第135話 クリスタル・サマー(1)

「ねえ、」


高宮はなんとなく彼女に問いかけた。


「どうして北都に入ったの?」


ちょっと突飛な質問だったので、夏希はうーんと考えて、


「実際。 ウチの学校、ホクトの求人なんか来るようなとこじゃないんですよ。 それも野球で知り合った友達がね、一緒に受けようって誘ってくれて。 別に興味なかったんですけど。 不思議なことに書類審査をパスしてしまって。 面接試験までいけたんですよ。 ホクトって、ペーパーがないんですよね。 びっくりしちゃった。 そんなんあったらあたし、絶対に落ちてたと思って。」


「たしかに、」


高宮は笑った。


「面接の時に今思えば・・社長がいたんです。 社長がね、『普段どういう本を読みますか?』って。」


「なんて答えたの?」


ちょっとワクワクしながら聴いた。


「あたし、本はほとんど読まないんで。 でも、その時本当に読んでた本が『つまようじはなぜああいう形なのか』って本だったから。 そう答えたの。」


「はあ?」


高宮はまた予想外の答えが帰ってきて、驚いて彼女を見た。


「んで、こーゆー本なんですよってこと説明したら、 社長すっごい笑っちゃって。 壊れたみたいに!」


夏希は体を起こしてそう言った。



もうそれを想像しただけで笑える。


「すごいなあ、ソレ。 社長をそこまで笑わせるなんて並大抵じゃないよ。ほんっと気難しい人だし、怖いし。」


高宮も笑ってしまった。


「え~? そうなんですかねえ。 前に! 竜生くんたちと遊んでて池に落ちちゃった時もね、社長がいたんですけど! おんなじくらいすんごい笑ってたんですよ!」


ほんっとにもう。


彼女が


どうして


こんなに狭き門のホクトエンターテイメントに採用されたのか。


ちょっとだけわかった気がした。


「じゃあ、隆ちゃんはどうしてホクトに入ったの?」


逆に聞かれて、


「え? おれ? なんでって、大学にいた時から、NY支社に知り合いがいて。 おれ経営の勉強してたから、バイトすることになったの。んで、なんとなく大学卒業した後、正社員になって。 契約のマネジメントとかの仕事してたんだけど。 なんかもっと勉強したくなってMBAも取りたかったし。」


「MBAってなに?」


「経営管理学修士号っていって、」


説明しようとしたがおそらく彼女の頭の中で整理しきれないと思い、


「ま、経営学を目指すものの最終目標みたいなもんだよ。で、いったん会社辞めて、大学院で勉強したの。」


「ふうん。すっごい。 そんなにいっぱい勉強したかったんだ、」


「ウン。 勉強、好きだったんだと思う。 自分が知らないこと、もっともっと知りたいし、」


「勉強って大人はしないもんだと思ってました。」


彼女らしい感想だった。



「お父さん、小学校の校長先生だったんだって?」


「あ、ハイ。 でも、あんまり何してるか気にしたことなかったから、」


能天気にアハハと笑った。



父親の職業も深く考えてなかったんだなァ。


やっぱり笑ってしまった。


「ああ、それでね。 北都社長がね。 声かけてくれたの。 大学院出たら東京に来ないかって。 ホントは気が進まなかったけど。」


「おうちのこと、ですか?」


「うん。 でもね、社長が。 自分はあと数年で引退するから。 その時、息子を助けてやって欲しいって。」


「社長が?」


夏希は驚いた。

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