人間レコーダーは手放しちゃいけない

ちびまるフォイ

見てるだけのアットホームなバイトです

アルバイトの指定場所に来ると道具も何もなかった。


「本当に、見ているだけで1日10万円なんですか?」


「ああ、そうとも。ちょっとばかり準備がいるがね」


館の主人はコンタクトレンズと小さなチップを見せた。


「これから君には私を24時間365日、ずっと見ていてもらう。

 自分が監視カメラになったと思えばいい。


 このレンズとチップを組み込めば、

 君がその目で見た内容は脳内に記録されるから」


「人間監視カメラ……。でも、それだったら監視カメラの方がよくないですか?」


「監視カメラは視野が狭くなるし、なにより威圧感がすごい。

 『この家は他人を信用してませんよ』と見せつけるようなものだ。

 だから、君のような人間監視カメラが必要なんだ」


「わかりました、やってみます」


それから監視のバイトが始まった。

館の向かいにある部屋をあてがわれ、そこでずっと監視を続ける。

気分はまるで浮気調査の探偵だ。


「そろそろ家を出るころだな……あ、やっぱり」


アルバイトを続けていくと、主人の行動パターンも見えてくる。


主人が家を出れば監視役の俺もその後ろを尾行するように記録する。

「どこでどんな危険があるかわからないから」ということで監視をつけたらしい。


「まるでドライブレコーダーだな」


日に日に脳内には主人の尾行データが蓄積されていった。


最初こそ楽しくバイトしていたが、

仕事になれてくると監視だけの単調さが辛くなってくる。


行動も主人に合わせて行うために、ろくにトイレもいけない。


「はぁ……もう辞めたいなぁ……」


灯りが消えた主人の家を遠目から眺めて、ため息をついた。

俺も眠ろうかと思ったとき、怪しげな人影が館へと近づいているのが見えた。


「えっ?」


慌てて目をむいて、必死に窓から見える向こうの館を脳内に焼き付ける。

男たちは玄関を避けて窓に近寄ると不穏な動きをし、窓から館に入っている。


「あれ、空き巣じゃないのか!?」


アルバイト始まって以来のはじめて役に立てる瞬間が訪れた。

必ず顔を記録してやるとじっと監視を続けた。


しばらくして、家から1人の人影が玄関から出てきた。


「くそ……暗すぎて顔が見えない……!」


1人の人影は玄関から何度か出入りしていた。それだけだった。

翌日、主人に昨日のことを相談することにした。


「あの、昨日は大丈夫でしたか?」


「昨日? なにかあったのかね?」


主人は気付いていないようだった。

気付かれずに盗まれたのか。盗まれてたならもっと取り乱すはず。


「いえ、なんでもないです」


空き巣に入られてましたよ、なんて言えば、黙っていたことを怒られるかもしれない。

そう思って何も言わずに外に出たとき庭に掘り起こしたような跡があった。


「あの、これは?」


「ああ、昨日から家庭菜園を始めようと思ってね。

 まだ芝が定着してないんだ。それがなにか?」


「いえ……」


自分の脳内に記録されている映像を思い出した。

数人の空き巣が入って来たのに、玄関からは1人の男が出てくるだけ。


その違和感から主人が昨日なにしたかすぐにわかった。



――それが、なにか?



主人の冷たい顔が頭をよぎる。


昨日の空き巣たちは主人により始末されたのだろう。

音も痕跡もない手際の良さから、これが初めてではないはず。


俺が監視役につけられたのも、自分が仕損じたとき用のバックアップ。

館から逃げ出すやつは俺の脳内で記録されるわけだ。


「ど、どうしよう……通報すればもうこのアルバイトはできない。

 でもこのまま見続けるのも……」


手がぶるぶると震えた。

それでも、俺は金よりも正義を取った。


『はい、こちら警察です。どうかしましたか?』


「実は……殺人現場を見たんです。犯人を逮捕してください」


間もなく警察は主人を逮捕した。


「ああ、これで俺のバイトも終わりか……」


黙っていればもっと稼げたのだろう。それでも後悔はなかった。

第一発見者として俺も警察署に呼ばれた。


「君が通報した人だね? 実は困っているんだ」


「困っている? 犯人はあっているでしょう。

 自宅をくまなく探せば死体も出てくるはずです」


「証拠もないのに捜索はできないんだよ。

 だから、君の脳内データを見せてくれるかな。

 君は人間監視カメラをやっていたんだろう」


「はい、かまいませんよ」


俺の脳内データを証拠品として押収した警察はデータをもとに館を捜索。

まもなく庭をはじめ、地下室から隠し部屋まで大量の死体と金品が見つかった。


「この館の主人は税金のがれの金品を大量に隠していた大富豪だったよ。

 死体もあらゆる場所に隠してあった。空き巣に来た人間を殺しては

 その臓器をもお金に変える守銭奴だよ。おそろしい」


「そうだったんですね……。やっぱり通報してよかったです」


「それじゃ最後の面通しをしよう」


「え? このタイミングで?」


取調室に隣接する小部屋へと連れていかれた。

マジックミラー越しに主人の顔が見える。取調室からは鏡にしか見えないだろう。


「なんでこの期におよんで面通しなんですか?

 もう犯人は決まっているでしょう」


「ああ、だが念のためだよ。誤認逮捕は避けたいからね」


警察の人はなぜか手袋をつけ始めた。

マジックミラーの先にいる主人を指さした。


「館の主人は、あの男で間違いないね?」


「はい、間違いありません。俺が見たのはあの人です」


俺が首を縦に振ると、警察は窓越しに発砲し取調室の主人を撃ち殺してしまった。


「なにしてるんですか!? 犯人を殺すなんて!!」


「犯人? 何を言ってるんだ。犯人はいるじゃないか」


警察は主人よりも冷たい顔でこちらを見た。


「君は監視生活のうちに金に目がくらみ主人を殺害。

 所有者が死亡したことで、この男の金品は我々警察が預かる」


「な、なに言って……。俺はこれを見てるんですよ!?」



「脳内レコーダーは警察がすでに預かっている。

 君の口だけの証言と、我々が提示する加工済みの証拠映像。

 信じられるのはいったいどちらかな?」



警察はにいと白い歯を見せてほほ笑んだ。

やっぱりあのとき通報するんじゃなかったと後悔した。

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