裏切り
湫川 仰角
雨中の猫と僕の裏切りについて
夜道の向こうから、野良猫が一匹歩いてくる。
「ニャァ」
猫の姿を消したり照らしたり、等間隔に並ぶ街灯が猫の黒い毛並みを映し出す。
やがて僕らは通りすぎる。何が起こるでもなく、僕と黒猫はすれ違う。
✳︎✳✳︎
「ムャァ」
21時30分。
冷たい雨から逃れる様に、木造二階建てアパートの古い階段下でそいつは鳴いていた。屈むように覗き見ると、光の射さない洞穴の様な空間に、痩せ細って濡れ鼠と化した猫が一匹、丸くうずくまっていた。
普段の僕であれば、何をしてやる事もなく見て見ぬふりをするだろう。けれど今日は単なる気まぐれか、それとも「少しは自分で考えろ」と上司に説教を食らったせいか、いつもと違う行動を取ってみる気にもなっていた。
そう束の間逡巡するが、どこにでもいる薄汚い野良猫にかける温情など、僕は持ち合わせていなかった。それに、見知らぬ何者かに優しさを分け与えてしまったら、自分の中にあるなけなしの優しさの総量が減ってしまう気がしたのだ。
自分で考えた結果、僕は見て見ぬふりを決め、階段を登り切った先にある自宅へと向かった。
玄関を開けた時にもう一度、か細い鳴き声が聞こえた気がした。
「………………」
玄関からワンルームの廊下へ入ると、流し台の横にあつらえたかの様な缶詰が一つ。
マグロが描かれた少し高級そうなパッケージに包まれたそれは、正しくご飯のお供にしか見えない。側面に小さく、猫の顔が描かれていること以外は。
「…………」
買った本人としては今なおこの缶詰は人間用に見えるし、むしろ今だからこそ最初から分かって買ったのだと言って差し支えない。愛玩動物として今や不動の地位を築いた猫にとって高級なものが、人間にとって低級であるはずがないのだから。むしろ昨今では人間より良いものを食べているかもしれない。故に僕が腹を括り、今晩の主菜に据える予定だったことも納得できる決断なのだった。
「……」
ただ、本来の使い道があるのならばその通りに使うことが製造メーカーの本意であろうし、寒々しく震えて過ごす畜生に人間サマの気まぐれな優しさを施してやるのも吝かではない。先ほどの逡巡の結果も、こうして前提が変われば結論もまた変わってくる。だからこれも、自分で考えた結果に違いないのである。
そうと決まれば話は早い。汚れてもいいジャージに着替えていると、タンスの中からくしゃくしゃに押し込められた雑巾が出てきた。
玄関を開けると、雨はますます激しく降り荒び、水無月もクソ喰らえと雨音を炸裂させていた。
「ムャォ」
猫は変わらず、階段下の狭い隙間で丸まっていた。みすぼらしい赤サビ柄が濡れてダマになり、いかにも野良然とした風体だ。雑巾越しに撫でてみようかと思ったが、変な病気を持っていそうで止めておいた。
赤サビの野良猫はせいぜいチラリと横目で見るだけで、逃げようともしない。缶詰を開け顔の近くに置いてみると、猫はチラッと僕を見やり「ムァ」と一声。風体も鳴き声も、ふてぶてしくてあまり可愛くない。いつ食べ出すかとジッと見ていたが、食べるどころか動く気配すら見せなかった。缶詰をもっと近づけてみても、最早見ようとさえしない。
「なんだよ、いらないのか」
問いかけに答えるつもりがあるのかないのか、猫は目を伏せたまま動かない。耳だけがくるくると忙しない。
「まぁいいや、置いておくから」
そう言い捨て階段を登る。家に入る前、廊下から階段下を覗き込んでも猫の姿は見えなかった。
拍子抜けもいいところだ。あの様子ではそのまま放置され、ただ開けただけの缶詰を明日丸々捨てる羽目になるかもしれない。
僕としては食べようが食べまいがどちらでも構わない。構わないが、もし食べてくれたなら、それは僅かばかりでも野生を従えたということになりはしないか。ひいては、僕が何者かに与えた憐憫がその何者かの糧となり、何者かにとっての特別な施しに形を変え、やがてはその何者かに畏敬を抱かれるのではないか。少なくとも、恵みを与えたという不慣れな欲求を充たす精神的満足感は得られるかもしれない。
「まぁいいや」
呆れるほどの小市民ぶりだ。ほんの数十分前にたまたま見かけた汚い野良猫に、自分の欲求を満たす行動を期待している。
持っていた雑巾を洗濯機に放り込んだ時にようやく、気が向いたら濡れた体を拭いてやってもいいなどと考えていたことを思い出した。
「野良猫相手になんでそこまで」
寝付くまで、度々階下の猫が頭に浮かんだ。あの変な声で鳴く赤サビ柄の猫。終いには缶詰を喜んで食べている様を思い浮かべ、流石に期待が過ぎると一人で苦笑いした。
翌朝、階段下の缶詰は一口も減らないままそこに置かれていた。
昨日から梅雨入りしたという空は曇天に覆われ、さざめく霧雨が鬱陶しいほど湿度を高く保つ。べったりとした空気が肺に流れ込み、気分もそれに引きずられるように暗澹に沈みこむ。
恥ずかしいものを見てしまった気がして、努めて何のリアクションもしないよう、気のない風を装ってその場を素通りした。
何も気にすることはない。もともと食べなくてもいいという程度の考えであったし、帰ってきたら片付ければいいだけのこと。
「こんなもんか」
猫がどこへ行ったかすらどうでもよくなって、胸の中にあった欲求の熱が急速に冷めていく。
「行ってきます」
言う相手もいないのに、僕はつぶやくように言った。
結局、その日はずっと霧雨が降っていた。土砂降りよりはいいが、それでもスーツで外回りをするには傘が手放せないし、気分も晴れない。こういう日は誰かしら虫の居所が悪いのは常で、引き継ぎしたばかりの案件について身に覚えのない叱責を上司から喰らった。その後もさしたる良いことはなし、できるだけ目立たないよう、大きな行動をしないよう、事務処理に徹して1日をやり過ごした。
定時と同時に逃げる様に退社。ちょうど霧雨も止んでおり足早に帰路につく。途中、酒とつまみを買いにいつものコンビニへ。乾き物を探していると、あの缶詰が目に留まった。
繰り返すが、その缶詰はどう見ても人間用のツナ缶にしか見えない。そもそもこのコンビニは人間用のつまみのすぐ隣にペット用品が置いてあって、人間用とペット用のちょうど境目のところにその缶詰が陳列されている。おそらく僕以外にもたくさんの人が惑わされているに違いない。
ふと、缶詰を階段下に置いたままにしていることを思い出した。野良に下手に餌をあげると居着いてしまって、衛生上良くないとどこかの掲示板で見たような気がする。アパートの管理人に何か言われるかもしれない。一日くらい大丈夫だとは思うが、外聞は気にかかる。
そしてあの猫。野良が毎日特定の場所に戻るとは考えにくい。せっかくの缶詰を食べてくれなかったのは残念だが、もう会うこともないだろう。
アパートに帰ると、階段下には空になった缶詰が転がっていた。
「……ふふん」
あの赤サビ柄の猫が食べたとは限らないし、他の野良が漁っていったと考える方が自然だ。それでも僕は、あの赤サビが食べたのだと疑わないし、のっそりと缶詰を食べ始める光景もありありと思い浮かべることができた。だからなぜか、本当によくわからないが誇らしい気持ちになり、転がっている缶詰を持ち帰りきちんと捨てた。
「今日は来ないか」
今晩は雨宿りの必要はないだろうし、猫用の缶詰も都合よく持っていない。そしてやはり野良猫に餌をやるのは良いことではない。もうやめておこうと考えながら、人間用のつまみの缶詰を開け、酒を飲み始めた。
「……」
ある程度晩酌が進んだ頃。別に猫用の缶詰でなくても野良ならなんでも食べるんじゃないかと思い始めた。
「…………」
目の前には人間用のうまいコンビーフの缶詰。餌にするにはややもったいない値段だが、きっと食べるに違いない。
「…………ふふ」
缶詰に残った食べ残しのコンビーフを必死に舐めとる野良猫。嗜虐趣味はないつもりだが、その光景にはいくらか征服欲がくすぐられる。
「よし」
コンビーフをあらかた食べ終えると、残りカスをあえて残したままにする。今から階段下に置いて明日の朝片付ければ、管理人にもばれないはずだ。
足早に玄関を出て、カンカンと音を立てながら階段下へ。相変わらず真っ暗い僅かな空間。その奥の方、覗き込まないとわからない所に缶詰を置いた。
日中の霧雨が残した高い湿度が、夜更けの静けさに拍車をかける。誰も見ていないところで誰にも見られないように缶詰を置く。それが何だか悪い事をしている様な、例えば人知れず爆弾を仕掛けているような心持ちがして、レモンを置いて興奮する何某はこういう心情なのかと思い、つられて興奮してしまう。
明日、どうなっているだろう。
楽しみにしている自分が変に可笑しくて、寝るまでずっとにやにやしていた。
翌朝、寝間着のまま確認しに行くと、コンビーフは昨夜と寸分違わず残っていた。
「むぅ」
すごすごと缶詰を片付ける。目的を達せず尻尾巻いて逃げ帰ってきたこそ泥のような心境だ。
「猫ってコンビーフ食べないのかなぁ」
検索してみると『食べられるけれど人間用は塩分過多なのであまりあげない方がいい』と出てきた。
「そうか……」
野良なんて今更塩分がどうとか気にしないと思うのだが、本能的に避けたりするのだろうか。
「サバに鶏肉……普通だな。蟹味噌は流石にもったいないしなぁ。えぇ、豆……?」
気がつけば、人間と猫が共通して食えるものを探していた。そればかりか、得られる情報をあれこれと吟味してはブツブツ呟いている。
こうなったら意地だ。人間サマの施しを受けさせるため、そして精神的充足を得んがための意地。せっかく差し出したものを無下にされる悔しさを含んだ対抗心とも言える。
「よし。次はこの缶詰だ」
その晩以降、僕にはひとつの習慣が出来た。
晩酌に買ったつまみの缶詰を少し残しては、夜な夜な階段下の暗がりに置いておき、朝になったら片付ける。それを毎晩のように繰り返す。
中身など最初からほとんど残っていない缶詰は、何の変化も無いように見えて時々確かに減っていることがあった。それがなんとも愉快でたまらない。
来る日も来る日も、相手の気持ちを引きどうにかして食べさせようと、手を替え品を替え趣向を変えた。基本的には食べ残しの缶詰を置いておくだけでも、目立たないところに置いてみたり、味を薄くしようと水を足してみたりだ。人間の匂いを警戒しているのかもしれないと、先に餌用の分を取り置くこともあった。
そんな涙ぐましい僕のささやかな配慮にあっても、野良猫はさしたる変化もなく食べたり食べなかったりした。好みを知ろうと缶詰を複数置いてみたこともあったが、全部食べない時もあれば、以前は食べなかったのにある時は食べるなどとなかなか摑みどころがなかった。
ただ、そんな夜毎の習慣にあっても当の野良猫には最初の日以来会っていない。
だから本当にその猫が食べているのか未だに知らないが、僕のこの習慣はきっと彼の、あるいは彼女の習慣にもなっているはずだった。それを想うと、缶詰を置く瞬間やけに緊張している自分がいた。それは缶詰を爆弾に見立てる妄想の産物ではなく、もっと別の高鳴りに違いなかった。
どちらかというと、これは『文通』なのだろう。
想い人の下駄箱に手紙を忍ばせる時のような、精一杯気のないふりを装いつつ他愛ないやり取りを積み重ねるような、そんな緊張感。
推し量り慮り思い煩うが故の高鳴り。もっとも、僕にはそんな甘酸っぱい恋の経験などなく、それもやはり妄想でしかないのだが。
とにかく、言葉はおろか、同じ人間ですらない相手との『文通』——ストレートに食欲に訴えかけるから『食通』かとも考えたが——は、奇妙な習慣として僕の日常の限られた部分を彩った。
そうしておよそひと月もの間、僕と野良猫との『文通』は続いた。
「あっ」
動きがあったのは、じきに梅雨も空けようかという頃だ。アパートに帰宅すると、いつもの階段下に張り紙が張られていた。
『最近野良猫に餌をあげている人がいます。衛生管理上問題があるため、やめてください。』
確かに一ヶ月も毎晩毎朝繰り返していればさすがにばれる。それにこの『文通』は端から見れば、夜中に男が階段下に潜り込みそわそわしながらゴミを置いていき、毎朝一喜一憂して自分が置いたゴミを回収している様に見える。
だが、そんなこと今はどうでもいいのだった。
「ムガォ」
その張り紙の裏に、まるで餌をあげられているのは自分だと主張するかのように、赤サビの猫が丸まっていたからだ。
「久しぶり」
まるで古い友人に出会った時のような挨拶。
「やっぱりお前が缶詰食べてたんだろ。置いてたのは僕なんだぜ」
初めて出くわした時と同じように、猫は特に反応を示さない。でも、何となく警戒心が薄いような気がするのは希望的だろうか。
「ムェー」
「なんだよその鳴き声……」
思わず笑ってしまうくらい気の抜けた鳴き声だ。
「よし、決めた。ムーちゃん。いや、オスかメスか解らないや。ムーさんだな」
鼻にかかったような鳴き声から、僕はその猫を勝手にムーさんと名付けた。
「ムーさん今日はどうしてここに? 雨も降ってないのに」
ムーさんは何も答えず、尻尾をパタパタと上げてはおろす。
「挨拶しに来てくれたのかニャ」
最後の“ニャ”は言い切る勇気が出ずほとんど声に出ていない。
「……やめやめ」
猫相手に独り言を繰り出し、あまつさえ語尾に“ニャ”をつけるなど、恥ずかしいにも程がある。
明らかに言葉が通じない相手だと、人はむしろ饒舌になるのかもしれない。だからと言って、テレビに出てくる猫飼いの連中が話す赤ちゃん言葉は理解し難い。
なぜ人は小動物を見ると途端に幼児退行した言葉を使いたがるのか。小動物という存在が人間の幼少期を彷彿とさせるからなのか。小動物だとしても見た目が小さいだけで、その実年齢は自分より上ということもあるだろうに。
「じゃあまたな」
わざと素っ気無く切りをつけ、階段を登る。今日のところは何もしてやれることはないが、何かしてやれるとしたら自分しかいない。大家さんにもバレてしまったことだし、今後を考えるべきかもしれない。
このまま放っておくこともできるが、大切な『文通』相手の最後が音信不通では何とも寂しい。明日もう一度見かけたら、なんとかしようと僕は思う。病院に行って検査してもらって、予防注射とかしてもらおう。ムーさんがオスかメスかもわからないけど、避妊もした方がいいかもしれない。ただの文通から交際へ、曖昧な関係はそろそろ実を結ぶ時だ。
これまでの『文通』を通して猫の習性はある程度調べているが、飼うとなれば寝床や下の世話など、改めて知らなければならない情報は数多くある。
そんな折、ネットで一つの記事を見かけた。
『死に様を飼い主に見せないようにするため、猫は死期を悟るといなくなってしまう』
擬人化に過ぎるバカバカしい言説だと思う。さらに画面をスクロールすると、関連した内容で別の記事もあった。
『猫は死に際になると、安心できる静かな場所を求めて彷徨い歩く。死に際を見せまいとしていなくなるように感じられるが、安心出来ない要素から離れているだけだ。その安心出来ない要素は、飼い主も例外ではない』
「そんな、身も蓋もない」
正直すぎる理由だが、まだこちらの方が納得できる気がする。
死に瀕してなお甲斐甲斐しくやかましく世話されるのを好まない輩は、人間だろうと猫だろうと一定数いるはずだ。
誰もいない、誰の目にも触れない場所でひっそりと生涯を終えようとすることは、完全に自分のために行える最後の自己実現なのだろう。
「ま、関係ないか」
愛着はあるがムーさんは所詮野良猫で、今のところは僕の飼い猫でもない。野良猫がたまたまアパートで雨宿りをしていて、そこへ僕が偶然通りかかり、たまたま間違えて買った缶詰をあげたに過ぎない。その後飼うわけでもなく、不毛な餌付けを続けてしまっただけ。
この餌付けを文通と表現したのは的確だったかもしれない。文通をしている間は堪らなく高揚感を感じていたのに、いざ本人に会ってみると途端に冷静になってしまう。人の心は移ろい易いが故に度し難く、本人も理解しきれぬままに興味は転回していく。
そう思ったからこそ、翌朝に僕の日常は以前と変わりなく戻ってきた。
翌朝、ムーさんはいつもの階段下で丸くなって死んでいた。
そして僕は、その唐突過ぎる出来事に何の感慨も抱かなかった。
飼い猫ではない。
その言葉だけが僕がムーさんを説明する言葉であり、僕とムーさんを繋がない言葉だった。そこに愛着はあっても、愛情は生まれていなかった。
僕はムーさんの亡骸を近くの河川敷に埋めた。
結局、僕の『文通』が本当にムーさんと交わされていたものだったかはわからない。あの階段下には別の野良猫もたむろしていて、僕の『手紙』は本人に読まれることなく笑い者にされていただけだったのかもしれない。
けれど、今でもやはり僕はムーさんが食べていたのだと信じているし、ムーさんも僕が置いているのだとわかっていたように思える。一月に及んだ『文通』は、僕とムーさんを弱々しくも繋ぎとめていたはずだった。
それももう、終わってしまった。
一方的な片思いを抱くことが、自分をなんとも想っていない相手には甚だ迷惑であることは恋愛経験の少ない自分でもよく分かる。
結局ムーさんに何をしてあげられていたのか、今の僕に知る術はない。
はた、と気がつく。
『猫は死に際になると、安心できる静かな場所を求めて彷徨い歩く』
もしムーさんが死に場所を求めてあの階段下にたどり着いたのだとしたら。僕がムーさんの今際の際に土足で上がり込んでしまったのだとしたら。階段下を死に場所と見定めたムーさんがその場所に何を期待していて、僕が何をしてきたか。
もしかしたら、ムーさんが求めた最後の期待を僕は——
✳︎✳✳︎
道を歩く猫が何を期待しているのか、わかるはずもない。だからこそ、彼らが何を求めているかを知り、それを与えてあげたい人が大勢いる。
だが少なくとも、今後僕は猫を飼うことはしない。何をするでもなく、そのまますれ違うだろう。期待には、答えられそうもないから。
「ニャァ」
夜道の向こうから、野良猫が一匹歩いてきた。
裏切り 湫川 仰角 @gyoukaku37do
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