第13話 13俺自身。
平原の家から戻ると、ひなちゃんのお祖母ちゃん、はなこばあちゃんが、紺色の布地を持って出迎えてくれた。
「 おかえりなさい、夕陽、 ひーちゃん、拓人くん」
「 ただいま、おばあちゃん。あっ浴衣あったんじゃ、良かった」
「 あんたの言うた通りじゃったわ。ウチの箪笥の奥におさめてあったわ (しまってあったわ )」
「 じゃろ? おばあちゃん、使わん
二人のやり取りを聞きながら、その浴衣をどうするのかなと思いつつ、俺は、拓人さんと一緒に茶の間に向かう。
茶の間では、茂兄さんが、おにゃんこさんを膝に乗っけて、新聞読んでた。
――重くないのかな?
「 お帰り。夕陽、拓」
「 ただいま、茂兄さん。ねっ、はなこばあちゃんとひなちゃん、浴衣出しとったみたいなけど、今日何かあるん?」
「 ああ、今日、夏祭りある言うとったで。ほれ、公民館の側で、毎年やりょうるじゃろ( やってるだろ)ひなが、お前と拓連れてく言いよったで」
「 ああ、夏祭り。俺、去年も一昨年も行っとらんけぇ、忘れとった」
毎年、この町では、この時期になると、町の中心にある公民館で夏祭りが開催されるんだ。小さな田舎町だけど、地元の商店街の人が屋台を出して、かなりにぎやかだ。
「 夏祭りに行くんなら、浴衣を夕陽に着せるつもりじゃないのか?」
「 えっ? 俺が着るの? ひなちゃんかも知れんじゃろ」
「 服部さんが、使ってないって言ってたろ? 夕陽に着せるつもりで、探したんだと思うけどな」
「 そうかな」
拓人さんにそう言われても、納得いかないというか、ピンとこない。
一ヶ月と少し前まで、男の子だったんだ。その俺に、浴衣着せようって思わないんじゃないかな。
まぁいいか、夏祭り楽しみだな。早く夕方にならないかな。
「 夕陽、ちょっと来て」
「 何?」
夕方の五時半過ぎ、茶の間で数学の問題集を広げてたら、ひなちゃんに呼ばれた。
「 何って、夏祭り行くけぇ、着替えるんよね。時間無いけぇ、はよ(早く)来て」
「 えっこの格好じゃ駄目?」
「 駄目。せっかく彼氏と夏祭りに行くのに、Tシャツと短パンで行くなんてもったいない。可愛い格好したら、林原くん絶対喜ぶよ」
「 えっ?えー」
俺は、ひなちゃんに引っ張れて、奥の部屋に連れていかれる。
「 お祖母ちゃん、夕陽連れてきた」
「 ひーちゃん、ありがとう。ほれ、夕陽こっちきんさい 。はなこばあちゃんが、べっぴんさんにしちゃるけぇ」
「 うぇぇ?」
間抜けな声が出ちゃった。 はなこばあちゃんが、手に持ってるのは、昼間見た、紺色の布地――浴衣だ。
「 綺麗じゃろ?」
「 うっうん」
紺色に朝顔の模様が施された浴衣は、とても綺麗だ。
でも、こんな綺麗なのは、俺には絶対似合わない。
「 ほれ、今着とる服抜いで」
「 うん」
はなこばあちゃんは、俺の考えを見抜いているのか、俺が口挟む隙など与えぬように、説明しながら、ちゃかちゃかと浴衣を着付けてしまった。
「 最後に髪にこれつけてと、ほれ出来た」
「 お祖母ちゃん、終わった?」
淡いブルーに花柄が描かれた浴衣を着たひなちゃんが、顔出す。はなこばあちゃんは、ニコニコと手招きする。
「 ひーちゃん、あんたも見てみんさい、夕陽、べっぴんさんになっとるじゃろ?(なってるでしょ?)」
「 うん 」
嘘だ。似合わないのに、無理して誉めてるんだ。そんな事、言うたらいけん。頭の隅っこじゃそんな風に考えてるのに、 俺のイラついた気持ちの方が、上回ってしまったんだろう。頭の
「 絶対変じゃし、似合わないのに、無理して誉めようんじゃろ!」
やちゃった。きょとんとした顔で、俺を見てるよ。
「 そんな訳なかろう( そんな訳ないでしょ) 夕陽、あんたも見てみんさい」
ひなちゃんは、そう言って、姿見の布を外した。
半信半疑ながら、俺は姿見の前に立ってみた。
「 これ、俺?」
「 ほうよね。( そうよ)他に誰が写っとんよ」
「 えっだって」
そこには、゛女の子 ゛がいた。
いつも見慣れた ゛音無夕陽゛のはずなんだけど、紺色に朝顔の模様が描かれた浴衣と白い花の髪飾りをつけた゛女の子 ゛の音無夕陽。
自分でもよくわからない表現だけど、ちゃんと、着飾る事で、自分が女の子なんだと自覚出来る。
「 はよ(早く)行ってきんさい。拓人くん待っとるよ」
「 いってきます」
「 行ってらっしゃい」
外に出ると、昼間と同じ服装の茂兄さんと、甚平を着た拓人さんがいた。
「 べっぴんさんになっとるのぉ、夕陽 。拓もそう思わんか?」
「 えっはい 。めちゃくちゃ可愛いです」
「 本当?」
「 本当、めちゃくちゃ可愛い」
嬉しい。誉められて、すごく嬉しい。
さっきまで、いじけてた自分馬鹿らしく思えてきた。
――自分が一番自分の事を、女の子として、認めてなかったんだ。
ひなちゃんもはなこばあちゃんも、茂兄さんも、それから、拓人さんも、きちんと、゛女の子 ゛として見てくれてるのに、俺自身だけが、見れてなかった。
ちょっとだけ、自分が成長したような気がするそんな夜だった。
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