第149話 誕生日の夜(4)

夏希はまたも涙があふれてきて止まらない。


「なんか仰々しいなって・・思ったけど。 やっぱ、指輪をあげたくて。」


高宮は優しく微笑んだ。


かゆい・・。


斯波はいたたまれず、萌香の腕を引っ張った。


「かえろ、」


「え?」


萌香は空気を何となく察し、


「あ、うん、じゃ。あたしたちは、これで・・」


二人はそそくさと出て行くが、もうそれさえも高宮と夏希には見えておらず。




「なんだ? アレ。わけわかんね・・」


部屋に戻った斯波は大きなため息をついた。


「またすごい騒ぎに巻き込まれちゃったけど。 でも、また丸く収まりそうですね、」


萌香はクスっと笑った。




「早く! はめて!」


高宮はその指輪を取り出し、彼女の指にはめようとした。


「え、」



しかし


思ったよりも彼女の指の関節が太く


「あれ?」


どうしても第二関節から入らない。


夏希はまたもグスっとなって、


「指輪も入らない~、」


と泣き出した。


「もう、泣くなって! サイズわかんなかったから! 店員さんとおんなじくらいかなって思っちゃって。 直してもらうから!」


高宮は慌てた。



夏希はしゃくりあげながら、高宮の首に抱きついた。


「・・夏希」


「じ、人生初の・・」


「え?」


「ゆびわ、」


と言ってぎゅうっと抱きついた。



「人生・・初。」



そっか


ずっと野球をやってきて


そう言えば彼女がアクセサリーをしているのさえ、普段は見たことがなかったっけ。


「あ、あたしがいちばん・・すき?」


子供のような問いかけをしてしまった。


「ウン、そうだよ。」


高宮は優しく彼女を抱きしめかえした。


「ホテルのサンドイッチより?」


「コンビニのおにぎりが、好きだよ。」


高宮は笑った。




夏希は目をぎゅっとつぶった。


涙がまだまだ溢れてくる。


「難しい話なんか別にきみとしたくないんだよ。きみに仕事の話をしても無駄だなんて思ってるわけじゃなくって。 きみの話をきいてるのがホントに楽しいんだ。 初めて会ったときからずっと、今も変わらずに・・」


高宮は夏希の背中を優しく撫でた。


「バカな話しかしないのに・・?」


夏希は彼のシャツをぎゅっと掴んだ。


「うん。 ほんとはね。おしゃれなレストランでディナーしてって思ってたのに。 ごめん、」


「そんなの、いいのに。 そんなのいいから。ただ、一緒にいたかったから・・」



その言葉が


何より嬉しい。




斯波も萌香もなんだか目が冴えてしまった。


あったかいお茶を飲みながら、


「あいつ・・あんなに泣くんだな、」


斯波はボソっと言った。


「え?」


「おれがどんなに怒っても怒鳴っても。 絶対に泣いたりしないのに。」



頬杖をついた。


萌香はクスっと笑って、


「だって、好きな人の前やし、」


斯波もふっと笑ってしまった。


「・・にしても。 あんなに泣くか? 子供みてぇ。」




高宮は鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった彼女の顔を拭いてやり、ニッコリ笑ってそっとキスをした。


「なにも心配しなくていいんだよ。 おれは、夏希だけ、好きだから。」


唇を離してそう言った。


ま・・


こうして妬いてくれるのも、ちょっと嬉しいかな。


そして、もう一度キスをすると


「うっ・・」


いきなり夏希は自分の口と、もう片方の手で高宮の口を押さえて離れた。


「は?」


わけがわからないうちに、夏希はいきなりトイレに駆け込んだ。


そしてめちゃくちゃ吐き出した彼女に、



「あ~あ、もうあんなに食って飲むから、」


背中をさすった。


「う~~~~、ぐるじ~~~、」


別の意味で涙が出た。



ムード、台無し・・・。

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