない。


「うう、駄目っす。ナオは戦力にならないっす」


 ナオは悔しそうに言う。


「ナオさんはサホコさんを守って! 私とレイジ君で攻撃するから!!」


 チユキはそう言うと魔法で複数の氷槍を作りラヴュリュスに放つ。

 ラヴュリュスは物理防御が高い上に火が効かず、雷が効かない。

 だから氷系の魔法で攻撃する。


「ふん! そんなものが効くか!!」


 だが、チユキの魔法はラヴュリュスにダメージを与えられない。

 この空間はラヴュリュスに有利に働く。

 チユキ達の魔法の威力が下がっているのだ。

 だけど、チユキの狙い通りである。

 先程の魔法はラヴュリュスの目を塞ぐためであった。

 氷槍が溶解し霧になると、レイジがラヴュリュスの死角に回りこむ。


「喰らえ閃光烈破!!」

「ふん!!」


 ラヴュリュスは魔法の盾を構える。

 すると盾が分裂して壁になる。

 レイジの2本の剣から放たれる斬撃がラヴュリュスを襲うが、その斬撃は盾の壁に防がれて消える。


「くそ!!」


 レイジは悔しそうにする。


「これでも喰らいな!!」


 ラヴュリュスが両刃の斧を振る。衝撃波がチユキ達を襲う。


「光よ! みんなを守って!!」


 サホコが叫ぶと前に光の壁が現れるが、衝撃波は光の壁を壊しチユキ達を吹き飛ばす。

 直撃を受けていたら死んでいただろう。


「もういや~~!!!」


 リノは泣きごとを言う。

 チユキも焦りを感じていた。

 ラヴュリュスの両刃の斧の威力は凄まじく、サホコの防御魔法では防ぎきれなかった。


「よくも仲間に手を出しやがったな!!」


 ただ1人衝撃波を逃れたレイジがラヴュリュスに挑む。


「ふん!!」


 ラヴュリュスは剣でレイジを迎え撃つ。

 レイジはラヴュリュスの剣を回転して躱すと剣でラヴュリュスの足を斬る。

 しかし、部屋の壁や床に描かれた文字が光り輝くと、ラヴュリュスの傷がすぐに治る。


「ちょこまかと! これでもくらいな!!」


 ラヴュリュスは頭の2本の角から電撃を放つ。

 電撃の範囲は広く、さすがのレイジも避けられず、動きを止めると持っている2本の剣で防ぐ。

 そこをラヴュリュスの斧と槍が襲う。


「ぐっ!! なんの!!」


 レイジは剣で受けて飛ばされたが、バネのようにしならせ壁に激突する衝撃を最小限に抑える。


「ふん! しぶとい野郎だぜ! これで終わりだ!」

「これで終わってたまるか! 光翼天破!!」


 レイジは壁を蹴り、向かって来るラヴュリュスに対して光の矢となる。


「ブモオオオオオオオ!!!!」


 その一撃を喰らいラヴュリュスが吹き飛ぶ。


「やったか?!!」


 レイジはラヴュリュスを見る。

 しかし、まるで何事もなかったかのようにラヴュリュスは起き上がる。

 そのラヴュリュスの持つ盾が光っている。

 レイジの攻撃は盾によって半減させられたようであった。


「ぐぐ……やるじゃねえか、光の勇者。今のは少し痛かったぞ。だがこれぐらいでは俺は倒せん!!迷宮よ! !力を与えよ!!!」


 再び部屋全体が光ると、その光がラヴュリュスに集まって行く。

 その様子はチユキは第4階層で戦ったゴーレムと同じに感じられた。

 おそらくラヴュリュスを回復させているのである。


「この迷宮にいるかぎり俺は無敵だ。貴様らでは俺は倒せん」


 回復したラヴュリュスが笑う。


「まずいわ! ここは撤退するべきだわ、レイジ君!!」

「わかったチユキ! みんな集まってくれ!!」


 レイジの言葉に仲間達が集まる。

 そして、チユキは転移魔法を唱える。


「嘘!? 発動しない!!」


 チユキは茫然とする。

 結界はなくなっているはずなのに転移ができない。


「残念だが第12階層から下は元から転移禁止だ。結界は関係ないんだよ。お前達はこの俺からはもはや逃れられん」


 ラヴュリュスは慌てるチユキ達を見ていやらしく笑う。


「まずいっすよ、これは……」

「そうみたいね……」


 チユキの頬に冷や汗が流れる。

 ナオの言う通り絶対絶命のピンチであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る