第35話 タラスク

 チユキは仲間達と共にウスの街の郊外にある湖へと来る。


「この湖の底から下の階層に行けそうなのね?」

「はいっすよ、チユキさん。水は湖の底からさらに下に流れているっす」


 チユキが聞くとナオが答えた。

 湖は以前にピクニックに来た場所である。

 第5階層は巨大な水晶の照明があるので地上にいるのと変わらない明るさだ。

 湖の水はとても澄み、湖面は光を反射してキラキラと輝いて綺麗で、水が澱んでいない所をみると湖の水は循環している事が推測できる。

 だから、湖の中のどこかに外に通じる場所があるかもしれないとまではチユキは予想はしていた。

 なぜ今まで確認しなかったのかというと、リノの力が半ば封じられた状態で水の中に入る事は危険だと思ったからだ。

 水の精霊の力が使えるリノの力は水中戦で欠かせない。だから湖の調査まではできなかった。

 どんなに脱出したくてもリノに無理をさせる事は出来ない。


「出て来てケルピーさん」


 リノは水の中位精霊であるケルピーを複数呼び出す。

 湖の水が膨れ上がると馬の姿をした灰色の馬がチユキ達と同じ人数分だけ出て来る。


「さあ行こう、みんな」


 レイジがケルピーに乗ると全員がケルピーに乗る。

 馬の姿をした水の精霊はチユキ達を乗せて湖へと潜る。

 ケルピーは背中に乗せた人間を溺れさせる怖ろしい精霊だけど、チユキ達は水の中で行動できる魔法を使っているから溺れる事はない。

 ケルピーはリノの指令により下の階層へと続く場所へと案内してくれる。

 湖の中には所々に光る水晶があるため明るい。

 水の中を進むと多くの魚達とすれ違う。

 ウスの街にいる時に食卓にあがった鯉に似た魚だ。

 この鯉は第5階層だけでなくこの世界の内陸でよく食べられる魚である。

 生命力が強く、水から上げてもしばらくは生きる事ができるため、内陸の魚料理はほとんどがこの鯉を使った物だったりする。

 一般的に刺身で食べられる事は無く、すり身にして香草や他の野菜と共に混ぜた後で焼いて食べる事が多く、香草等が使われているためか泥臭さはあまり感じず、なかなか美味しかった事をチユキは思い出す。

 チユキ達は魚達とすれ違いながら青色の空間を進む。


「止まるっす!!」


 突然ナオが仲間達を止める。

 本当なら水の中なので会話をする事ができないはずだが、魔法の力で会話が可能だ。


「どうしたの、ナオちゃん?」


 サホコは不安そうな声で聞く。


「何かでっかいのがいるっす」


 ナオが指差す方を見ると湖の底で何かが動く。


「うわ~大きな亀さんだね~」


 動く物を見てリノが気楽な声を出す。

 リノの言う通り動く物は一見巨大な亀に見えた。

 しかし、そのトゲの有る甲羅のから出る頭は獰猛な獅子のようであり、口には巨大な牙が見える。

 普通の亀ではない。


「亀じゃないわよ、リノさん。あれはタラスクだわ」


 チユキは断言する。

 リノが亀と呼んだ物はタラスクと呼ばれる竜の眷属である魔獣だ。

 チユキは魔獣タラスクとは過去に出会った事がある。

 聖レナリア共和国の南にある近くの森に生息していた。

 そのタラスクを過去に退治した事があった。

 ただし、その時は水中ではなく陸の上での事だ。

 タラスクは獰猛な肉食の魔獣だ。

 何も食べなくても体を仮死状態にする事で何百年も生きる事ができる。

 おそらく、目の前のタラスクも今まで眠っていたのだろう。それがチユキ達が近づいた事で目を覚ましたようだ。

 タラスクが大口を開けて襲って来る。

 だけど、ケルピーに乗ったチユキ達を捕える事はできない。

 チユキ達はバラバラに逃げタラスクを躱すと再び1つに集まる。

 タラスクは動きが遅い。

 それは水の中でもあまり変わらないようだ。

 避けられたタラスクは方向転換に手間取っている。


「さて、どうやって倒すかな」


 レイジは全員を見る。

 誰も何も言わない。

 タラスクは防御力が高い魔獣だ。

 紺碧の海竜王と火の中位精霊ボナコンの間に生まれた魔獣は、水と火どちらにも耐性がある。

 雷撃は効くだろうけど水の中で使えばチユキ達もダメージを喰らう。

 また、体の甲羅は鉄よりもはるかに硬く、物理攻撃も効きにくい。

 倒す事はできるだろうけど少し面倒くさい相手だ。

 だから誰も何も言わない。


「私が行くわ。みんなは援護をお願い」


 誰も相手にしかたがず、仕方がないとチユキが相手をする事にする。

 チユキはケルピーを駆るとタラスクの方へと向かう。

 そして、懐から魔法文字ルーンが書かれたカードを6枚取り出す。

 このカードを駆使する事で符術に似た魔法を使う事ができる。

 タラスクは方向転換してチユキの方を向くと再び襲ってくる。

 チユキはケルピーに命じてタラスクの目の前で方向転換して突撃を躱す。

 その時にタラスクの口の中にカードを放つ。水の魔法で動かされたカードはタラスクの口の中へと入って行く。


「レイジ君! タラスクに攻撃をして! 全力じゃなくて良いわ!!」


 チユキは大声で指示を出す。


「了解だ、チユキ!!」


 レイジの光弾がタラスクを襲う。

 タラスクは頭と手を素早く甲羅の中に引っ込める。

 タラスクの硬い甲羅に弾かれて傷1つ付ける事はできなかった。

 だけど、これでチユキの狙い通りだ。

 チユキはタラスクが飲み込んだ魔法のカードを発動させる。

 結界等で遮られていないかぎり、魔法のカードはどこでも発動が可能だ。

 タラスクを中心に水の中を小さな衝撃波が走る。

 タラスクは頭と手足を引っ込めたまま、お腹を上にしてひっくり返るとそのまま湖の中を漂う。

 チユキがタラスクに飲ませた魔法のカードは1枚につき数百もの空気弾を放つ魔法が込められている。それを合計6枚も飲ませ発動させた。

 タラスクの内部で膨張した空気はタラスクの内部を破壊したに違いない。

 タラスクが防御態勢を取ってくれたおかげで空気の爆発はタラスクのほぼ内部だけに留まりチユキ達に何の影響もなかった。

 全て狙い通りである。

 ウスの街の人の話しからタラスクが湖にいる事は聞いていない。

 つまりあのタラスクは長い間湖の底で眠っていた事になる。おそらく、湖の底から下の階層に行く者を殺すために配置されたのだろう。

 それがチユキ達が来た事で目覚めたようだ。

 ずっと眠っていたからさぞ空腹だっただろう。


「お腹がいっぱいになれたかしら?」


 チユキは笑う。


「お見事」


 レイジがチユキの横に来る。


「さすがっす、チユキさん」

「あの亀さんをあっさり倒しちゃった」

「本当にすごいね、チユキさん。これで先に進めるね」


 口々にみんながチユキを褒める。


「さあ、行きましょう」


 チユキ達は下の階層へと続く湖の底へと向かった。






「ふ~ん。レイジ君達はエウリアってお姫様を助けに下の階層へと向かったんだ」


 クロキの横にいるシロネが冷めた表情で報告を受ける。

 場所はアリアディア共和国にあるレーナ神殿にある一室だ。

 そこでクロキ達はこの神殿に転移してきたエウリアなる姫の従者から報告を受けている。

 結界を破るとレーナ神殿に次々と迷宮に捕らわれていた人々が転移をしてきた。

 彼らは喜び、レイジを讃えてアリアディアの街へと移動した。

 そして最後に転移してきた彼女達から、レイジ達はエウリアとかいう姫を助けるために下の階層へと向かった事を聞かされた。

 ちなみに部屋にいるのは、クロキとシロネとキョウカとカヤにリジェナ。そして転移してきたエウリアの従者5名だ。


「はい。姫様を助けるために勇者レイジ様は行かれました。シロネ様もどうか姫様をお救いください」


 まったく表情を変えずに喋る従者達。

 クロキの後ろにいるカヤでも少しは表情が変わる。だけど、この従者達は本当に感情がないようにクロキは感じる。


「助ける必要はあるのかな? エウリアって姫はレイジ君達を捕まえた邪神の娘なんだよね? アトラナクアって人から聞いているんだけどな」


 シロネがそう言うと従者達の体が少し震える。

 そして彼女達の顎が少し動く。

 それを見たカヤが素早く動き、5人の従者の後ろ頭を叩いていく。

 その動きは電光石火である。

 叩かれた従者達は何かを吐き出して動かなくなる。


「これは毒薬かな? たぶん正体がばれたら死ぬように命令されていたんだろうな……」


 クロキは従者の所に行くと吐き出した物を見てみる。

 吐き出した物は毒薬に間違いないだろう。おそらく、カプセルみたいな物に入れて奥歯に仕込んでいたに違いない。

 そして、正体がばれたら死ぬように命令されていたのだろう。


「あまりいい気がしませんわね」


 キョウカは倒れた従者を見て言う。

 彼女達は使い捨ての道具と同じだ。

 おそらく魔法で心を縛られていたのだろう。

 キョウカは高飛車な態度から誤解されがちだが、話してみるとかなり優しい女の子である事をクロキは知った。

 倒れた従者達の身を案じているのだろう。


「さてどうする、シロネ?」


 クロキはわかりきった事を聞く。


「もちろん一緒に助けに行くよ、クロキ!!」


 シロネは当たり前のように言う。


(まあ、シロネが助けに行かないわけがない)


 クロキは仕方がないと首を振る。

 そして、シロネの中ではクロキもまた助けに行く事は確定のようであった。

 クロキとしてはレイジを助けに行く事は気が進まない。だけど、ナットはレイジの仲間に捕まったままだ。クロキも行かざるを得ないだろう。


「私も行きますわ、シロネさん」


 キョウカは身を乗り出してシロネ言う。


「駄目です、お嬢様!! 危険です!! お嬢様の魔法は完全ではありません!! ここは残るべきです!!」

「どうしてですの、カヤ! わたくしだって魔法を使えるようになったのですよ!! そうですわよねクロキさん!?」


 キョウカはクロキの方を見て言う。


「いえ、キョウカさんとカヤさんはここに残ってはくれませんか?気になる事がありますので」


 しかし、クロキは首を振って答える。


「気になる事?」

「はい、地上にはアトラナクアのような者が他にいるかもしれません。自分とシロネが迷宮に入っている間に閉じ込められる可能性があります。だから誰かが残り退路を確保して欲しいのです。お願いしてもよろしいでしょうか?」


 クロキはキョウカの目を見て言う。

 今の言葉は嘘が半分、真実が半分である。

 正直に言うとカヤの言う通りキョウカの魔法は不安定で足手纏いだ。

 それに迷宮は改造されているらしいから、何が待っているのかわからず。迷宮の設計図も全部あてにできない。

 そんな中にまともに戦えない者を連れて行く事は出来なかった。

 しかし、アトラナクアが言っていたザルキシスの存在が気になるのも本当であった。

 だから誰かが残っていた方が良いのは確かであった。


「はい。わかりましたわ……。仕方がありません。クロキさんがそう言われるのでしたらここに残りますわ」


 少し残念そうにキョウカが言う。


「それからリジェナも残って蜥蜴人リザードマン達を統率してくれないか?」

「はい。わかりました、旦那様」


 リジェナは嬉しそうに答える。


「ふふ~ん、と言う事は私とクロキの2人で迷宮に入る事になるね」


 シロネが嬉しそうに言う。


「まあ、そうなるかな……」

「頑張ってレイジ君達を助けようね、クロキ!!」


 シロネがクロキの手を取って言う。シロネの目がキラキラしている。


「お、おう」


 勢いに押されてクロキはしどろもどろになる。


(自分がレイジを助けに行く事が嬉しいのだろうか?)


 クロキは少しだけ複雑な気持ちになる。


「まさかクロキと一緒に戦うとは思わなかったよ。昔一緒に冒険したのを思いだすな~。なんだか懐かしいね、クロキ」


 今から危険な場所に行くのにシロネは気楽に言う。


(シロネは少し危機感が無さすぎるような気がする。だけど、確かに久しぶりだ。もっとも、冒険と言っても野山を一緒に駆け巡ったりするぐらいだったのだけど……)


 クロキは過去を思い出す。

 小さい頃はあんなに一緒に遊んだのに最近は言葉も交わさなかったと思う。

 理由はシロネがレイジ達と一緒に遊ぶようになったからだ。

 あまり友達が多くなかったクロキは1人で行動する事が多くなった。

 その時の事は今でも覚えている。

 一緒に祝っていたクリスマスもシロネがいなくなってからは祝う事はなくなった。

 他にもいろいろな事をしなくなった。

 クロキとしては少しさみしかったけど仕方がない事であった。

 シロネにはシロネの付き合いがあるのだから。


(今はもう1人じゃないんだ。なんだか無性にクーナに会いたくなってきた)


 さっさと終わらせてクーナの所に戻ろうとクロキは思う。


「さあ行こう、クロキ! 絶対にレイジ君達を助けるんだ!!」

「ああ、うん」


 シロネが明るく笑いかけるとクロキは頷く。


(今はシロネと昔を懐かしみながら迷宮に入ろう。きっとこれがシロネとの最後の冒険になる……)


 そんな事を考えながらクロキはシロネと共に行動を開始するのだった。


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