名前の知らないモンスターってのは、たいていヤバイやつだ

◇◇


――リリリリリン!!


 漆黒の龍を目の当たりにした後、一度村に戻ってきた俺とクリスティナの二人。

 カイサに状況を報告していると、タブレットがけたたましく鳴り響いた。

 そこで急いで画面の『受話器』ボタンをタップする。

 すると次の瞬間、カタリーナの声が耳に飛び込んできた。

 

「もしもし! フィトさんですか!?」


 いつになく切羽詰まった彼女の声を聞いた瞬間に、ただごとでないのがよく分かった。

 一度深呼吸をすると、ゆっくりとした口調で答えた。

 

「ああ、俺だ。……んで、あの化け物の正体は分かったのかい?」


――タブレットの写真は王国に送られて解析される。

 

 本来ならば地図づくりのために搭載された機能なのだろうが、緊急事態でそんなことを言っている場合ではない。

 漆黒の龍の写真をすぐに解析するよう、先に電話で頼んでおいたのだ。

 

 俺の声がことのほか冷静だったことで、ようやく我に返ったのか、カタリーナはいつも通りの淡々とした口調に戻して答えてきた。

 

「ええ、判明しました。島に現れたモンスターは『リーパー・リントヴルム』です」

「リーパー・リントヴルム? 聞いたことねえ名前だな」

「はい、それもそのはずです。『リーパー・リントヴルム』は普段はこの世界に降り立つことはありませんから」

「なるほど……じゃあどうしてここに現れたんだよ」


 エルフの村人たちは、食い入るようにして俺たちの会話に耳を傾けている。

 人々の緊張をよそに、落ち着いて会話を続けた。

 

「数年に一度、そのドラゴンは、天敵のいないこの世界に降り立って卵を産みます。どこに産むかは決まっておらず、今回はたまたまフィトさんがいる島になったということでしょう」

「なるほどな……じゃあ、いつになったら奴はこの世界から立ち去るんだ?」

「卵を産み、それが孵化するまで。およそ二週間です」

「二週間か……長げえな」


 思わず愚痴とともに口角が上がる。

 しかし、ここまでの会話で一つの確信があった。

 

――卵を孵化させるためだけにやってきたなら、刺激しなければ危害を加えてくるはずがない。


 というものだった。

 しかし、そんな甘い考えは、カタリーナの次の言葉でむなしく霧散した。

 

「リーパー・リントヴルムは非常に警戒心の強いドラゴンです」

「ほう……それがどうした?」

「よく聞いてくださいね」


 この前置きは『絶対に』悪い事態に使われるものと、この世界に言葉が生まれた時から決まっているもんだ。

 自然と緩んだ口元が引き締まっていった。

 そして受話器の向こうで、彼女が大きく息を吸い込んだ音が聞こえてきた直後に、その口から『絶望』が発せられたのだった。

 

「卵を産んだあと、そのドラゴンは確実な安全を確保するために、周囲に生息している生物を、全て『死滅』させます」

「なんだと……」


――ざわざわ……。


 俺の声が裏返ると同時に、村人たちからざわめく声が聞こえる。

 カタリーナにもその声が届いているはずだが、彼女はあえて気に留めずに、震える声で続けた。

 

「正確には植物と、野鳥やネズミなどの小さな動物たちを除き、『全て』です。ゆえにそのドラゴンはこうあだ名されております」


 彼女はここで言葉を切る。

 そしてかすれた声で言いきったのだった。

 

「『死をもたらす龍』と……」


 『死をもたらす龍』――

 心の中で繰り返しただけで、ぐらりと眩暈をもよおす。

 それほどに衝撃が強かった。

 

 気付くと電話の向こうのカタリーナのすすり泣く声が聞こえてくる。

 俺はちらりとクリスティナの方へ目をやった。

 すると彼女は、ぎゅっと唇を噛んで恐怖と戦っているではないか。

 頬を強く張られたような痛みが心に走ると、目が覚めた。


――俺が諦めてどうするんだ。こういう時は、たいてい一つくらいは道が残されているってのが、世の中の相場じゃねえか。


「なあ、一つ聞かせてくれ。奴はいつ卵を産むんだ?」


 電話の向こうのカタリーナが、自分を落ち着かそうと何度か深呼吸をしている。

 そして彼女は言葉を確かめるように、ゆっくりと答えた。

 

「おそらく明日かと。リーパー・リントヴルムは暗闇の中では行動しないという特徴がありますので」


 ちらりと上空を見上げると、すっかり夜が更けている。


「ならば今夜俺たちが襲われる心配はないってことだな?」

「ええ。しかし明日から『狩り』は始まると予想されます」

「ひとまず今夜だけでも安全なら打てる手はあるかもしれねえよ」

「そうですか……」


 受話器の向こうの彼女は暗い。

 それでも俺にはまだかすかな光が残されていると思えてならなかった。

 

「最後に頼みがある。ここから脱出したい。なんとか船を寄越してくれねえか? ここには『エルフ』って種族もいる。彼らも助けたい。人数は100人ほどだ。それだけの人数でも、人間よりも半分くらいのサイズだからどうってことねえよ。頼むよ、俺の恩人なんだ」

「分かりました。そこにいらっしゃる方々も同乗できるようにかけあってみます。ただ船が到着するまで、どうしても3日は必要です」

「ああ、それは分かってる。だがよ。裏を返せば3日間だけ逃げうせることができれば、俺たちの『勝ち』ってことだろ。それくらいならどうにかしてみせるぜ」


 根拠なんてない。それでもそう信じたいだけだ。

 

「……フィトさんは強いのですね」

「ふん、強かったら『落ちこぼれのフィト』なんてあだ名をつけられてねえよ」

「でも……」

「ただ、この世界は『絶望』だけで作られてるわけじゃねえって、俺が信じなくて背中にいる100人を守れるかって、心が叫んでるだけだ。もう切るぜ。あとはよろしくな」

「はい……くれぐれも無茶だけは……」

「ばかやろう。無茶をするような男だったら『万年最低ランクの冒険者』なわけねえだろ。いらねえ心配するな」


 そう告げて電話を切った。

 そして村人たちの方を向くと、深々と頭を下げたのだった。

 

「今まで一言も言ってなかったが、今の会話の通り、俺は落ちこぼれの人間だ。うだつの上がらない、最低ランクの冒険者。ここに送られてきたのも、無茶な『地図づくり』でクビにされるためだったんだよ。隠してて、本当にすまなかった!」


 村人たちが戸惑い、互いに顔を見合わせているのが頭上からも伝わってくる。

 これからは『信頼関係』がなくては、生き残れない。

 そのためには、ありのままの俺を知ってもらう必要があると判断したのだ。

 だから『落ちこぼれ』であることを、わざと電話の会話の中に盛り込んで暴露したのだった。

 

 もしここでそっぽを向かれちまったら、それまでだ。

 

 村人たちはかける言葉を失っているようで、しばらく沈黙が続いた。

 わずかな時間だったかもしれないが、俺にはそれが永遠にも感じられるほど長い。

 

 ……と、その時だった。

 

「ねえ、冒険者さん。これからわたしたちはどうしたらいいか、早く教えてくれないかしら?」


 と、凛とした声が響いてきたのだ。

 急いで声の主の方へ顔を向ける。

 

 するとそこには……。

 

 笑顔のクリスティナがいた――

 

「戦うよりも逃げるのが得意って聞いたわ。そんな頼もしい冒険者さんがいるのだもの。絶対に大丈夫! でしょ?」


 思わず口角が上がる。

 ふと見渡せば、村人全員が俺の言葉を待ってくれているではないか。

 ちらりとカイサに視線を向けると、彼女もまた笑顔でコクリと頷いた。

 そして俺は全員に向けて大きな声で答えた。

 

「ああ、大船に乗ったつもりでいてくれ。俺が絶対になんとかしてやる」


 こうして俺とエルフたちの乾坤一擲の大勝負が始まったのだった――

 

 


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