第32話 秘密(4)
なんだか
わかるようで
わからない話。
高宮は志藤の表情を伺った。
「ほんま。 栗栖が来たばっかのころは、めっちゃいい女やけど。 誰も寄せ付けないような雰囲気があって。 みんなと協力するとかそういうことは全くなくてな。 仕事はできたけど、どんどん一人で突っ走ってどうしようもなかった。 まあ、人なんか信じてこなかったんやろし? 今思えばしゃあないのかなあって思うけど。大阪でも会社内で女友達なんか一人もいなかったみたいやし、そんな噂されても何を言われても、全然平気みたいな顔してたんやって。 そうやって虚勢はってないと・・生きていかれへんかったって。」
すっごく遠まわしだけど
彼女がどれだけ荒んだ時をここで過ごしてきたか
想像がつくくらいの話だった。
「斯波さんとは・・」
「ああ・・。」
志藤の顔がようやく崩れた。
「ま、もう斯波のがひとめ惚れみたいなもんやったみたい。 あの男、あんなんやからめっちゃわかりにくかったけど。 う~~ん。 それもいろいろあってなあ。ま、出会って3~4ヶ月で一緒に棲んじゃたし。 栗栖も斯波にはなんか惹かれるもんがあったんやろな。」
高宮は黙って志藤の話を聞き入った。
「栗栖は母子家庭なんやけど。 お母さんが15の時の子なんやって。」
「え・・」
「もう、それだけで。 想像つくやろ? 栗栖も一人で生きてきてん。 誰にも心を許さずに。 自分を高めるために男を利用して。 まあ、運命みたく、斯波と惹かれ合っていったんやろなあ。」
志藤は頬杖をついた。
「そのいきさつは事業部の人間は全員知ってるし。 それわかってて栗栖のこと見守っていこうって。 斯波とのことも。 ああ、加瀬はなんも知らんと思うけど。」
志藤はふと微笑んだ。
きっと
彼女にとって
畠山の愛人をしていたなんてこと
まだまだ序の口のことなんだろう。
もっともっと
すごいことを経験してきて
さんざん人から裏切られて。
生きてきたんだろう。
「斯波と出会ったおかげで、栗栖もようやく普通の女の子として人を好きになって。 人間らしい心も取り戻して。 今は幸せやと思うで。 そんな幸せを、二度と手放して欲しくない。 人がなんて噂をしても。 信じてほしい。」
最後は
高宮に懇願するように志藤は言った。
人を
信じる。
おれはずっと
自分しか信じてこなかった。
夏希の真っ直ぐな瞳を思い出す。
彼女のその瞳の輝きが
自分にはなかったから。
だから
どうしようもなく惹かれていったんだ。
「おれは今の栗栖さんしか知りませんから。 加瀬さんのことを本当の妹のように、世話を焼いてくれる彼女のことしか。」
高宮はまた焼酎のアルコール感にむせそうになりながら、少しだけそれに口をつけて微笑んだ。
「…ん。」
志藤はまたメガネの奥の優しい目を彼に向けた。
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