第85話 隔たり(2)

夏希が入院した原因は誰もわからなかったが、

事業部は重苦しい空気だった。

南から誰も彼女のことを見舞ってはいけない、と言われていたので様子もわからない。


今。

南は夏希はひとりになりたいんじゃないかと思っていた。

誰にも会いたくないんじゃないかと思っていた。


いろんなことを考えつくしても。

高宮との間にあったことは

想像がついてしまった。


その想像が

当たらないようにって

期待をしつつ。



「どないなってんねん。 加瀬のお母さんに電話せんでええの?」

志藤は南に言う。


「もう少しだけ待って。 加瀬も今はお母さんには来て欲しくないんやないかって、」

志藤は南の言葉に黙り込むしかなかった。




夏希は点滴のおかげか、頭がぼうっとした状態からは抜け出せた。


しかし

体が全くいうことを利かない。



高宮さん

帰って来たのかな。



ぼんやりと考える。


あたしは

あの人のことを好きなんだから。

大好きなんだから。


あたしがあまりにも子供すぎて

あの人を困らせている。



自分を責めることしかできなくなっていた。




高宮が仕事を終えて『新月』に現れたのは8時過ぎだった。

「すみません、遅くなってしまって。」


今朝NYから戻って、おそらく時差ボケでつらいだろうが彼はそれを表面に出さなかった。


「ん・・いいよ。 忙しいもんね、」

南はふっと微笑む。


「いえ・・」

高宮は見た目にも落ち込んでいた。


「あ、マスター、この人にいものロック、」

南がカウンター越しにマスターに言ったが、


「あ・・おれ、酒は、」

高宮はやんわりと拒絶した。


「え? ちょっとくらいOKやろ?」


「いえ。 もう、酒は。」



もう。



その意味を

南は探るのが怖かった。



高宮の前にはウーロン茶が運ばれた。


南は何も言わなかった。

高宮は彼女がいったい何を聞きたくて自分をここに呼んだことはわかっていた。



「おれ・・」



しばらくして彼が口火を切る。


「つらかったら。 言わなくてもええけど。 でも、加瀬・・何も言わないんやって、」

南は彼の言葉を遮るように言った。


「え・・」


「萌ちゃんたちが聞いても。 何も言わないんやって。」


「・・・」


高宮は黙りこくってしまった。


「斯波ちゃんは。 絶対に高宮がらみだって。 怒って。 でも加瀬は。 高宮には関係ないって言い張ったんやって。 大丈夫やからって笑って。 でも・・なんか気持ちと体が。 バランスを崩してしまったみたい。」



そんなことを聞かされて。

高宮は

泣きそうだった。



「おれ・・」



涙がこみ上げる。


「とんでもないことしてしまって。 彼女に、」

両手で顔を押さえた。


「高宮・・」


「もう、絶対に・・許してくれない、」

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