第93話 梅雨の終わり(3)

斯波は仕事から戻って、自分の部屋に入る前に夏希の部屋の前に立ち寄った。



すごく


すごく彼女が今どうしているのかが、気になるし心配だった。


本当に


不思議な気持ちだ。


今まで、こんなに人を心配したことがあっただろうか、と思うほどに。



それは萌香に対する気持ちとは全く違う。


『親』のような気持ちで。




傷ついて泣いている姿を想像するだけでも


自分のことのように胸が痛い。




インターホンを押そうと思ったが、


やっぱり


押せなかった。





みんな


色んなこと


経験して。


楽しいことも


悲しいことも。


傷ついたり、傷つけられたり。


男の人とつきあうことって



やっぱり


友達とつきあうこととは


違ってて。


自分の全てを


お互いにさらけだして付き合わないと


うまくいかない。


表面だけ楽しいことだけ


繕って。


一緒にいるだけじゃ


うまくいかない。




夏希は萌香から、彼女の悲しい過去を聞き



少しだけ


高宮とのことを見つめ直すことができた。


夏希が会社を休んでから1週間が経った。




少しずつ家の中で体を動かせるようになり、食事も少しずつだがきちんと採れるようになった。


そうじをしたり、マンガを読んだり、DVDを見たりという余裕も出てきた。



そうすると


外のコンビニに行ったり、スーパーで買い物も行かれるようになった。




もう


夏なんだ。


外の空気を吸うと実感できる。


なんだか


夢の中みたいに時間が過ぎたな。


青い空を見上げる。


野球・・したいな。



こんな風に思えるのも久しぶりだった。




「あれ? 夏希先輩、」


後輩の練習の手伝いは2ヶ月ぶりくらいだった。



「会社クビになったんですかあ?」



平日の今日、現れた夏希にみんなからかった。



「なってないよ。 ちょっと、お休みもらって、」


と、ごまかした。



「ま、でも大歓迎です。 どうぞ!」


と、後輩にグラウンドに招かれた。




「ちょっと打ってみるか?」


監督にバットを手渡された。


「え? いいんですか?」


「この前の春の大会。 伊藤がいいピッチングしてな。」


「ああ・・」


マウンドにいる2つ年下の彼女は、夏希が4年生でエースだった頃はひ弱で中継ぎピッチャーもできないくらいだった。



「決勝で1安打完封したんだよ。」



「へえ、すごーい。 あの、伊藤が。」


何だか感無量だった。



「先輩、おねがいします!」


帽子を取って挨拶をされて、


「よし!」


夏希は俄然やる気になってきた。


素振りを2、3度した。


そしてヘルメットを被って打席に立つ。


初球。


え・・。



内角にズバっときた。



「ストライク!」


コーチが手を挙げてニヤっと笑う。



速い。


手、出なかった。


たまに練習に来ていたが、彼女と対戦するのは初めてで。


夏希は驚いた。



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