第92話 梅雨の終わり(2)

「もう怖くて。 いっぱい泣き叫んで。 でもね、その時お金もらったの。 自分の体がお金になるんだって初めて思った。」


萌香は遠い目をして過去を話し始めた。


「栗栖さん・・」

夏希の目から大粒の涙が零れ落ちた。



「母の仕事もわかってたし。 そういう面では覚悟って言ったらヘンだけど。 自分もそうなるのかなあって諦めてたトコもあったし。 ショックはショックやったけど、受け入れることはできた。 それなら、そうやってお金もらって、あたしはいっぱい勉強をして、こんな世界からいつかは抜け出したいって思ってた。 誰の力も借りずに生きていこうって。 こんなことに絶対に負けるもんかって。」



夏希は涙が止まらない。


「援交・・ううん、売春してお金もらうことなんか、そのうち何にも思わなくなって。 高校に入ると同時に家を出たの。 勉強できるなら、どんな手をつかっても、お金稼ぎたかったし。 すっごい大物の愛人もしたし。 なんでも利用した。 だから、ほんまに好きになった男の人なんか・・ずっといなかった、」


萌香は悲しそうにふっと微笑む。


「でもね、あなたはあたしとは違う。 本当に素直に明るく育って。 家族からも大事にされて。 男の人に対しての知識とかも、あんまりなくて。 本当に好きな人っていったって、ショックやったと思う、」



あたしよりも

何倍も

何十倍も

つらい思いをしてきただろうに。


こんなあたしのことを

思いやってくれて。



夏希はもう

彼女の生い立ちのショックや、あまりに悲しい現実に涙が止まらなかった。



「でもね。 今は本当に幸せ。 彼はあたしのこと全部知っても愛してくれたから。 もう、好きな人にしか抱かれたくないって、初めて思ったし。」


萌香も感極まって涙ぐむ。



「高宮さんね、すっごくあなたに謝りたくて会いたくて、たまらないと思うの。 でも、南さんが今はそうっとしておいてあげようって。 せめて加瀬さんが前みたくいっぱい食べて、大きな声を出して、元気になるまで。 あなたは悪くないのよ、」


と優しく言うと、夏希は萌香に抱きついてわんわんと泣いてしまった。



そんな彼女の背中を優しく撫でる。


「お、大人になりきれなくって。 高宮さんもこんなあたしとつきあってるの嫌なんじゃないか、とか・・」


嗚咽を漏らしながら泣いた。



「そんなこと。 高宮さんは本当にあなたのことを大事にしていたし。 宝物みたいに。 今までやって、ほんまにいつそうなってもおかしくない状況もあったのに、彼はあなたを無理やりどうこうしようだなんて、思ってなかったはずやし。 何か・・・彼の中で切れてしまって、」


夏希は萌香の言葉に頷くだけだった。



「もう・・昼間ひとりでいると、高宮さんと楽しかったことばっかり思い出して。 もう・・あんなふうになれないのかな、とか・・・」


「なれるわよ。 男と女の愛情ってね、そんなに簡単に今まで積み上げてきたもの壊れるもんやないもん。 男の人って弱いから。 すっごくナーバスやし。 清四郎さんだって、自分の気持ちがやりきれない時なんかいつもの彼じゃないみたいに、あたしのことを抱いてくる時もある。」



「斯波さん・・が?」



「鬱屈したものを吐き出したいって言うのかな。 女にはちょっと理解できない、感情のバクハツのさせ方って言うか。 でも、あたしはそんな彼も全部受け止めてあげようって。」



夏希は萌香の言うことはやっぱり全てを理解することができなかった。



子供なんだ・・・あたし、やっぱり。



男の人のそういうことも

理解できないし。



ほんと、見えてなかった。

優しい高宮さんしか・・。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る