第36話 迷宮都市ラヴュリュントス11 巨大ムカデ

 シズフェとノヴィスはシロネ達のいる屋敷を訪ねる。

 昨日は会う事ができなかったので、今日こそはと思ったのである。

 もっとも、そう思っているのはノヴィスだけで、シズフェはノヴィスが変な事をした時に止めるつもりで来ているだけだ。


「シロネ様は既に出かけられました」


 しかし、カヤからシロネがいない事を告げられる。

 それを聞いてノヴィスはがっかりした顔をする。


「もういい加減あきらめなよ、ノヴィス……」

「い~や、シズフェ!!今度こそ剣を教えてもらうんだ!!」


 シズフェは止めるがノヴィスは諦めない。


「もう……。シロネ様に迷惑だよ」

「いやそんな事はない! 俺は役に立てる! カヤ様、シロネ様は何処に行ったのですか?!!」


 ノヴィスが問い詰めるとカヤはやれやれと首を振る。


「迷宮です。シロネ様達は迷宮へと行かれました」


 カヤはあっさりと教える。


「迷宮!? だったら俺でも役に立てるはずだ!!」

「それは無理です。シロネ様達は貴方達の助けがなくても、正しい道を進むことができるはずです」

「正しい道?」

「そうです、正しい道です。もっとも、あの2人がこれからも共に良き道を進んでくれると良いのですが……」


 そう言うとカヤは遠くを見るのだった。





 シロネはクロキと共に迷宮の入り口へと来る。

 クロキは今は鉄仮面を外している。

 また、暗黒騎士の姿にもなっていない。

 なぜなら、どちらもシロネが嫌がったからだ。

 もちろん、必要になったら暗黒騎士の姿になるだろう。

 だけど、シロネとしてはできるなら暗黒騎士の姿になって欲しくはない。

 それに折角一緒にいるのだから顔が見える方が良い。

 そうお願いされたのでクロキも渋々鉄仮面を外したのだ。

 そのため今のクロキは厚手の服と黒いマントに剣を持っているだけのシンプルな格好である。


「ねえクロキ。これから再び迷宮に入るわけだけど……」

「ああ、それなら大丈夫だよ。変化する迷宮を攻略するためにヘイボス神から道具を預かっている」


 シロネが不安そうな顔をするクロキは懐から何かを取り出して大丈夫だと言う。

 懐から取り出したのはこの迷宮の正しい道を示すための魔法の道具であるらしかった。

 この魔法の道具を使えば迷う事はないそうだ。


「もっとも、何らかの仕掛けはしていると思う。さすがにラヴュリュスも正しい道に何もしていないはずがないよ」

「わかっているよクロキ。久しぶりだね一緒に冒険するの」


 シロネは楽しそうに答える。

 昔は2人で野山を駆け回った。

 2人で虫を取ったり、木登りしたりしたのはシロネにとって良い思い出だ。


「それじゃあ行こうか、シロネ、シロネ。さっさと終わらせよう」

「そうだね行こう、クロキ。レイジ君達を助けるんだ!!」


 クロキが言うとシロネは頷き共に迷宮へと入る。


(これから行く場所には邪神が待ち構えている。だけど、私とクロキにとっては障害にもならないわ)


 シロネはそんな事を考えながら進むのだった。



 


「ブモモモモモ!!」


 チユキ達に向かって1匹のミノタウロスが両刃の斧を構えて向かってくる。

 両刃の斧は邪神ラヴュリュスの武器であると同時にミノタウロス達を象徴する武器である。

 エルフとケンタウロスは弓、ドワーフは斧とハンマーが種族を象徴する。

 象徴する武器を使うのは自らの神に勝利を願う事と一緒なのである。


「レイジ君! そっちに行ったわよ!!」

「わかっている、チユキ!!」


 チユキが言うとレイジが答える。

 ミノタウロスがレイジに斧を振る。

 レイジは斧を右手の剣で受け流すと左手の剣でミノタウロスの胴を斬り裂いた。

 倒れたミノタウロスの後ろから別のミノタウロス達が向かって来る。

 しかし、チユキたちの敵ではない。

 チユキ達はレイジを中心に連携してミノタウロスを倒して行く。

 そして激しい戦闘の後、向かって来たミノタウロス達を全て倒すとチユキ達は一息つく事にする。

 チユキ達が今いるのは第7階層だ。

 タラスクと戦った湖の中は第6階層だった。

 そして聞き出した情報によると第7階層から第9階層まではミノタウロス達が住む地下都市らしい。

 地下都市は螺旋状に上から下へと続き、第6階層の水が螺旋状の水路を通り都市の各部へと水を運ぶ。

 そして第5階層と同じように魔法の照明が都市を明るくしている。

 非常に見事な造りだ。彼女たちが育った世界の建築技術ではこれほどの地下都市は作れないだろう。

 第6階層から第7階層へと続く水路からチユキ達は地下都市へと入った。

 そこでミノタウロス達と遭遇して戦闘になったのである。


「それにしても、建造物は立派なのに、住んでいるミノタウロスは野蛮よね」


 チユキはミノタウロスを見る。

 ミノタウロスが身に付けている鎧はかなり立派だ。

 襲って来たのはミノタウロスの戦士階級だったのだろう。

 だけど戦士と言っても他のミノタウロスよりも体格が良く、力が強いだけで戦闘技術は全くないみたいだ。

 また複数で挑んで来たが連携が全く取れていない。

 全員が力任せに突進して来るだけで何の捻りもない。

 いかにも牛らしい攻め方だとチユキは思う。

 しかも、ミノタウロス達はチユキ等の女性陣を誰が手に入れるかで仲間割れまでしたのである。

 そういう事は勝利した後に話し合えば良いのにとチユキは思う。

 まあ、ミノタウロス達がそんな馬鹿をしてくれたおかげで楽に倒せた。

 都市は立派なのに住んでいる者のレベルはとんでもなく低い。

 おそらく、この都市を造った者はミノタウロスではないのだろうとチユキは思うのだった。


「うう……」

「大丈夫、サホコさん?」

「大丈夫っすか、サホコさん」


 向こうでサホコが泣いている。それをリノとナオが慰めている。

 ミノタウロス達が一番の標的にしたのはサホコだ。

 ミノタウロスはどうも胸が大きい女性が好きみたいである。

 そのため、ミノタウロスは巨乳であるサホコに殺到した。中には下半身に何の防具も身に付けずに、サホコに迫る変態ミノタウロスもいたようだ。

 もちろん、そんなミノタウロス達はレイジの光の剣の前に倒されるので、サホコにたどり着いた者はいない。

 しかし、肉体的なダメージは無くても牛の化け物が股間をブルンブルンさせて迫って来たら彼女でなくても泣きたくなるだろう。

 こういう時は胸が大きくなくて良かったとチユキとリノはほっとする。

 ちなみにチユキ達の中で一番大きいのはサホコで2番目はキョウカ、3番目にシロネが来て4番目がチユキだ。

 カヤはチユキよりも若干小さく残りの2人よりも少し大きい。

 サホコはまだ泣いている。

 よっぽどミノタウロスがキモかったのだろう。

 しかし、サホコには悪いが先に進むしかなかった。


「レイジ君。話しによると下の階層にはエウリア姫だけでなく、人間の女性達が捕えられているらしいけどどうする?」


 チユキはレイジに聞く。

 ミノタウロスは人間の男性を嬲り殺し、人間の女性を陵辱し快楽の限りを貪る。そう言われている。

 彼らにとって女性は子供を作るための道具にすぎない。それが文化だと言われても受け入れる事はできない。


「できれば助けたいな……。捕らわれているとすればもっと下の方だろう」


 レイジは下を見て言う。

 ズーンの話しでは子孫を残す事ができるのは強い上位のミノタウロスだけらしい。

 そして強い者は最下層にいる邪神の近くで暮らす事ができるそうだ。

 だから女性達ももっと下の階層で捕らわれているのだろう。


「そうね……。でもちょっとキツイかもしれないわよ」


 チユキはちらりとサホコを見る。サホコはいい加減立ち直りリノとナオと話している。

 おそらくあまり愉快な光景ではないだろう。

 女性が捕らわれている姿はサホコには刺激が強いだろう。


「それなら大丈夫。俺が付いている。だからサホコの心配はする必要はない」


 そう言うとレイジは不敵な笑みを浮かべる。


「ああ、そう。確かにそうかもね……」


 チユキはサホコを見る。

 サホコはレイジにべったりだ。そしてレイジさえいれば彼女はどんな困難も突き進む事ができる。

 だけどレイジは知らない。

 レイジがシロネの幼馴染である暗黒騎士によって死にかけた時にサホコがどんな顔をしていたのかを。

 奥にいる邪神はどれくらい強いのだろう?またレイジが傷つく事になるかもしれない。

 だから、本当ならチユキは止めるべきなのだろう。

 だけど、レイジは止まらない。

 お姫様を助けるためならどんな危険もものともしない。

 もっともそれに付き合っているチユキも大概なのだ。

 そんな事を考えてチユキは溜息を吐く。


「さあ行こう、みんな!!」


 レイジが言うと全員が頷く。

 こうしてチユキ達は迷宮の奥へと進むのだった。






「きゃーーー!!気持ち悪いーーーーーーー!!!!」

 

 シロネは炎の剣で虫を焼き払う。

 クロキとシロネはヘイボス神から預かった魔法の道具に導かれ、ある部屋に入った。

 その部屋は虫だらけであり、さらに床の隙間から虫が次々と湧き出して来たのである。


「さすがにこれは……。ちょっときつい……」


 クロキも1匹2匹なら虫は平気だ。

 しかし、さすがにこれだけの数の虫は気持ち悪い。

 出て来る虫は小さなスカラベっぽい黒い虫だ。

 クロキは昔の映画で見た事があった。

 近くに人間の白骨死体が大量にあり、状況を考えると、部屋に入ってきた人間を喰らう罠である事は推測できた。

 もっともその罠をクロキは黒い炎で身を守り、シロネは防御魔法で全身を覆っているから虫に喰われる事はない。

 しかし、虫は部屋中にいて気持ち悪い。

 だから、シロネは炎で虫を焼き払うのである。

 クロキとシロネは虫を焼き払いながら進む。

 やがて沢山の虫がいる部屋を抜ける。


「ふー。なんとか乗り切ったね、クロキ」


 シロネの言う通り、小さい虫達の部屋を抜ける。

 石の床がはっきりと見える。

 この部屋には気持ち悪い小さな虫はいないみたいであった。

 しかし、クロキは部屋全体に何かがいる気配がする。

 クロキは周囲を見る。

 部屋の中の照明は暗いが暗視の力があるので問題なく見る事ができる。


「まだだよ、シロネ……。天井に何かいる」


 クロキが見上げると大きな部屋の天井には長さが10メートルを超える巨大なムカデがへばりついていた。


「うわっ! 何よ、あれ!!」


 シロネが叫んだ時だった。

 ムカデが天井から落ちて来る。


「ちょっとーーーー!!」

「うわあ!!」


 急いでクロキ達はムカデを避ける。おそらく当たってもダメージはないだろう。だけど直接には触れたくない。


巨大ジャイアントムカデセンティピード!? 小さい虫の次は巨大虫!? 勘弁してよ!」


 シロネは嫌そうな声を出す。

 しかし、そんな事は言っていられない。

 クロキとシロネは剣を取るとムカデに立ち向かうのだった。





 チユキ達は大きな階段を降りて第11階層へとたどり着く。


「なんだかこれまでと違う雰囲気っすね……」


 ナオの言う通りこれまでのミノタウロスの居住区域とは違って厳かな雰囲気であった。

 天井は高く整然と並ぶ円柱。

 それは聖レナリア共和国にあるレーナの神殿を思い出させた。

 そして、所々にある両刃の斧を模った紋章はこの迷宮の支配者である邪神ラヴュリュスの聖印。

 ここから先はミノタウロスの聖域である。


「気を付けて行きましょう、みんな」

「ああそうだな、チユキ」

「わかったっすよ、チユキさん」

「うんそうだね、チユキさん」

「うん。みんなで無事に帰ろうね」


 チユキが言うと仲間達が頷く。

 そして、全員で第11階層を進む。


「誰もいないっすね……」

「10階層が激戦だったからな。ここにはあまりミノタウロスはいないかもしれないな」


 レイジの言う通り10階層は激戦だった。

 10階層には捕らわれていた女性達がいて、守備するミノタウロスの戦士の数が非常に多かった。

 もちろん、勝利して女性達を解放した。

 チユキはその時の光景を思い出す。

 思ったよりも酷い光景ではなかった。

 女性達は良い服を着て良い食べ物を与えらていた。

 むしろ、彼女達は低辺のミノタウロス達よりも遥かに良い暮らしをしていたのである。

 そのため、彼女達を助け出すのは大変だった。

 中にはこの迷宮に残りたがる者もいたからだ。

 外の世界に出ても良い事はない。

 残りたいと言った彼女はそう主張する。

 きっと、外の世界であまり良い思いをしなかったのだろう。

 だけど、チユキ達はこの迷宮の邪神を倒しに行くのだ。

 邪神を倒した後、この迷宮がどうなるかわからない。

 そのため、無理やり眠らせて外へと転移させた。

 後で彼女達から文句を言われるかもしれない。

 それを考えるとチユキは頭が痛くなる。


 ぽん


 突然、チユキの頭に手が乗せられる。

 振り向くとレイジが頭に手を乗せていた。


「悩むなよ、チユキ。どんな事も俺が何とかしてやる。だから、チユキは何も心配する必要はない」


 レイジはチユキに笑いかける。


「またそんな……いい加減な事を……。それに私は悩んでいないわ」


 チユキはレイジを睨む。


「そうか、悩んでいないのなら良かった」


 レイジは悪びれずに言う。


(一体何人の女の子に同じ事を言っているのだろう? 調子の良い事を言う。いつもこうだ。こいつは本当に私の気持ちに敏感に反応してくれる)


 チユキは溜息を吐くが、少し気持ちが楽になった。


「さあ行こう、みんな!!」

「「「おーー!!」」」


 レイジの言葉にチユキ達は掛け声を出し先へと進むのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る