第57話 近づく(1)

こうして翌日、母は帰って行った。


「あ、加瀬さん、」

高宮は会社の廊下で彼女を呼び止めた。


「はい、」


「部屋、決まったんだ。」


「え、ほんとですか?」

ポケットからコピーを取り出し、


「合間見つけて、いろいろ見に行ってさ。 ここ。」



と見せられたその物件は


「え・・?」

思わずそれに顔を近づけてしまった。


「ここって・・」

高宮はにっこり笑って、


「加瀬さんトコから歩いて5分くらいの所だよ。 いいマンションが見つかって。 2DKなんだけど、日当たりはいいし、けっこう広いし。」

と言った。


それは

びっくりするほどの近所だった。


夏希は何だか意味もなくドキドキしてしまった。


「い・・いつ引越しなんですか?」


「あ、もう契約はしたから、ちょっとずつ運んでる。 会社の車借りたりして。 引越しって言っても。 あんまり荷物ないし。 コンテナルームに預けてある大きなものを運んでもらって。 あとはちょっとずつ片付ければいいかって。 おれ、本の量がすごいからそれだけ大変、」


ドキドキする夏希をよそに、高宮は嬉しそうに笑った。


「ね、今日は夜、一緒にメシ食える?」

そう言われて、


「あ・・ごめんなさい。 大学の時の友達が来ることになってて・・」


「そう。 じゃあ、また今度ね、」


「ハイ、」

夏希も笑顔を作った。




「へ~~、すっごいいいトコ住んでんじゃん。 この中目黒でさあ、こんなにいいマンションであの家賃は夢みたいだよ、」


大学時代の野球のチームメイト、渡辺春奈は夏希の部屋にやって来た。


「ほんと、大家さんの上司の人がいい人でさあ。」

夏希は缶ビールを出してきた。


「夏希はさあ、危なっかしくて見てられないんだよ。 大学の時も誰かしらに奢ってもらったりして、面倒見られてたじゃん、」


「まあね、」

コンビニの袋からお菓子をたくさんだした。


「ねえ、そういえばさあ。 前に言ってたその大阪行っちゃったカレシ、どうしたの?」

彼女は興味津々に身を乗り出す。


「ど、どうしたって・・」

夏希はどぎまぎする。



「この前、戻ってきたけど、」

恥ずかしそうに言った。


「ほんと~~? んじゃ、いよいよだね~~。」

缶ビールを開けながら春奈はニヤついた。


「いよいよ?って?」

夏希も缶ビールを開けてきょとんとした。


「も、ほんっと! コドモなんだから、夏希は~~!」


「え?」


「けっこうつきあって経つんでしょ?」


「ど、どうかな。だってこの前まで大阪だったし。 去年の暮れくらいから・・」


「え、じゃあ、結構経ってるじゃない。 なに、それなのに、まだ何もないの??」

すっごく突っ込んで聞かれて、


「あ~~~、う~~ん、」

夏希はいきなり狼狽し始めた。

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