孤独な同棲

由良木 加子

第1話

「ちづ先輩って、同棲したことあります?」

 3か月前に他部署から異動してきた後輩の沙也加が、そう言えば、と軽い雰囲気で聞いてきた。そのまま食べていいよと言ったのに、わざわざ串から焼き鳥を外している。


「あるよ、同棲。」

 沙也加の危なっかしい手元を見ながら答えた。砂肝がぽーんと飛んできそうだ。

「へー。どんな感じです?同棲って。」

「いい感じと嫌な感じと、よく分かんない感じ」

「なんですかぁそれぇ」と言いながら、ようやく焼き鳥との格闘が終わったらしく、満足げに手を拭いている。

「一緒に住むのよ?幸せもあれば、煩わしさもあるし、良い悪いで区別できないわ。」

 

 本当にそう。自分の発言に頷く。

 聡介との同棲は、良い感じで始まり、悪い感じで続き、まあまあ良い感じで終わった。今でも、後悔こそしていないが、同棲していなければ聡介との関係はどうだったろうと考えてしまう。遅かれ早かれ別れることになったとしても、もう少し緩やかに続いたと思う。


「彼と同棲するの?」

「うーん。私って、同棲したことないじゃないですかぁ。」

 知らないわよと出かけた言葉を、ビールで押し戻す。

「付き合って2年になるし、お互いちょくちょく泊りに行ってるし、してみてもいいのかなぁって。」

「うまくいってるなら、してみたらいいじゃない。」

「でも、結婚前に同棲すると別れるってジンクスあるじゃないですかぁー。だからどうかなって。」

 そう言いながらも、沙也加の顔には「私たちは大丈夫、うまくいくわ」という、無知特有の若い自信がにじみ出ている。

「全カップルが別れるわけじゃないでしょ。それに、籍入れてから別れるより、よっぽどダメージ少ないと思うけど。」

「まあ確かにそうですけど……。ちづ先輩はどうして同棲したんですか?」

「……たまたま同じ沿線に住んでいて、彼の駅を通過して帰るのが寂しくて。自分の家より、彼の家に帰りたいなって思ったからかな。」

「ちづ先輩、意外!そんな可愛いこと言うんだー!普段男なんて必要ないみたいな顔してるのに!!」

 沙也加の言ってることは、少し間違っている。男は必要ないのではなく、必要としない生き方を模索してるだけなのだ。

「沙也加失礼ね!この前フォローしてあげたミスのこと、課長に言おうかしら。」

「それだけは勘弁をー!」と手を合わせたかと思うと、そのまま手を挙げてにこにこと店員にビールを注文している。沙也加は上からも下からも慕われるタイプだ。一緒にいると楽しいし、疲れも悩みもどうでもよくなる。


「まあ、同棲始めるなら、いきなりアパート解約しないことね。自分の居場所がないって、結構辛いわよ。うまくいったら、その時引っ越すのがいいと思うわ。」

満足したのか、「はーい!」と気のいい返事をして、誰と誰が不倫してるだの、部長の家庭がどうだの、どこから仕入れたのか分からない社内ゴシップを嬉々と話しだした。

 聡介はゴシップネタが嫌いだったな。芸能リポーターには良心がないのかなんて言っていたっけ。騒がしい居酒屋の中にはっきりと、彼の横顔が浮かんだ。



(続く)

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