初恋とともに 河童を追え 【 百目奇譚 一つ目小僧 】

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「 こちら海乃大洋うみのたいよう君 まだ高校3年生だ 」

 なんでこうなった。

「 殿様 だからなんなんだよ 手短にやれよ 」

「 鎌チョ まだ1行目だろう あまり殿様をいじめるな で あと1行でこの話は終わるんだろうな 」

三刀みとう お前今日何だ 」

「 私は河童だ 鎌チョはテロリストの空か 」

「 ああ どうもスッキリしねぇんだ バイトしてたコンビニの店長ってのもなんか胡散臭ぇ 河童なんて後でいいだろ こっち手伝え 」

「 無理だな 先月の一件でトリオイのじいさんから釘を刺された しばらく大人しくしろとな それから河童をバカにするな この国の最大級の未確認生物だぞ 」

「 話してもいいかな 三刀ちゃんに鎌丁かまひのと君 」

「 なんだ 殿様 いたのか 話があるなら早くしろ 」

 なんでこうなった。

「 こちら海乃大洋君 」

「 海の太陽か なんか暑そうな名前だな あとスキー場では会いたくないな 」

「 違うよ三刀ちゃん 大っきい海の大洋だよ 太平洋の方 」

「 苗字と被ってんじゃねぇかよ 」

「 将来溺死しそうだな あとサザエさんに出て来そうだ で あと何行かかるんだ殿様 」

「 2人ともそんなに急かさないでよ 海乃君は僕の知り合いの息子さんでね 将来ジャーナリスト志望らしいんだ で夏休みにウチでバイトさせてくれないかって親御さんから頼まれたんだよ 」

 なんでこうなった。

「 それがどうした 」

「 それがどうしたって鎌丁君 」

「 殿様の私用だろ 俺たちにわざわざ報告することないだろう 親戚の子だろうが愛人の子だろうが援交相手の女子中学生だろうが好きにバイトに雇えばいい 編集長なんだから好きにしろよ 俺たちは文句はないぜ なあ三刀 」

「 ああ 殿様の下半身事情にはまったく興味はない 」

「 いや そうじゃなくってだね せっかくだから取材の方を体験させてやろうかと 」

「 もしかして私たちに押し付けるつもりじゃないだろうな殿様 」

「 押し付けるなんて人聞きの悪い ウチの敏腕記者を直に見て勉強してもらいたいんだよ なんたって百目奇譚ひゃくめきたんの三枚刃と鎌首なんだからね 2人とも人手が欲しいって言ってたじゃない 」

「 欲しいのはあくまでも人の手であってガキの手じゃねぇんだよ 」

「 まあ鎌チョ 殿様もこれでも一応編集長だ たまには顔を立ててやれ 」

「 はぁ 三刀 なんで俺が引き受ける流れになってんだ お前がやれよ 」

「 わ 私は忙しいんだ それに思春期の男子の扱いは流石にわからん 男同士の方が何かとやりやすいだろう 社会勉強と称して風俗にでも連れてってやれ それで夏休みのいい思い出が出来るだろう 鎌首鎌チョと風俗体験レポートが夏休みの課題だ 」

「 ちょっと三刀君 真面目な家庭の子なんだから 親御さんに訴えられちゃうよ 」

「 さっき言ったろう三刀 俺は3年前のテロをやってる 厄介な案件だ 子守してる余裕はない 」

「 じゃあ三刀ちゃんにお願いしちゃおっかな 」

「 なんかずるいぞ 2人とも 」

 なんでこうなった。


 俺は海乃大洋、関東近郊の私立校に通う高校3年生だ。この春、思い切って将来ジャーナリストに成りたいと両親に打ち明けた。両親は揃って公務員で俺も安定した職に就き安定した将来を歩むことを望んでいる、自分たちがそうであったように。俺自身それが当たり前に思い中学時代は上を目指すため塾に通い勉学に励んだ。


 中学3年生の時にその事件は起こった。

 と名乗るテログループが東京で大規模テロを起こしたのだ、その中心人物である瑞浪空みずなみそらは当時17歳だった。グループも大半は10代の少年少女で構成されていた。

 同年代であった俺たちは少なからず衝撃を受けた、革命の旗を掲げた少女はまさに俺たちのジャンヌダルクとなった。なにかを成さねば腐っていってしまう。

 同級生の中には彼等の思想に傾倒していく者もいた、その後、雨後の筍のように各地で10代による小規模な事件が起こる、が、半年ほどでそれも沈静化し過去の物となった。

 俺はテロイズムに傾倒しようとは思わなかった、だがこのままでいいのかと言う思いは刻み込まれてしまった。そして行き着いた答えがジャーナリストだった。我ながら子供っぽい思考だと思ってしまう、それでもやらないよりましだ。は抗えと言ったのだから。

 両親には流石に呆れられると思っていたのだが「 やりたいならやってみるといい 」と言われ些か拍子抜けである、まあどっちみち大学には行かなければならないのだからその内気が変わるだろうと思われているのかも知れない。

 夏休み前に父親から知り合いにジャーナリズム編集者がいるんだがバイトしてみるかと言われ飛びついた。そして訪れたのが百目堂書房ひゃくめどうしょぼう百目奇譚編集部という零細出版社のオカルト誌編集室だった。


 なんでこうなった。




 1週間後


「 イソノ君はなかなかイケメンだな さぞやモテモテなのだろう 」

 今、列車の向き合った席でアイスを食べながら俺の事をイソノ君と呼んでいる女性は三刀小夜みとうさや、オカルト誌の記者である。歳は20代後半から30代前半に見える、カーキ色のつなぎを着てウエーブのかかったたてがみのような黒髪をなびかせている。長身でスタイルも良く、端正な顔立ちをしたかなりの美人なのだが、なんか怖い。さっきも駅のコンビニでレジの女の子にクレームをつけていたタチの悪そうな男性客に「 急いでるんだ 邪魔だからどいてくれ 」と言って相手を黙らせてしまった。編集室では副編集長も兼任しているらしい。

「 これからどちらに向かわれるんです あと海乃です 」

「 取材に決まってるだろう 」

「 何の取材に 」

「 河童だ 」

「 河童ですか 」

「 なんだ最近の高校生は河童も知らんのか 」

「 いや知ってます 」

「 じゃあ知ってることを言ってみたまえ 」

「 頭に皿があって 背中に亀の甲羅があって 緑色で 手足に水掻きがあって 胡瓜が好物で 相撲が好きで 人や馬を川に引き込んで内臓をお尻から引き抜きます そんな感じの妖怪だったと 」

「 なにを言ってるんだイソノ 」

「 えっ 」

「 えっ じゃなくって なにを言ってるんだと言っているんだ 」

「 なにをとは 」

「 君が今上げた河童の特徴からなんで妖怪と言う言葉が出てくるんだ 妖怪の要素がどこにある 」

「 だって河童って妖怪でしょ 」

「 河童は妖怪じゃないぞ 単なる未確認生物だ だって君が上げた特徴は単なる動物的な特徴だけじゃないか 」

「 そうですけど 」

「 子供くらいの大きさの水辺に住む生物で頭に皿状の物があり背中に甲羅も持っている事もある 色は緑だったり赤だったりする くちばしがついている場合もある 胡瓜が好物と言われており人の尻子玉を抜き取るとされる 何か気づく事はないか 」

「 何かって言われても 河童としか 」

「 ひどくあいまいなんだよ すべてが 」

「 そうですね 」

「 色々な水辺の生き物が混ざってるだけだ つまり昔の人は自分の知らない子供くらいの生物を水辺で見たらそれはすべて河童だったんだよ 」

「 じゃあ実在しない 」

「 種としての河童なんて生物は実在しない 単なる知識のない水辺の大型生物の総称だよ おらの見た河童は甲羅がついてた おらのはくちばしがあった 赤かった 緑だった 水掻きがあった 違って当たり前だよ そもそも違う生物を見たんだからな それらをひとまとめにしたのが河童の特徴だ 」

「 じゃあ胡瓜とか尻子玉とかは この辺は共通してるんじゃないんですか 」

「 胡瓜は水神信仰が由来していると言われている まあお供え物だよ 尻子玉うんぬんは水死体の状態が尻の穴から何かを抜き取られたように見えるからと言う説がある 」

「 じゃあ何を取材しに行くんです 」

「 だから河童だよ 」

「 だって河童は実在しないんでしょ 」

「 河童とゆう固有種は存在しないが河童と総称される未確認生物群は存在する その中の一つを取材に行くのだよ イソノ君 」





 到着した場所は東京駅から4時間ほど列車とバスを乗り継いだ山間部の町、というより村なのだろうか、道は広く交通量もそこそこあり建物も道の両脇に建ち並んでいるのだが奥がない、道に面した建物の裏は田畑か林か山だ。要は道に建物が張り付いているのである。道ありきなのだ。

「 どうした バスにでも酔ったか 」

「 いえ でも車で移動するものと思っていたので 」

「 まあ人それぞれだが 車の移動だと出発地と目的地の点と点の移動になるからな 交通機関を使うと線の上を移動する事が出来る 間にいくつかポイントも挟まるしな それで見えてくるものもある まあどちらも一長一短なんだがな ウチは季刊誌だから時間に追われることも少ないからってのもある 駅のトイレはどうだった 」

「 えっ ああ臭くて古かったです 和式のトイレを久しぶりに使いました 」

「 車の移動だと分からない情報だ 港町の船着き場のトイレなんかそのまま海面が見えてたりするやつが結構残ってるぞ 」

「 いや意味かわからないんですけど 」

「 だから海の上に穴があいてるだけなんだよ 」

「 そのまま海に落としちゃうんですか そんなのいいんですか 」

「 昔は良かったんだよ それが今でも残ってるだけだ 昔は鉄道も下が見えてたらしいからな マナーとして走ってる時に使用しなくちゃダメだったらしいぞ 」

「 なんでです 」

「 駅に停車中にしちゃうと列車が発車したあとそのまま線路上に物が残ってホームから丸見えで流石にまずいだろ 走行中だと風圧と車輪に撹拌されて跡形も残らんからな 」

「 今の時代じゃ考えられないですね 」

「 ところが地方に行くと結構そう言った物が現存してたりするんだよ 車の移動ではそれが見えにくい サービスエリアも宿泊施設も都会基準で造られてるからな 自分の生活圏の延長線上にあるように勘違いしてしまう だから出来るだけ交通機関を使うようにしてるんだ 」

 この三刀小夜という女性はただの意味のわからない人間ではないのかも知れない。

「 ところでイソノ君は山姥やまんばに追いかけられたことはあるか 」

「 ないです あと海乃です 」

 前言は撤回する。


 その日は日が暮れてから山際の宿泊所に到着した。登山者用の宿泊施設らしく簡素な造りだ、食事は食堂がありそこで提供された。次の日は早朝から取材をするらしく5時に食堂に集合するよう言われた、それまでは好きにしていいとも。

 好きにしていいと言われたところで何もすることはない、共同シャワーを使った後早目に寝ることにした。

 水の音がする 来る時には気が付かなかったが近くに川があるんだろう それはそうだ 河童の取材に来たのだから川があるのは当たり前だ しかし川の音ってこんなに大きく聞こえるものなのだろうか 周りが静か過ぎるのもあるのだろうがそれにしても大きい ザーッと止めどなく流れ続ける まあ止まったら大変だから仕方ないのか バシャン 誰かが石でも投げ入れたんだろうか それとも何かが飛び込んだのか 俺の意識は水の流れる轟音とともに巻き込まれてゆく 足に何かがしがみついて引き摺り込もうとしていた きっとさっき飛び込んだヤツだ 間違いない それは俺の足首から這い上がる 膝をつたい太腿へ じっとりと そして肛門から体内に挿し入れる ……ダメだ。


「 ッ最低 」

 射精の瞬間に目が覚めた。


「 おっ 早いなイソノ 」

「 お おはようございます 」

「 どうした なんか変だぞ 河童に尻子玉でも抜かれたか 」

「 …… 」

 目覚めてからシャワーを浴びた。汚したパンツはコンビニ袋を何重にも重ねて小ちゃく縛って紙パックのジュウスの自販に備え付けてあったゴミ箱に押し込んだ。

 しかし朝一で三刀小夜の顔を見るのは流石に気まずい、別に三刀小夜に性的刺激を受けて夢精したわけではないが三刀小夜のつなぎに包まれた細っそりとした体のラインが妙に生々しい。本当は俺はこのひとに性的興奮を覚えているのではないだろうか、涼しげに凛とした目元に、艶やかな小さな唇に、しなやかな腰回りに、柔らかそうな胸の膨らみに、つなぎの下に隠された美しい女性の体に、……なにを考えているんだ俺は。

 とにかく絶対に河童に手を突っ込まれて夢精したなんてバレちゃダメだ。


 食堂で2人で朝食を取る、登山者がメインの宿泊所だけあって朝は早いのだ、俺たちの他に既に数人が登山の準備を済ませ朝食を取っていた。メニューは味噌汁に焼き魚に玉子焼きと質素な日本食だがこれが美味しい、やはり旅先の雰囲気が大きく味覚を刺激するのだろうか。


 食事を終えて。

「 今日はチームだ 私の事は班長と呼ぶといい カメラは使えるんだよな 」

「 はい 写真部に所属してます 」

「 別に芸術的な写真を撮るわけではないからこだわるな シャッターチャンスだけに集中しろ シャッターチャンスさえコンマの狂い無く逃さなければそれは必然的にいい写真だ それがプロの仕事だ まあ難しいと思うが意識だけしてみろ 」

「 はい 」

「 今日こそ河童を捕獲するぞ 」

「 えっ 」

「 なんだイソノ 」

「 捕獲するんですか 」

「 当たり前だ 見つけ次第捕獲するに決まってるだろう 捕獲が無理な場合は最悪身体の一部分だけでも持ち帰る 首なら文句はないんだが手首でもまあヨシとしよう 出発するぞ 」

「 …… 」




 宿泊所から10分ほどの所に川があった。昨夜聴いた水の音が嘘のように物静かな流れの川だった。あれは本当にこの川の音だったんだろうか、それとも単なる夢の中の事なのだったのか。

「 この川に河童がいるんですか 」

「 昔から目撃情報は多発している ただ物証はなに一つ出ていない 川に何かが飛び込んだとか泳いでいたとか音を聴いたとかだ そりゃ川には何か飛び込むだろうし泳いでいるだろう 静かな場所だから音もよく聞こえるだろう 大型の魚 例えば鯉や雷魚なんかが跳ねれば結構大きな音が辺りに響くんじゃないのか ただここから下流でそのような話はほぼ無い この幅10mほどの川を見て今ここに河童がいると思うか 」

「 河童が魚のように水中で生活する生物ならわかりませんが陸上で生活する生物ならいないと思います 」

「 なかなかいいぞイソノ そうだなこの場所に生息しているなら巣が必要だ 河童の特徴からえら呼吸の水生生物では無い事はわかる 肺呼吸なら巣は陸上或いは水際だろう ここは人目があり過ぎる 巣があるのなら必ずなにかしらの物証が残るはずだ 」

「 じゃあもしいるのなら上流から来てると あと海乃です 」

「 餌場 或いは何か目的があるのか とにかくここから上流に河童を追うぞ なんでもいい目についた物は報せてくれ 」

「 わかりました班長 」


 それから2人で川の両岸に別れて上流を目指した、スタート地点の山際の平坦な場所は流れも緩やかで川幅も広くひっそりとして如何にも何か潜んでいそうな雰囲気を醸していたが、山の斜面に入ると流れが激しく大きな岩のゴロゴロした川幅の狭い川へと変容した。たまに釣り人の痕跡のような物は見受けられるがこれと言った物は何もなかった。途中、平坦になった場所では流れが止まり水が深くなっていてそれなりに妖しい雰囲気はするのだが。

 川幅の狭まった地点て三刀小夜と合流した。

「 何かあったか 」

「 いえ特にこれと言って 」

「 何か気付いた事は 」

「 やっぱり雰囲気だと思います 最初の場所は如何にも何かいそうな雰囲気でした 流れが速い場所はなんかそんな雰囲気がありません あそこで目撃情報が多いのは雰囲気の所為だと思います 」

「 そうだな やはり気分と言うものは重要だ 幽霊が出そうな場所だと実際に出てしまうものだ 」

「 じゃあ やっぱり河童は幽霊なんかと同じで都市伝説的なものなんじゃないんですか 」

「 イソノはいたちを見た事はあるか 」

「 鼬ですか なんかフィネックみたいなヤツですよね 」

「 フィネックはアライさんのフレンドだ お前の言ってるのはフェレットだろう 」

「 なんかよくわかんないけど無いです 」

「 私は都内の住宅街に住んでるが年に数回見かけるぞ 」

「 鼬って都内に生息してるんですか 」

「 ああ 鼬もいれば狸もいるし穴熊だっている かわうそだって絶滅したと言われてるが多摩川で見たことあるぞ 東京という大都会にそんな物いるはずないと言う雰囲気が逆に見えなくしているんだ 」

「 じゃあどうするんです 」

「 雰囲気で見えたり見えなかったりするんなら視える雰囲気にすればいい そうしたらヤツはきっと出てくる 」


 寝袋を背負わされた段階で嫌な予感はしていたのだがその日は川岸で野宿する事になった。一日中慣れない足場を登り続けたせいで脚がパンパンだ、体力にはそこそこ自信があるのだが流石にしんどい。

 見た目、引き締まってはいるが何方かと言えば華奢な女性らしい体型の三刀小夜がケロっとしているのには納得がいかない、その事を言うと歩き方が悪いと言われた、考え無しにただ足を運ぶから無駄な負担が掛かるのだと。

 日暮れ前に携帯食で夕食を済ませ暗くなる前に寝袋に入った。何か気付いたら直ぐに起こせと言われた。川岸は小石が敷き詰められた平坦な場所で俺の方が川側で3mほど離れて三刀小夜の寝袋がある。


 ザーッっと水の音が聞こえる 当たり前だ 川の岸にいるのだから ピチャリピチャリとかポトポトとかチャプチャプとかあらゆる水の音が混じりあっている 虫の声も聞こえる 風の音も聞こえる 俺の周りをあらゆる音が埋め尽くす 隙間なく 喧騒な都会を離れれば音の無い静寂の世界があるなんて嘘っぱちだ 世界はうるさいほどの音で溢れ返っている 木々の間から見える夜空は満天の星空だ 地面にしがみついてなければ落っこちていきそうな恐怖すら感じる 近くで寝ているはずの三刀小夜は気配も感じられない もう眠っているのだろうか だが彼女の吐息は聞こえない 同じ寝袋に入って顔を寄せ合って眠れば彼女の吐息が聞こえるだろうか

 バシャンバシャン 水面を何かが激しく打つ ゴウゴウと水の流れは激しさを狂ったように増してゆく 冷たい水の中から何かが出て来た それは生暖かくなった水滴を滴らせながら近づいてくる ピチャピチャと水掻きのある足で近づいてくる すぐ側まで来るとドロリとした魚のような目で見下ろした そして寝袋のファスナーを引き下ろすように 俺は三刀小夜のつなぎの首から下腹部に繋がるファスナーをいっきに引き下ろす 白く滑らかな三刀小夜のつなぎの中身が剥き出しになり現れた 美しく艶めかしい彼女の脚の間にあるそれはキーキー嘴を開けて鳴いている そして赤い小さな舌で鳴き叫ぶ嘴に俺は挿し入れる。


「 ッ最低 」


 パンツの替えはまだある、まだ寝ている三刀小夜に気付かれぬように離れた場所に行きパンツを履き替え使用したウエットティッシュと一緒にコンビニ袋に押し込んで小さく縛りリュックの底に突っ込んだ。帰りに駅のゴミ箱にこっそり捨てなければ、三刀小夜にバレないように。



「 おっ 早いなイソノ トイレか 」

 戻ると三刀小夜が川辺で歯磨きをしていた。


「 昨夜は絶好のシュチュエーションだったんだがな ぐっすり眠ってしまった どうだ 夜中になんかなかったか 」

 言えるわけない、2日続けて河童で夢精したなんて、しかも三刀小夜の脚の付け根に河童がいたなんて。しかし本当に全部夢だったんだろうか、目覚めた時、寝袋のファスナーは足元まで引き下げられていた、そして寝袋の周りの小石はびっしょり濡れていた。

「 どうした 河童に尻子玉でも抜かれたか 」

「 いえ なんにも無かったと思います 」

「 そうか 絶対来ると思ったんだがなぁ 」


 寝袋を仕舞ってから枝を集め焚き火でお湯を沸かしてコーヒーを飲んでいると。

「 おはようございます 」

 大きなリュックを背負った30代くらいの男性が現れた。

「 キャンプですか 」

「 違いますよ 取材です 」

「 ヘェェ 何の取材なんです 」

「 河童ですよ 河童 」

「 河童ッ そう言えば下の町で河童グッズ売ってますね いるんですか本当に 」

「 それを取材してるのですよ 」

「 ハハッ これは失礼 そうですよね 」

「 あなたは登山ですか 」

「 登山と言うほどじゃないですよ 単なる山歩きフリークと言ったとこです 」

「 で 河童見かけませんでしたか 」

「 残念ながら それじゃあ河童探し頑張って下さい 」

 男は足早に去っていった。


「 見つけた 」

 三刀小夜の目がギラリと光った。

「 出発するぞ 」

「 はい 」

 それからさっきの男が現れた方へと押し進む。

「 あのぅ班長 川から離れて行ってますよ 」

「 いいんだよ それより人の気配に注意しろ 下を見ろ 微かだがこれは人の通う道だ イソノは後ろを注意してくれ 」

 意味がわからなかったがとりあえず言う通りにした。1時間ほど歩くと木々が拓けた場所に出た。

「 ここは何なんですか 」

「 大麻畑だよ ここで大麻を栽培している 」

「 えっ 」

 と、突然背後から

「 お前ら何をして … ブゥアッ

 背後に現れた男のみぞおちに小夜の後ろ回し蹴りが炸裂する、聞いた事の無い鈍い音がした、うずくまる男の鼻をサッカーボールのように蹴り上げた、ピキッと乾いた音がする、絶対になんかの骨が折れた音だ。

 仰け反って倒れた男の首すじに小夜は何か突き付けた、バチッ それはスタンガンだった。男はピクリとも動かなくなった。

「 イソノ リュックの中にタイラップがあるはずだ そいつの手足を拘束してくれ 」

 リュックからタイラップと呼ばれるナイロン製の結束帯でグッタリと動かない男の足と手を後ろに拘束した。

「 あのぅ 生きてますよね 」

「 そんなに簡単に死なんよ 」

「 鼻血が沢山出てますよ 」

「 気にするな 一応どっかに立て掛けておいてやれ そのうち止まるだろ 」

「 はい 」

 大麻畑の脇にキャンプが設置されていた。

「 たぶんこいつだけと思うが他がくるかも知れん 急ぐぞ 写真を撮りまくるんだ 」

 それから出来る限りの写真を撮った。大麻畑にキャンプ内にある物すべて。

「 よし ズラかるぞ 」 

 去り際にふと後ろを見遣ると1mほどに茂る大麻の中に何かが動いていた。それは若草色の大麻と同色の何かだった。



 それから結構大変だった。警察に何回も事情を聴かれたりなんやかんやで丸一日を費やした。三刀小夜の話ではあくまでも河童取材で偶然見つけただけと言うことなので俺もそのままを話した。



 帰りの列車の中で。

「 最初からなんですか 」

「 何がだ 」

「 大麻畑 」

「 まあ隠しても仕方ないしな そうだよ あの山中で大麻を栽培してるのはわかっていた あの川がルートの一部だともな ただ場所が特定出来なかったんだ 用心深い奴等でな だから河童のついでに探していた 」

「 河童がついでだったんでしょ 」

「 そんな事ないぞ ウチはオカルト雑誌だ 」

「 はいはい でも拘束した男はいなくなってたんでしょう 」

「 ああ 警察が行った時には居なかったらしい 自力で逃げたか仲間が来たか それはわからん 」

 或いは河童が来たか。それは流石に小夜には言えなかった。でもあの時何かがいた。

「 まあイソノを巻き込んだのは悪かったと思っている 」

「 いえ いい体験が出来ました それからずっとイソノって呼ばれてますが海乃です班長 」

「 なにがだイソノ 」

「 いやだから名前がです 」

「 …… 」

「 僕の名前は海乃です 」

「 そうなのか なら早く言えよ 」

「 いやいや ずっと言ってましたよ 」

「 知らん初耳だ あと海乃 お前は少し物事を正面から捉え過ぎるきらいがある まあお前ら世代全般に言えるのだが おそらく瑞浪空の存在がトリガーになっているのだろう もう少し柔らかくなれ どこかでパンクするぞ 」

「 はい わかりました 」

 小夜の膝の上には町のお土産屋で買った河童のヌイグルミが乗っている。

「 班長もそうゆう趣味あるんですね なんか以外です 」

「 これか 可愛いだろう ツクへのお土産だ 月夜つくよといって親友の子なんだが私のいちばん大切な者だ 」

 そう言いながら見せる小夜の女性らしい表情に思わずドキドキしてしまう。





 発売された百目奇譚には河童と山中で発見された大麻畑と栽培していたグループの全容を追った特集が組まれていた。写真の下には( 写真 海乃カツオ )と記されてあった。





 それから4年後


「 あッ 俺 海乃大洋っス 大っきい海の方の大洋っス カメラマン兼記者で配属されました 」

「 苗字と被ってんじゃねぇかよ 」

「 なんか将来溺死しそうな名前だな あとサザエさんに登場しそうだ 」

「 殿様 なんなんだこの軽そうな奴は 使いもんになるのか 」

「 鎌チョ そう言うな 今の若いのはだいたいこんな感じだぞ 物事を正面から捉えようとしない 良くも悪くも柔らか過ぎる 」

「 コンニャク野郎かよ ところで三刀 お前今日はなんだ 」

「 私は河童だ 」

「 何年追っ掛けてんだよ ストーカーで訴えられるぞ 」

「 今度こそ4年前のリベンジを果たしてやる 」

「 あのう 三刀ちゃん鎌丁君 海乃君の歓迎会をだねぇ 」

「 なんだ殿様 いたのか そんなの男だけで風俗にでも行って来いよ 私は忙しいんだ 」

「 ずりィぞ三刀 俺もパスだ 行きたいなら2人で行って来い 」

「 あっ 俺もパスっス 」

「 もう殿様1人で行って来いよ 」

「 鎌丁君 なんか僕が風俗に行きたがってるみたいになってない 」

「 違うのか 」

「 殿様 ほどほどにしないとまたヘルニアが悪化するぞ 」

「 三刀ちゃんまで 」

「 海乃 お前カメラ使えるんだよな ついて来い 取材に行くぞ 」

「 はい班長 どこ行くんス 」

「 決まってるだろう 河童を追う 」

「 了解っス 」








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