第19話 母の上京(2)

南は時計を見て


「もうお昼やん。 加瀬、お母さんを食事にお連れして、」


と夏希に言った。


「ああ、ハイ、ええっと。」


どうしようか迷っていると、スっと斯波が近づいて無言で夏希の手に何かを握らせた。



「・・??」


その手の中を見ると1万円札が小さく折りたたまれたものだった。



そのまま出て行った斯波の背中を見やる。


「は~~、キザ~。」


南は笑う。


「い、いいんでしょうか。 1万円も、」


戸惑う夏希に


「いいんだよ。 ホラ、あんだけカッコつけたんだからさ。 受け取ってやらないと、」


肩を叩いた。



昼休みを終えて、夏希一人戻ってきた。


「あれ、お母さんは?」


南が言うと、


「なんか六本木ヒルズに行きたいとか言って、勝手に行っちゃいましたよ。」


と笑う。



「元気なお母さんやな。 いつまでいるの?」


「明日の午後、帰るって言ってます。」


「じゃあ、今晩一緒に食事しようよ。 あたし予約しとく、」


「ありがとうございます!」



そう言った後、いつものようにデスクで黙々と仕事をする斯波に近づいて、


「あのっ。ありがとうございました! 母もすっごく喜んで!」


一礼した後、おつりを差し出した。


「え? こんなに残ったの??? いったい、何食ったの?」


と驚くくらいのおつりだった。


「ほんと田舎者なんで。 あんまり洒落たとこだと食べた気がしないんだそーです。 いいんです。 ああいう人なんで、」


夏希は笑顔で言った。


「そう・・」


ブスっとしてそのお金を財布に戻した。


「でも、斯波さんってすっごいいい人だねって。 あたしは大学2年の時に寮を出て一人暮らししてたけど、母にしたらほんっと毎日心配でどーしようもなかったんですって。 でも、ああいう人が隣にいてくれたら安心だって。」


ほんと。


こんなわけわからない娘を


一人で


東京になんかやって。


心配じゃないわけがない。


おれでさえ


もう心配でたまらないのに。




夜は南が北都の系列のホテルのレストランを予約してくれて、萌香も加えて夏希と夏希の母の4人で食事をした。


「も~、こんなステキなホテルでお食事なんて。 ほんとありがとうございます、」


母は大感激だった。


「いいええ。 せっかくいらして下さったんですから。 あたしにはこのくらいしかできませんけど、」


南はにっこり笑う。


「でも社長さんの息子さんの奥さんと一緒に仕事してるなんて、この子ひとことも言ってくれないから、」


夏希を小突いた。


「お母さんに言ってもどーにもなんないじゃん・・」


「いえいえ、そんなえらそうなもんとちゃいますから。 お母さん、どんどん食べてください。」


「夏希はちゃんと仕事をしているんでしょうか。 ほんっとガサツな子で、」


母は心配そうに言う。


「ガサツは余計だよ~」


夏希は母が何を言い出すのかドキドキだった。


「加瀬さんはほんっとに元気で。 まあ、失敗もしますけど。 さっきお昼をごちそうしてくれた斯波なんかすんごい怒ったりするんですけど、実はこの子のことが心配で心配でどうしようもないんです、」


南の言葉に萌香はクスっと笑った。


「そうですか、」


母は少しホッとしたようだった。


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