覚悟ってのは、諦めることとは違えんだ。むしろ希望を見出すために、一か八かの大勝負に出ることなんだよ

 リーパー・リントヴルムの一方的な破壊はしばらく続いた。

 

――ドゴォォォン!


 という建物を粉砕する轟音が響くたびに、胸が張り裂けそうになる。

 それは正面にいるクリスティナにしてみれば、内臓をえぐられるような痛みであったに違いない。

 それでも彼女は一言ももらさずに、ひたすら岩の影になり続けている。

 そして瞳から溢れる涙は滝のようだ。

 しかし彼女は目をそらすことなく、ドラゴンの動きに目を凝らしていたのだった。


――ごめんな……。何もしてやれなくてよ……。


 俺は声に出せない代わりに、彼女に頭を下げるしかできなかった。

 もどかしい思いと悔しさに理性を失いそうになる自分をどうにか抑えて、頭を働かせなきゃなんねえことに集中し始めた。

 それは言うまでもなく、この後ドラゴンがこっちに向かってくるのはではないかという懸念だ。

 

 村のはずれとはいえ、ドラゴンの息遣いまで聞こえてきそうな位置に隠れているんだ。

 尻尾の一つでもぶん回せば、俺たちはそれだけで木端微塵にされてしまうだろう。

 さらに言えばこの距離だと気付かれずに逃げるのは不可能。

 つまりあとはこちらに気付かないまま立ち去ってくれるのを祈るしかねえってことだ。

 

――運頼みってのもカッコ悪りいが、今はそれしかねえんだ。頼むからあっち行ってくれよ。


 そう何度も心の中で願いをこめる。

 しかし、そんな甘い願いがかなうはずもなかった――

 

「ギャオオオオオッ!!」


 リーパー・リントヴルムが鼓膜を突き破るような雄たけびを上げた直後に、こちらをギロリと睨みつけたのである。

 

 なるほど……。

 やつは『鼻』ではなく『目』と『耳』で敵を察知するようだな……。

 恐らく甲高い雄たけびを上げてその反射音で敵が潜んでいる場所の当たりをつけているのだろう。

 でなければ突然俺たちの方を向き、一歩また一歩と近づいてくる説明がつかない。

 

――こいつはまいったな……。


 こめかみあたりから一筋の汗が流れ落ちる。

 もはや風前の灯となった運命に、乾いた笑みが口元から漏れだした。

 正面のクリスティナは俺を見つめているが、その表情からは『恐怖』があまり感じられない。

 もうこうなっては覚悟をするしかない、そんな風に思っているのかもしれないな。

 

「だがよ……。覚悟ってのは、諦めることとは違えんだ。むしろ希望を見出すために、一か八かの大勝負に出ることなんだよ」


 それは何度もモンスターから逃げ伸びてきたからこそ身についた、一種の哲学だ。

 

 俺は彼女に「諦めんな!」と叱咤するような強い思いを瞳にこめた。

 そして小声で告げたのだった。

 

「俺が合図したら向こうへ全力で飛べ。いいな。後ろは振り返るんじゃねえぞ」


 と、俺は自分の背後を指差した。それは島の東側。つまりエルフたちが隠れている洞窟とは逆側だ。

 

「フィトはどうするの? 一緒に逃げるのよね?」


 クリスティナが心配そうにささやく。

 俺はニヤリと口角を上げると即答した。

 

「心配するな。ちょっとだけ用事を済ませたら後から追いかける」

「用事ってなに?」


 そう彼女が問いかけた瞬間だった。

 

――バッ!!


 と巨木の影から飛び出した俺は、腰から短弓を取り出してドラゴンに向けて矢を放った。

 そして即座に叫んだ。

 

「クリスティナ! いけぇぇぇ!!」


 その声に弾かれるようにして彼女は岩影から出てくると一直線に俺の方に向かって飛んでくる。

 

「それでいい……」


 俺はそうつぶやくと、手にしたタブレットをひょいっと彼女にパスした。

 

「えっ……?」


 彼女はに目を丸くしたが、タブレットを受け取る。

 そして真横を通り過ぎる瞬間に、俺は彼女に向かってつぶやいた。

 

「地図を完成させてくれ。頼む」


 彼女は驚きのあまりに言葉を失ったまま、次の瞬間には俺の遥か後方を飛んでいく。

 その気配を感じ取ったところで、俺は全神経を『死をもたらす龍』に集中した。

 

「よう、はじめまして。フィトってんだ。よろしくな」


 俺の精一杯の強がりにも、低いうなり声をあげるだけのドラゴン。

 放たれた矢は硬い鱗に弾かれたのか、虚しく地面に転がっている。

 

「さてと……じゃあ、はじめるか。盛大な鬼ごっこを」


 そう呟いた瞬間だった。

 

「ギャオオオオッ!!」


 と、高らかと咆哮をあげたドラゴンが鋭い爪を振りおろしてきたのだ。

 

――ザンッ!!


 どうにかそれを横にかわすと、今度は巨大な尻尾を振り回してくる。

 俺はクリスティナが隠れていた岩の上にひょいっと上った。

 

――ビタァァン!!


 岩と尻尾がぶつかる豪快な音が響くと、足元がぐらりと揺れた。

 もう一度同じ一撃を食らおうものなら岩は粉砕されるだろう。

 とっさに岩から降りる。

 するとわずかだがドラゴンが次の攻撃に備えて隙が生じていることに気付いた。

 

「逃げるならこの一瞬しかねえ!」

 

 そう確信した俺は逃げ足を向ける方向に考えを巡らせた。

 西はエルフたちが隠れている洞窟。

 東はクリスティナが逃げていった方向。

 そして南は行き止まりの海岸……。

 

「なら『北』しかねえよな! うおぉぉぉぉ!!」


 その『北』の方向とは……。

 目の前に仁王立ちしているドラゴンの方向だった――

 

 


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