さっきの言葉の続きは、全部片付いたらにしようや。

 たいていのモンスターは、アキレス腱にあたる足のつけねの部分はダメージが通りやすいというのが相場だ。

 長年の俺の『勘』だけが頼りだった。

 もっともほとんど戦ったことなんてないから、昔とった杵柄もいいところだが。

 

「うおおおおお!」


 声だけは一丁前に張り上げると、リーパー・リントヴルムに向かって短剣を振り下ろした。

 

――ガキィィィン!!


 まるで鉄同士がぶつかり合うような高音が響き渡る。

 それは奴の鱗が鋼鉄のような硬さである何よりの証だった。

 

「くっそ! やっぱり通らねえか!!」


 愚痴が口をつく。

 そして『死をもたらす龍』はその名のとおりに、一人のエルフの儚い命を奪い去らんと、一歩また一歩と彼女へ近づいていった。

 

「逃げろ! いいから逃げろぉぉ!!」

「いやっ! わたしが逃げたらフィトさんがやられちゃうもの! そんなの絶対にいや!!」

「なんでだよ!? なんでそんなに強情なんだよ!」

「まだ分からないの!! わたしは……わたしは……」


 クリスティナの言葉がつまる。

 しかし、どうやらその言葉の続きは最後まで聞くことは出来なさそうだ……。

 リーパー・リントヴルムは大きな腕を振りかぶった。

 彼女を切り裂くために……。

 

「くっそぉぉぉぉ!!」


 俺はこの期におよんで何度も短剣をリーパー・リントヴルムに叩きつけたが、むなしく刃がこぼれていく一方だった。

 

 もうダメだ……。

 

 そう諦めかけた瞬間だった――

 

「グルッ!?」


 と、リーパー・リントヴルムの動きがピタリと止まったかと思うと、バサリと大きな翼を広げたのである。

 そして一直線に山の方へ飛んでいってしまったのだった。

 

「なんだ!? なにが起こったんだ!?」


 俺は急いで山の頂上へ目を凝らす。

 幸いなことにエルフの村のあたりは木々がなぎ倒されているため、小高い岩石の上に乗れば、山頂付近の様子は目に入る。

 するとそこには数羽の大きな野鳥がぐるぐると旋回していたのだ。

 恐らくリーパー・リントヴルムの卵を狙っているのだろう。

 

 なぜ奴が卵の危機に気づけたのかは不明だが、とにかく助かった……。

 俺は腰が抜けて、へなへなと岩石の上に座り込んでしまった。

 

「……奇跡って起こるもんなんだな……」


 そうつぶやいた直後に、ちらりとクリスティナの方を向いた。

 彼女は未だに何が起こったのか分からないのか、硬直したままだ。

 俺は岩石の上から下りると、彼女のもとへ近寄った。

 彼女は青い顔をしたまま、俺を見上げる。

 俺は優しく彼女の頭をなでて言った。

 

「クリスティナは幸運の女神様なのかもしれねえな。ありがとよ」


 その言葉が終わるやいなや、彼女の顔が涙でくしゃくしゃとなる。

 そして彼女は号泣しながら必死に俺に謝ってきたのだった。

 

「うわあああん……ごめんなさい! ごめんなさい! わたし……足手まといにならないって約束したのに……。本当にごめんなさい!」


 俺は泣きじゃくる彼女に対して手ぬぐいを渡しながら言った。

 

「たしかにお前さんがここに戻ってきちまったのは誤算だったさ。でもよ。そんなことよりも、嬉しかったんだよ。俺みたいな『どうしようもねえ落ちこぼれ』のことを考えて、決死の覚悟で戻ってきてくれたってのが」

「でも……でも、そのせいで……!」

「なあ、クリスティナ。結局よ、人ってのは誰かに生かされてるし、誰かを生かしてるもんだと思うだよ。それを実感できる瞬間に、生きてる喜びってのを感じるもんだと思う。お前さんに『大切な人』って言ってもらえた時、真っ先に感じたのはその喜びだった。それだけでここまで一生懸命やってきて報われた気持ちになったんだよ。だから、今は礼だけを言わせてくれ。ありがとう」


 俺の言葉に彼女の顔が上がる。

 そして彼女は震える唇をどうにか抑えながら必死に言葉を口にし始めた。

 

「さっきの言葉の続きだけど……わたしは……わたしは……」


 しかし俺は彼女の口元にそっと人差し指をあてると、穏やかな口調でたしなめた。

 

「さっきの言葉の続きは、全部片付いたらにしようや。今はどうにかして二人で地図を完成させる、それだけに集中しようや」


 彼女は目を丸くしたが、徐々に元通りの表情に戻していくと、コクリとうなずいた。

 俺はもう一度、彼女の頭をそっとなでた後、ゆっくりと歩き始めた。

 

「また奴はここに戻ってくるに違いない。そろそろ新たな隠れ場を見つけにいくぞ」

「うん!」


 彼女の快活な返事は、疲労困憊の俺の体に鞭を打つ。


「さあ、東だ! 全速で駆け抜けるぞ!」

「はいっ!」


 こうして俺たち二人は再び前進を再開したのだった――


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