第21話 南関東地区にて

「――あ、そ」

窓の外を眺めながら、マリリンはつまらなさそうにあごをしゃくった。

「あのババアが、ね」

報告した斥候部隊のドスケベアーミーはその無関心さに戸惑っていた。

アーマード倫理観の死亡の確認。また、アーマード倫理観率いる西地区部隊の壊滅。残存した兵力はアーマード倫理観の死により活性化したレジスタンス組織によって襲撃され、今や西関東地区はドスケベアーミーによる統治が困難なレベルになり、食料供給に滞りが出てきていること。そのどれもが想定しがたく、またそれによりドスケベキングの統治が揺らぐ事態が起こりかねない重大な事件のはずであったが、南関東地区の将であるマリリンはさしてぼんやりと窓の外を眺めている。


「――マリリン様」

マリリンの横に絶えず佇んでいる側近のドスケベアーミーがマリリンに声をかけると、少しそちらに目をやったあとマリリンは報告した兵のほうを向いた。

「状況は把握しました。報告はドスケベキングにも連絡します。ただし援軍は、ドスケベキングの意向を確認してから送るわ。それまでは多摩川の防衛ラインから東をメインに残存兵力で現地の徴収活動を実行して。」

戸惑いながらも報告したドスケベアーミーは部屋から下がる。


恐らく、多摩川以西はアーマード倫理観が死んだ今、レジスタンスが蹂躙しているだろう。

関東各地区の統治はドスケベキングはそれぞれの将に完全に任せており、その統治はドスケベキングが許す限りドスケベ四天王同士であっても指示も介入もできない。

西地区部隊内に置いた内通兵から、アーマード倫理観が死の直前に横浜辺りの農村を気分で虐殺したこともあり、レジスタンス以外の農奴たちもドスケベアーミーに不信感を抱いているだろうことは明らかだった。

「――だから忠告してあげたのにね」


八景島突入前にマリリンは表向きは南地区からの援軍を入電したのは、万が一アーマード倫理観に何らかの不測の事態が発生した際の保険であった。

アーマード倫理観はマリリンを嫌っているようであったが、マリリンはアーマード倫理観にさしたる感情は持っていない。

ただ、その影響で隣接する自分の領土へ影響が出るリスクを潰したかっただけだ。

ただ、その意図はアーマード倫理観本人にはどうやら伝わっていなかったようだが。


マリリンの傍らに佇むドスケベアーミーを見つめると、彼は小さくうなずいて部屋をでた。これで西地区の状況が、アーマード倫理観の件も含め恐らく今日のうちにドスケベキングの耳に入るだろう。

恐らく西地区の新しい将が決まるまでは北地区の将のジョーか、南地区の将のマリリンが事態の収拾にあたることになるだろう。

ただ、それを行うのは今すぐには難しい。現状の基地から徐々に武器と情報を引き上げさせ、一旦多摩川から東側の防衛線を再構築しなければならない。

ジョーの気まぐれな性格を知るマリリンからすればそれらの雑務は恐らくマリリンに降りかかるだろう。マリリンにとっては何とも頭の痛い作業だ。


アーマード倫理観の配下の兵は戦闘力は高いものの、頭の回る指揮官が少ない。

それはアーマード倫理観がすべて自分で支配し指示することに固執したからである。何よりも彼女は彼女自身の暴力によって支配を望んでいた。

マリリンは彼女の武力至上主義を好ましいとは思っていなかった。

悪書セイバーやアーマード倫理観は民衆には理解する頭脳がないため圧倒的な暴力で支配すべきという考えであったが、マリリンは二人とは少し考えが違っていた。

「――どうやって利用しようかしらね」

マリリンは支配を、力を、そもそも人間を信用していない。

いくら力でねじ伏せても民衆たちは定期的に武装蜂起し盾突くものだ。それを統治するには力だけではだめなのだ。


「シンヤ――」

部屋へ戻ってきたドスケベアーミーにマリリンは呼びかけた。

「――『準備』の時間はどのくらいかかるかしら」

シンヤは2秒ほど思考を巡らせる。

「必要生産人口分でしたら、2週間ほどかと」

「――じゃあ少なくとも3か月、ほっときましょう」

返事を聞いてやる気なさげにマリリンは手を振り、それを合図にシンヤは再度部屋を出た。


1か月。

レジスタンスたちも一枚岩ではない。

最初のうちはお互いに協力を誓い合うだろうが、もともとレジスタンスたちもそれぞれ求めるものが異なる。徐々に『どうすれば自分たちが支配階級になれるか』を考え始めることになり、やがてそれは誓い合った協力の内側から歪みとなって噴き出してくるだろう。

だが、それでいい。

レジスタンスたちにせいぜい潰しあってもらっている間にまず防衛ラインを再構築する。

蠱毒の最後の1匹をドスケベアーミーが正義の名の元に殺すことで、民衆に『ドスケベを禁じる呪い』を掛けるのだ。


マリリンはまたぼんやりと窓の外を眺める。

空は昼間にもかかわらず夕暮れのように暗く、今にも雨が降りそうな気配だった。

それは『あの日』に似ていて、マリリンはいつまでも外を眺めていた。

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