第33話 もうすぐ(1)

「おまえってほんまに真面目やな。」


「は?」


「ほんま、やーなガキやと思ってたけど。 まあ、おれの100倍は真面目やな、」

志藤は笑った。


「な・・」



いきなり何を言い出すんだ、この人は・・


だけど。

部下のこともきちんと把握して

大きな広い心でいつも見守っている。


仕事ができるってだけじゃ。

この若さで取締役なんか

なれないんだろうな。


社長が

こんなわけわかんない人を

買ってるってことが

どうしても理解できなくて。


やっぱ

負けるなあ。



高宮はふと微笑んだ。




「そういや、正式に決まったんやろ? 4月1日から。」

志藤はポケットの中のタバコを探りながら言った。


「え、あ・・ああ はい。」


「良かったな。 おれ、なんだかんだ言って引き止められて戻ってこれへんちゃうかなあって思ってた。」

と笑う。


「まあ、何とか戻って来れそうです、」


「加瀬も、喜んだろ。」

タバコに火をつけた。


「えっ。 あ~、喜んでくれてたんでしょうか、」

彼女の名を出されて、顔を赤くした。


「っておまえらつきあってるんやろ~? なに、その自信なさげな発言、」


「つきあってるって言っても。 ずっと離れてた状態だし。 彼女も男とつきあったありしたことがない子だし、いきなり、濃い関係とかになっても…」


酔ってきて

言わなくてもいいことまで言ってしまった。


志藤は、そんな高宮にアハハと笑って、


「そんな真面目くさって。 大人の男女なんやから、そんなもん自然に行き着くやんか、」

煙をふうっと吐いた。


「な、なんか。 一応彼女は大人ですけど。 中学生とかみたいで。 あんまりいけないこととか、しちゃいけない感じもするっていうか、」

しどろもどろになった。


志藤はちょこっと真面目になって、


「ま、あんまり『いい人』にならないように。」


と言った。


「え?」


「『いい人』になると。 あとで後悔する、」



その言葉の意味が

のちのち

彼らの関係に深く関わっていくとは

高宮は夢にも思わなかった。




やってもやっても

終わる仕事ではないのだ。


わかっていても。

あと10日で区切りをつけなくてはならない。


高宮が大阪にいられる日が

終わりに近づくと、理沙に引き継ぐ仕事がてんこもりで。

二人は毎日夜遅くまで残業していた。


「今日は早く帰ったほうがいいよ、」

高宮は時計を見た。


「まだ8時ですから。 もう少し。」

理沙はパソコンに向かいながら言った。


「あんまり遅くなると心配だから。 水谷さん一人暮らしだし。 もういいよ。 今日はホント、」

と言われて、理沙は仕方なくパソコンに打ち込んでいた文書をセーブした。


「メシ、奢ろうか。」


帰り際彼女にそう言った。


「え、」


「ほんと。 毎日よくやってくれてるから、」


いつわりない気持ちだった。

年が明けてから、彼女は本当に毎日頑張っていた。


「・・はい、」

理沙は静かにそう言って頷いた。


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