第132話 青空(1)

翌朝。


「おはようございます、」


高宮は7時ごろ起きてきた。


「あれ、早いねえ、もっとゆっくり寝てればいいのに。」


母は食事の仕度をしながら言う。


「なんか今日、海に行くって言うから。」


「え? 海? 夏希、出かけちゃったよ。」


と言われて、


「は?」


目が覚めた。


「近所だけどね。 幼なじみの子がさ、ついこの間子供産んで。 見に行ってくるって。 子供好きだからさあ、」


と笑う。


高宮はつられて少し笑った。


「高宮さんは朝はパン?ゴハン?」


「や、どちらでも。」


「じゃあ、パンでいい? 今、コーヒー淹れるから。」


「すみません、」




静かな朝だった。


茶の間から青い空と白い雲が見える。


セミの鳴き声だけが響いて。


「田舎でしょう?」


母が食事を運んできてくれた。


「いいところですね。 ホント。 いっつも車の通る音がするようなところにいますから。 すっごく静かで落ち着きます、」


「まあねえ、それだけかな、」


「ひとりで寂しいですね、」


ちょっと母のことを思いやった。


「あたし? あたしは平気。 友達と自由にでかけたり、ひとりでもけっこう過ごせる性質だから。」


夏希の母はあっけらかんと言う。


「どっちみち。 一人になるし。 あの子が東京に行っても行かなくても。」


その言葉に胸がちくんと痛んだ。


「でも。 今回高宮さんを連れてっていいか~?って言われたとき、ちょっとドキっとした。」


と笑う。


「は?」


「なんか、あるんかなあって。 ひょっとして『お嬢さんを下さい!』とか言われたらどーしよって、」



ドッキーンとした。


「えっ、」


絶句していると、


「冗談、冗談。 夏希もただ遊びに行くだけだよって笑ってたし。 まあ、仲良くやってるんだなあって。」


心臓がバクバクいっていた。


「まあね。まだまだだよね。 夏希なんか。 高宮さんがどこまで考えてるかわかんないけど。あんまりにも違いすぎるし。」


やはり母はそのことを心配している。


「そんなこと、」


高宮はやりきれない気持ちになった。


「高宮さんのことはね。 大まかだけど、夏希から聞いてる。 ホントはお兄さんが亡くなったことも聞いてたの。 昨日はヘタな芝居しちゃったけど、」


夏希の母は笑った。


「え、」


「夏希が。 高宮さんにはそんなこと言わないでって、言うから。 高宮さんが家族と疎遠になっちゃってること、すっごい気にしてるみたい。」


夏希がそんなことを考えているとは思ってもみなかった。


「ほんと、夏希とお母さんを見てると。 いい家族だなあって。 ぼくは小さい頃からあまり両親といる時間がなかったから。 父はほとんど家にいなかったし、母はそんな父を支えながら、兄の教育に身を削って。 ぼくと妹ははお手伝いさんに育てられたようなものでした。 家族全員で食卓を囲んだことさえ、記憶にあまりないくらいですから。 家族がいったいなんなのか。それさえもわからずに育ってしまいました。」


高宮は寂しそうにため息をつく。



夏希の母はコーヒーをカップに注ぎながら、


「夏希の父親はね、小学校の校長先生だったの。」


ふっと笑いながら言った。


「えっ・・」


失礼だが


あまりに彼女とのギャップがありすぎて


ちょっと想像つかない。


「あの子が中学生に上がったくらいのときかな。 校長になったのは。 とにかく、まあ、熱心な人でね。 学校でも家でも。口ぐせは、『子供には溢れるくらいの愛情を注ぎなさい』だった。」


クスっと笑った。


「子供のころに、家庭から溢れるほどの愛情を注いで育てたら、きっと子供はなにがあってもそこに戻ってくるって。 家庭がそういう場所だってこと、本能的に覚えるって。 そういうの知ってる子はね、グレたりしないって。」



溢れるほどの


愛情。


「それは甘やかすって意味じゃなくてね。 子供と真剣に向き合って、なにを考えているのかとか。 子供が今思うことだとか、全部汲み取ってやることなんだって。」


なんだか


胸がいっぱいになってくる。


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