第84話 隔たり(1)

「え? 脱水症状?」



病院に付き添った南は医師から言われた。


「脱水症状で意識が朦朧としていました。 今、点滴をして。 あと、オデコの傷はひと針だけ縫っておきましたから。 けっこうアザになると思いますけど。 1週間ほどでよくなるでしょう、」


「脱水症状って、どういうことなんでしょう、」


「あまり食事を採っていなかったようです。 意識が少し戻ってきたので話を聞いたのですが、3日くらい水を飲んでも吐いてしまうような状態だったそうです。 体のほうも精密検査をしますが。 何となく精神的な問題のような気もして、」


「精神的?」


「なんだかうわごとのように、『あたしが悪いんです』ってそればっかり、」



医師の言葉に

南は押し黙ってしまった。


「何か精神的に追い込まれているのかなあ、と。 検査もありますので、3日ほど入院してください。 脱水症状は点滴で改善されると思いますから。」



いったい

どうしたって言うの・・。



南は点滴をされながら眠り続ける夏希を見守った。

閉じた目の端には涙が光っている。



この真実を知っているのは

高宮だけ。



南はそう確信した。



高宮が帰国したのは翌日だった。

帰国したその足で社に向かう。


そして

秘書課に戻るようにも先に事業部に立ち寄る。


「高宮、」

南は彼の姿を見て立ち上がる。


「あのっ、」

走ってきたのか息を切らせる彼に


「ちょっと…」

腕を引っ張って誰もいない応接室に連れて行く。


「加瀬、入院してる、」

いきなりそう言われ、



「えっ・・」

高宮は絶句した。


「脱水症状で。 意識失って倒れて。 なんかずっとゴハンも食べてなかったみたい、」


高宮は崩れ落ちるように座り込んだ後、すぐに立ち上がった。


「ど、どこ行くの、」


「病院! どこ、ですか!?」


「待ちなさいって、」

南は怖い顔で彼を制した。


「でも!」


「今・・行ったらアカン。!」

厳しい口調でそう言った。


「え・・」


「あんただけは、行ったらアカン、」


南は大きな目で彼を見つめた。



「ごめん、あたしも今ちょっと忙しいから。 ゆっくり話できないの。 加瀬は病院にいるから心配せえへんでもいいから。 大丈夫。 今晩、『新月』で。」

南はそう言って部屋を出た。



いったい・・

何が起こって?



いや、

原因は

おれに違いないのだ。



あれから彼女は電話をしても、メールをしても

一度も出てくれない。



当然だ。



あんなこと、

して。




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