第15話

『ステージ』の上のゆりえお姉ちゃんはとても綺麗だった。


『たいいくかん』という場所はお部屋の電気を消したみたいに暗くて、まるで全部の光が全てお姉ちゃんに集められてるみたいだ。


絵本にでてくるようなお姫様の姿をしてお姉ちゃんの綺麗な声が聞こえてくる。


「ああ……なんて綺麗なの」


隣にいたお姉さんが言うように僕もそう思った。


 僕はゆりえおねえちゃんが大好きだ。 ずっと一緒に居たい。


 たとえいっぱい叩かれても……。






バチリと音がして僕のほっぺがピリピリする。


「駄目な子ね‥‥。本当に駄目な子」


もう一度ほっぺたをたたかれる。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


ほっぺたはすでにビリビリとした痛みになってる。


まるでそこだけお風呂に入ってた時みたいに熱くなってる。


 僕はただごめんなさいと言い続けてる。


僕は『悪い子』だったのでゆりえお姉ちゃんにたたかれてしまった。


『本当にしょうがない子ね、もう貴方なんか知らないわ』


そう言って背中を向けるお姉ちゃんの足にすがりついて僕はあやまる。


「ごめんなさいお姉ちゃん、僕、いい子になるから捨てないで!」


 必死ですがりつく。 お母さんやお父さんに捨てられるよりも僕はお姉ちゃんに嫌われることの方がとても怖い。


だって僕は生きててはいけない人間だから、僕はとても醜い子だから、お母さんもお父さんも可愛いよというのは僕が二人の子供だから仕方なく育ててくれているんだから。


お姉ちゃんがそう言ってた。


お姉ちゃんは頭も良いし、みんなに好かれてる。


だからお姉ちゃんの言うことはいつだって正しいんだもん。


ふとお姉ちゃんの柔らかくて良い匂いのする足の下に一匹の蜘蛛がいた。


モゾモゾと動いて何本もの足が気持ち悪いその蜘蛛をゆりえお姉ちゃんは踏み潰した。


グリグリと足を地面に押しつけたあとに上げると、蜘蛛はぺちゃんこになっているのにピクピクと脚だけが動いている。


「ヒイッ!」


声をあげた僕が楽しかったんだろうか、お姉ちゃんはその潰れた蜘蛛を持ち上げるとそれを僕の顔にペタリとつけてきた。


「ほら‥‥、見て。まるで君みたいね。どうしようもない程に醜くて気持ちの悪い‥‥みんなから嫌われてるところもそっくり」


 グチャグチャとした感触と蜘蛛の足が刺さってチクチクとする。


[や、やめて……」


 後ずさって逃げようとする僕の髪の毛をお姉ちゃんが掴む。


「なにそれ、逃げるの?私から……」


 お姉ちゃんの口調が怖くなった。


「ご、ごめんなさい……」


「私の聞いたことに答えなさいよ……君は私から逃げるの?私のすることが嫌なの?」

 

「ヒッ……に、逃げないよ……お、お姉、ちゃ……ん」


「それじゃ笑いなさいよ、ねえ……嬉しいときは楽しいときは笑うのよ……」


「う、うん……う、嬉しい……な……あ、ありが……とう……お姉ちゃん」


 楽しかったことを思い出しながらそのときのマネをするとお姉ちゃんはやっとニッコリ笑ってくれた。 


「そうね、言わないとわからないなんて駄目な子ね」


「ホ、ホヘンナサイ……」

 

 掴んでいた髪の毛を離して今度は僕のほっぺたをつねって上にもちあげてくる。 


 でも今度はちょっとだけ痛いくらいだった。 」

 

 おねえちゃんは優しいな~。


「私が居ないと本当にどうしようもない子なのね、恭ちゃんは」


「うん、僕はお姉ちゃんが居ないとこの蜘蛛みたいな子供だよ」


 さっきお姉ちゃんに言われたことを思い出して言うと、初めてお姉ちゃんは嬉しそうに笑って僕の頭を撫でてくれた。


「そう、恭介は本当に蜘蛛みたいな子ね……君のことを好きになる子なんていないのよ……でも自分から認めたから少しだけ良い子ね」


 褒められると嬉しい。


 お姉ちゃんの綺麗な指が僕の頭の上で動いてる。


「恭介は良い子だからお姉ちゃんとしばらくバイバイしてても待ってられるわよね?」


「お姉ちゃん……どこかに行っちゃうの?」


「そうね……でもちょっとだけよ?いま恭介みたいな子をもう一匹見つけてね……その子の世話をしないといけないの」


「……どれくらい?」


「そうね、恭介がもう少しだけお兄ちゃんになったらまた相手してあげるわ……だから待てるわよね?」


「う、うん……でも僕、寂しいよ」


 お姉ちゃんのスカートを少しだけ握る。


 あまり強く握るとお姉ちゃんにまた叩かれるからいっぱい強くは握らない。


「そうね……お姉ちゃんも心配だわ。恭介が悪い子にならないかね……だからいいことを考えたのよ」


 お姉ちゃんが座りこむ。


 僕の目とお姉ちゃんの目が同じくらいの高さになった。


「お姉ちゃんの代わりにね……優香ちゃんと一緒にいなさい」


「どうして……僕、お姉ちゃんと一緒がいいよ」


「駄目よ、お姉ちゃんはとっても忙しいの。本当なら恭介の相手なんかしてられないくらいにね……」


「うん、ごめんなさい……」


「だからしばらくは優香ちゃんをお姉ちゃんの代わりにしておきなさい。優香ちゃんは嫌い?」


「ううん……優香ちゃんも好きだよ」


「駄目よ、恭介……優香ちゃんも恭介のことは嫌いなの。ただみんなと仲良しじゃないといけないから恭介のことが好きだと言ってるのよ」


「う、うん……ごめんなさい」


「忘れちゃ駄目よ……恭介のことを好きになる人なんていないの、お姉ちゃんだけがちょっとだけ好きだけど他の人は恭介のことは本当は嫌いなの、どんな人も君のことを好きになる人なんていないのよ……ほら見て、まるでこの蜘蛛のようにね。蜘蛛のことを好きだって子はいないでしょ?」


「うん……僕のことを好きになる人はいない……お姉ちゃん以外は」


「そうよ……だからちょっとだけ待っていなさい……出来るわよね?」


「う、うん……待ってるよ……僕、ずっと」


 そう言うとまたニッコリ笑ってお姉ちゃんは立ち上がった。


 そして僕の方を身ながら手を振って歩きはじめる。


「またね……恭介」


「待ってるからね……すぐに来てね、お姉ちゃん」


 お姉ちゃんは返事をしなかった。 ただ笑ってた。 怖い顔で笑ってた。


 そしてお姉ちゃんは消えた。 まるでテレビの電気を消したように居なくなってた。


 あれ? お姉ちゃんはどこに言ったんだろう?


 まるで魔法使いみたいだな~。


 さっきお姉ちゃんにつねられたほっぺたがあったかい。


 ヒリヒリじゃなくてあったかかった。

 

 なんだろうと触るとなんだかぬるっとした。


 何でだろうと手を見てみたら僕の手が赤い。


 あれ? これってなんだろうと思ってもう一度触ってみるとまた赤いのが手についた。

 

 服にもついてる。 赤いのがついてる。


 まるでクレヨンを溶かしたような赤い水が僕の服にいっぱいついてる。


 どうしよう……お姉ちゃんとバイバイしたばかりなのにこんなにお洋服を汚したらお母さんに怒られる。 


 そしたらお姉ちゃんにお洋服を汚したのがわかって嫌いになっちゃうかも。


 それを考えたら怖くなって泣いてしまいそうになった。

 

 そんな僕に気づいたのか大人の人が僕に声をかけてくれた。


 まるで怒ったように大きい声で僕の肩を掴んでくる。


『大丈夫か?』とか『凄い血だ、怪我は無いの』とか言ってる。 


 僕は痛くて泣いてるわけじゃないのに……。


 お洋服を汚してお姉ちゃんに怒られるのが怖くて泣いてるのに…。


 そういえばお姉ちゃんはどこに消えたんだろう?


 まるで魔法使いみたいに消えてしまったけれど、もしかしたらすぐ近くにいるのかもしれない。


 そう思ってキョロキョロしていると、大人の人が急に僕を抱きかかえた。


「見るな!」 


 と大きな声を出して。


 その大きな身体の隙間からお姉ちゃんが見えた。 


 ああ、お姉ちゃんはやっぱり消えてなかった。 


すぐそこに居たんだ。


 でもどうして僕がお洋服を汚したことを怒らないんだろう。 


 お姉ちゃんもお洋服を赤く汚してしまったからなのかな?

 

 そういえばお姉ちゃんってあんな形してたかな~?


 あとどうして壁にくっついてるんだろう? 


 シールみたいにお姉ちゃんが壁に貼りついてる。


 お姉ちゃんの手はどこに行っちゃったんだろう?  


 そしてお姉ちゃんはどうしてこの蜘蛛みたいになってるんだろう?


 僕の靴の前にさっきお姉ちゃんが潰した蜘蛛が地面に居る。 


 ペッタリと平べったくなってるし、身体からドロドロとした何かが出てる。 


 ピクピク動いていた足はもう動かなくなってるけれど、お姉ちゃんの足はピクピクと動いてる。 


 でもジグザグに曲がってる。 どうしてだろう?


 まるでお姉ちゃんが蜘蛛みたいだな~。


 大きい車から出てきたオジサンが何か叫んでる。


 あれ? お姉ちゃんはどうしたんだろう? 


 あれ? お姉ちゃんは蜘蛛になっちゃった?


 あれ? それじゃ僕は蜘蛛じゃないのかな?

 

 あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ?

 あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ?

 あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ?

 あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ?

 あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ? あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ? あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ? あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ? あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?


 アレ? ソレジャボクハダレ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る