例の部屋からひょっこりと怖い女の子が覗いてる?!

高峯紅亜

第1話 バス内


 四組の生徒総勢二十六人を乗せたバスはみるみる山奥へと進んで行く。気持ちの良いほど空は綺麗に晴れ渡っているが、彼等の心には靄がかかっていた。普段東京に住み慣れた脳天気な生徒たちは徐々に不安にかられていく。


 バスの一番後ろの席にふんぞり返って座る古賀大輔こがだいすけは大きな欠伸をすると隣に座る三浦蘭々みうらららの耳元に囁いた。


「なあ、都市伝説なんて信じるか?」

「都市伝説?そんなの嘘に決まってるじゃん」


 常にクールな表情を保つくれあは表情を変えずに即答した。顔の彫りの深い彼女はよくハーフに間違えられ、多くの男の目を引く。

 それが嬉しいのかもっと間違えられるように最近英語に力を入れ始めた。


「そうかなあ。」


 大輔は不安そうにつぶやくとくれあの肩に手を回し、車窓を眺めた。蘭々は彼の肩に頭をもたれさせると安心したように目を閉じた。



 窪田孝宏くぼたたかひろはこっそりと携帯の液晶画面に指を滑らせていた。四六時中ゲームをしている典型的なゲーマーの孝宏の目元はやつれており隈ができていた。今最もヒットしているゲーム「エイリアン・クラッシュ」のラスボスを倒している最中だ。小学一年生のときに入学祝いでおばあちゃんに買ってもらったニンテンドーDSが全ての始まりであり、孝宏をゲームの世界へと導いてきた。

 もうゲームと八年間の付き合いになる。


「お前またゲームかよー。」


 先程からずっと寝ていた森山悟もりやまさとるは体勢を起こして孝宏の携帯を覗き込むなり言った。


 大きく膨れた顔と腹は野生の熊を連想させた。しかし決して熊のように毛深くはなく、髪の毛は薄い。バスの発車時にみんなにバレないように食べていたクッキーのカスがまだ口角に付いていた。よくとれなかったもんだ。


 孝宏は一瞬悟に目を向けたがすぐに画面上に視線を戻した。まだ赤い龍が画面一面に立ちはだかっている。しばらく黙ってゲームを見ていた悟はゲームの内容を理解できないのか、孝宏の方にクルリと背を向けると再び眠りに入った。


「食っては寝るから太るんだよ、おまえは。」


 孝宏はそうぼやくと携帯を両手で持ちラスボスを倒す姿勢に入った。



 四組の担任である大山総一朗おおやまそういちろうはバス内用マイクを手に取るとアナウンスを始めた。


「君たちに言いたいことがある。高校二年生である君たちにはこの桜合宿はもう二度と経験できない。この合宿で学ぶものは多いぞ。体をスポンジのようにして吸い取るんだ。一秒一秒大切にするんだぞ。」


 総一朗の話に耳を傾けている者は誰一人としていない。今の時代にはなかなかいない強烈な熱血教師のせいか多くの生徒から敬遠されている。ホームルームは毎日四十分以上。全部総一朗の熱弁である。

 しかも独自の世界観をもっており、いつも独特な柄のネクタイにビビットカラーのスニーカーを履いている。そのため生徒内でのあだ名はガラガラヘビだった。


 眼鏡をかけた中年のおじさんは辺りを見回し満足そうに頷くとマイクを元の位置に戻し、座席に腰を下ろした。



 バスの中央に座る清水雅也しみずまさやは前から後ろへと流れる景色を眺めながら考え事をしていた。目鼻立ちの整った日本人離れした彼の顔が窓ガラスに反射していた。

 視線を外からバス内に向けると前方の座席に鈴木真理すずきまりが親友の前田陽菜まえだひなと愉しそうに歌っている。歌手名は思い出せなかったがこの歌には聴き覚えがある。


 雅也は密かに真理に想いを寄せていた。入学式当日教室に颯爽と入ってきた真理を見た瞬間雅也の心は彼女に奪われた。ルックスはもちろん掻き上げられた長い黒髪に高身長でスタイルも良く、全てが完璧だった。何度か話したことはあったがあまりの緊張に内容はほぼ覚えていない。追いかけても追いつかない、雅也には真理は高嶺の花であった。そんな彼女に雅也はこの合宿を使って想いを伝えるか伝えないか頭を悩ませていた。

 憎たらしいほどの美少年は頬杖をつくと再び車窓を眺め始めた。



 バス内でもやはり一人で座っている柴原貴子しばはらたかこは先程からバスの隣を並走している車の運転手を狐のようなつり上がった目でキッと睨みつけていた。

 眼鏡の奥が冷たく刺すように光っている。なぜ皆愉しそうに話しているのか。貴子は人が愉しそうに何かをしているのを見るのが嫌いだった。後ろで愉快に歌っている真理たちもそうだ。なんだこの汚い歌声は。

 貴子は鼻で薄く笑った。貴子は自分の怒りが徐々に露わになっている事を悟った。貧乏ゆすりが徐々に大きくなる。その貧乏揺すりから発生する振動と怒りは身体全体に伝わっている。この世の全てが気に食わない。何を見てもイライラする。このクラス、学校、全部全部滅びればいい。自分には友達なんていう者は一人もいない。中学生のときからそうだった。醜い容姿とこの性格からか誰も近寄ってなんか来なかった。嫌な記憶が貴子をやにわに襲った。

 やっぱり私には友達なんてできないんだな、と自嘲気味に笑うと鞄から真っ赤な水筒を取り出し乾ききった口の中を少量の水で潤した。



 真理は自分のお気に入りの歌を親友の陽菜と歌い終わると身体の向きを後ろに変えた。無意識に雅也を探している自分がいる。彼を探している瞳は微かに茶色に輝いている。雅也を意識し始めてから何かが真理の中で大きく変わった。


「あれ、まさか真理......誰探してるのかな?」


 陽菜がニヤニヤしながら肘で真理の腕を小突いた。陽菜には全て話してある。


「声大きいよ!」


 真理は素早く体勢を元に戻すと陽菜を小突き返した。すると彼等の後ろから何かがうっすらと聞こえ始めた。


 二人で一斉に後ろを見ると荒木弘幸あらきこうきが口を大きく開けて爆睡している。独特な話し方とその声があまりに特徴的なため全校生徒に知られており、人気者だった。特に女子から人気なため来年のバレンタインデーには誰よりも多くのチョコを獲得するのではないかと推測されている。

 もちろん弘幸にはそんな事は頭も片隅にもないのだが。


 二人は顔を見合わせクスッと笑うと姿勢を戻し次はしりとりを始めた。



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