第13話 北の都1

 ヴェロス王国はナルゴルにもっとも近い地域にある人間の国で最大の国である。

 アケロン山脈の南に広がる蒼の森。その中心に流れる河の河口にヴェロス王国は建国された。

 人口は約4万人。魔物の多い地域であるため、城壁の外に外街はない。

 このあたりの国は貧しい国が多いがヴェロス王国だけは違う。

 ヴェロス王国は、この地域でのみ取れる林檎に似た果実の最大の生産国である。

 その実は甘く、お酒の材料や調味料にも使えるため様々な国で需要があり、そのヴェロスの果実は、遥か南の聖レナリア共和国までも輸出されている。

 ヒポグリフはこの国の馬舎に預けたシロネ達はそのヴェロス王国の王宮にいる。


「これはこれは、シロネ様。よくぞこのヴェロスにおいで下さいました」


 50歳ぐらいの太った男がシロネ達に頭を下げる。

 太った男はこの国の王様でエカラスという名前だ。

 シロネが彼に会うのは2度目になる。

 エカラスは穏やかな性格のオジサンで、娘よりも年下であるシロネ達にも嫌な顔をせず敬語で話す。

 容姿は少しエチゴスと似ているが、似ているのは名前と外見だけで中身は全然違うみたいだなとシロネは思う。


「シロネ様。そちらが勇者様の妹君で?」


 エカラスがシロネの右側に偉そうに座っているキョウカを見る。

 本来なら、この国の王様が立っているのだから立って応対するべきなのに座ったままだ。


「その通りですよ、ヴェロス王。このお方こそ、勇者レイジ様の妹君、キョウカお嬢様です。お嬢様がこの国にしばらく滞在します。その手配をよろしくお願いしますよ」


 カヤもまた偉そうに言う。

 こちらが上位者という態度だ。

 神に選ばれし者達は王よりも上位というのがこの世界の一般的な認識だ。

 しかし、小市民なシロネは頭を下げられる立場に落ち着かなかったりする。


「はははっ。もちろんですとも。このヴェロスに好きなだけ滞在していてください」


 カヤの無遠慮な申し出にも怒らず、エカラスは笑って了承する。

 エチゴスの時と違ってその視線には怪しい所はない。

 シロネは前に会った時も良い人だと思ったが、変わっていないようであった。

 クロキの情報を得るための拠点としてシロネ達はヴェロス王国を選んだ。

 もっと近い国としてアルゴア王国があったが、アルゴア王国は過去に争った事があるので滞在先として不向きであり、またこのヴェロスの方が豊かで滞在するには良いと判断したからだ。


「ところでお嬢様方。実は明後日に舞踏会があるのですが、皆様も出席してはいかがでしょうか?」

「「「舞踏会?!!」」」


 エカラス王のその言葉にシロネ達は顔を見合わせる。

 どこの世界においても上流階級の付き合いという物がある。

 特に魔物が多いこの世界においては、人間は協力して生きていかねばならない。

 それは城壁の中だけでなく、城壁を越えた国家間でも協力していくのが望ましく、国々の王侯貴族や上流階級が集まって、交流会みたいな物が多く開かれる。

 いわゆる、国同士のコミュニケーションである。

 それは単純な会合だったり晩餐会だったりお茶会、そして舞踏会だったりする。

 シロネは仲間達と旅をしている時に何度か晩餐会や舞踏会に参加した事があった。

 舞踏会と言っても様々な様式があり、シロネが最初に思い浮かべたようなシンデレラに出て来るような舞踏会ばかりじゃなかったりする。

 地域によってはフォークダンスみたいな舞踏会やアメリカの映画に出て来るようなダンスパーティーみたいなのものだったりだ。

 また、日本の盆踊りのような舞踏会も存在した。


「どうする? キョウカさん、カヤさん? 多分男女ペアになって踊る奴だと思うけど」


 シロネはキョウカとカヤに聞く。

 多くの舞踏会があるが、一般的なのは男女ペアになって踊るが一般的である。

 だから、ヴェロスの舞踏会もその可能性が高かった。

 シロネは悩む。

 常識的に考えるなら出席するべきだろう。

 エカラスは別に強制しているわけではないが、これからお世話になる相手である。折角のお誘いを無下にするのは悪いからだ。

 しかし、エカラスには悪いがシロネは乗り気にはなれなった。

 なぜなら、舞踏会には婚活の意味合いもあるからだ。

 レイジと共にこの世界に来たシロネや仲間の女の子達は、何人もの男性から求婚を受けた。

 中にはどこかの国の王子様もいたし、どこかの国の貴族の嫡子もいた。

 普通ならそういった貴公子から求婚を受けるというのは非常に光栄な事なのだろうけど、シロネは魅力を感じなかった。

 なにしろ全員貧弱である。

 シロネの力なら、普通の男性はちょっと強く手を握ったくらいで骨が折れてしまう。

 そのため、割れ物を扱うように踊らなければならない。

 そんな男性と一緒に踊っても面白くないし、結婚を求められても受ける気はしない。

 そもそも玉の輿に乗らなくてもシロネの力を持ってすれば、どこかの国の王様になるなんて簡単である。

 王子という地位にも魅力を感じない。

 そんな人達からいくら言い寄られてもめんどくさいだけである。

 そのため、シロネの仲間のリノはさっさと出るのをやめた。

 ナオは最初から興味がなく、サホコさんは注目をあびるのが苦手なため、そもそも出席しない。

 当然、シロネも出席することは無くなった。

 さすがに誰も出ないのも悪いと言う事で、今はレイジとチユキだけが出席する始末だ。

 そして、シロネは今回もできれば参加したくないなと思った。

 シロネはキョウカの方を見る。

 彼女もまた乗り気ではないのか渋い顔をしている。

 キョウカは黙って立っていればものすごい美人だ。

 この世界ではもちろん、元の世界でも彼女と付き合いたいと思う男性は多いと聞いていた。

 実際にシロネよりも沢山の人から言い寄られていると聞いている。

 そして、その事にかなりうんざりしているようであった。

 だから、キョウカの事を第一に考えるカヤも参加に反対するだろうとシロネは予想する。


「わかりました。その舞踏会には出席いたします。よろしいですね、お嬢様?」


 しかし、シロネの予想に反して、カヤは参加する事を表明する。


「カヤ! 何を勝手に!!」


 当然キョウカが慌てる。


「おや、お嬢様? 興味があったのではないのですか?」


 カヤは少し意地悪そうに言う。

 それを聞いてシロネは苦笑いを浮かべる。

 オーガの家での事を言っているのだ。

 興味があると言ったのはキョウカである。


「そ、それは……」

「まあ、男性と踊るぐらいです。それぐらいは元の世界に戻った時の社交界で必須になります。良い機会ですからここで馴れておいても良いでしょう」


 カヤの言葉にキョウカは何も言えなくなる。

 いつもは傍若無人なキョウカだが、カヤにだけは頭が上がらない。

 あいかわらず二人の関係はよくわからないとシロネは思う。


(でも、キョウカさんには悪いけど、こういう事はレイジ君の妹だけあってキョウカさんに似合っているだろうな……)

 

 そして、シロネはキョウカのドレス姿を思い浮かべる。


「はあ……わかりましたわ、カヤ……」


 キョウカはしぶしぶ承諾する。


「ははは、これで舞踏会も盛り上がるでしょうな」


 エカラスは嬉しそうに笑う。

 こうしてシロネ達は明後日の舞踏会に参加する事になったのだった。






 オミロスとパルシスは共に馬に乗って、ヴェロス王国へと入る。

 朝早くにアルゴアを出たのに時刻はすでに夕方になっていた。

 ヴェロス王国は広い国であり、都市部だけでなく森も城壁で囲んでいる。

 森の木々はヴェロスの産業の1つでヴェロスの果実と言われる甘い実をつける。

 オミロスは城壁を見上げる。

 高い城壁の至る所に装飾が施されているのがわかる。

 アルゴアは魔物に対する砦が元になっているためか、どの建物も無骨な造りになっている。

 アルゴアとはえらい違いであった。

 ヴェロスはアルゴアと違って豊かな国である。

 ヴェロスはこの地域における産業と交易の拠点として発展してきた。

 人口も多く、アルゴアの倍以上もある。国も豊かで富はアルゴアの10倍以上はあるだろう。

 そのヴェロス王国はこの地方の中心国家であり、その王家主催の舞踏会には周辺諸国の王族や貴族が軒並み集まる。

 もちろんオミロスもその内の1人だ。

 舞踏会は明後日だが、早く来たのには理由がある。

 オミロスは踊りが下手である。それは横にいるパルシスも同じだ。

 そもそも踊れなくても生きる事に支障はない。

 オミロスは戦士としての教育は受けたが、踊りを習った事などない。

 それが王子になったばかりにこんな難題を押し付けられる。

 オミロスは父であるモンテスに文句を言いたくなる。

 本来なら父が出席するべきなのだが、踊るのが嫌だからとオミロスに押し付けたのだ。


(この舞踏会にはアルゴアの未来がかかっている。重要な仕事だ……)


 オミロスは溜息を吐く。

 先代のキュピウス王の時にアルゴアは孤立し貧しくなった。

 その孤立を解消するためにも、この地域最大の国であるヴェロス王国と仲良くする必要がある。

 舞踏会には様々な国の王侯貴族が集まるので、孤立を解消するには打ってつけの舞台だ。

 うまくすれば良い印象を各国の指導者に与える事ができるだろう。

 だからこそ、気は乗らないが舞踏会には出席しなければならなかった。


「舞踏会、楽しみですね、王子」


 横にいるパルシスが興奮気味に言う。

 パルシスはオミロスと違って舞踏会が楽しみのようだ。

 同じように踊れないはずだが、不安ではないのだろうかとオミロスは疑問に思う。

 踊れない事にはどうにもならない。

 だからオミロスはエカラス王にダンスを踊れる人物を紹介してもらうつもりだ。

 アルゴアで踊れる者は1人もいない。

 そのために早く来て練習するつもりだったのだ。

 時刻は夕方だが、まだ王に謁見をする事はできるはずである。

 オミロスはそう考え王宮へと向かう。

 王宮に付くと門番にアルゴアの王子が来たことを知らせる。

 まだ、オミロスは王子を名乗る事に抵抗があるが仕方がない。

 王宮の衛兵が来て案内される。


「おお、よく来たね。オミロス王子にパルシス君」


 部屋に入るとエカラス王が出迎えてくれる。

 彼こそがキュピウス王に婚約者を奪われた王子であった。

 そのため、キュピウスが王位にいる間はヴェロスとアルゴアは仲良くする事ができなかった。

 オミロスとしてはキュピウスがいなくなった事で関係改善の糸口を掴みたい所である。


「舞踏会にお招きいただき有難うございます」

「いやいや、良いとも良いとも。これからはアルゴアとも仲良くしていきたいものだよ」


 エカラスは明るく笑う。

 エカラスとしてはキュピウスの元に行った婚約者を許したかったみたいだが、周りが許さず国交が断絶された状態になっていた。

 だけど、これからはうまくやっていきたいとオミロスに伝える。


「それにしても早い到着だね。舞踏会は明後日の夜だよ」

「実は舞踏会の事でお願いしたい事がございまして」

「なんだね?」

「実は私とパルシスは踊る事ができません。どうか踊る事ができる女性を、もしくは踊りを教えてくれる人を紹介してはいただけないでしょうか?」


 オミロスが正直に言うとエカラス王は笑う。


「わははは、中々正直だね。良いとも良いとも。どちらも紹介しようではないか」

「できれば美しい女性が良いのですが」


 パルシスが図々しい事を言う。


「パルシス!!」


 オミロスは慌てる。こんな事で不興を買いたくはない。


「いやいや、結構結構。君達にはとびきりの美人を紹介してあげよう」


 エカラスは気にせず笑う。

 オミロスはその態度にほっとする。


「美人ですか。それはとても楽しみです」


 パルシスは嬉しそうに笑う。

 そんなパルシスを見てオミロスは溜息を吐く。

 そして問題が起こらない事を祈るのだった。

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