ビーチクラブ

@miyamotohitoe

第1話




ヒグマに襲われたらどうする?自分の女と二人でいてさ、北海道旅行なんかに行って道路の真ん中でも泊まってるホテルの庭でも川べりでもなんでもいいからばったりヒグマに出くわすの、その時フジケンならどうする?そうタケはビーチクラブの個室で訊いた。フジケンは顎鬚を触りなが覗くように応える。そりゃあ逃げるよ。

逃げるって言っても一人で逃げるのか二人で逃げるのかどうなんだよ、それもどうやって逃げるかが重要でさ、相手は500キロの筋肉の塊だからね。

そう言ってタケはいつも冗談を撒き散らしてウイスキーを飲む。「氷が入ると酔いがまわりにくくなるから僕はいつもストレート飲むんだよね、というかお酒はあんまり好きじゃないから酔えたらいいんだ」と言い、決まって一番先に酔う、そしてビーチクラブの入っているビルの非常階段で吐く。

ちょっと考えさせて、多分俺なら女と一緒に逃げるかなぁ、女が逃げればいい、俺はヒグマと戦ってやるよ、世間体とかじゃないよ、俺はさ、女を守りたいんだよ。だから自分は先に死んで、時間を稼ぐね。

「 ばっかみたい」細くて綺麗な指で煙草をふかして、そよかが呟く。そういう男が一番先に逃げそうだわ、あかんたれのハッタリかもねぇ。

フジケンは不貞腐れ足を組み直しマティーニのオリーブを口で転がす。

そよかはいつもフジケンに当たり厳しいからなぁ、そよか、化粧よれてきてるよ、綺麗なお顔が台無しだよ、あと少し酔い過ぎね。滲んできたアイラインを指ぬぐってやる。ありがとう、タケは優しいわね。とそよかがタケにウインクする。

千秋、千秋はどうするの?なんか聞き回るのねんどくさいなぁ、自分から言ってくれよ。あぁ、ごめん、自分にも聞かれると思わなくて、千秋が謝る。ねぇもしそよかちゃんが男ならどうするの?千秋がそよかに振る。

千秋はこの四人の中で一番大人しいが酒を飲んでも飲んでも潰れない、だから酒の弱いタケが吐く時はいつも背中をさすって水を持ってきてやるのは千秋の役回りだ。

私が男だったら当たり前だけど女を逃してやるなぁ。フジケンは飲んでいた酒を咳き込む。なんだよ、そよか、お前も結局女を助けるのかよ、テーブルが少し揺れた。タケと千秋が笑いながらフジケンを見る。こらオカマがなに笑ってんだよ、はやくお前どうするか言えよ。僕は、と間を置いて千秋が応える。そりぁ僕も女の子だけは逃げて欲しいと思うよ、その身代わりになると言うかフジケンが言うような感じじゃないよ、助けるという感覚ほど立派なものじゃなてさ、ほら僕ってあんまり生きたいとか思わないから、そんなフジケンやタケやそよかちゃんみたいに楽しい人生を送って来なかったからさ、じゃあ僕が食われるからその隙に逃げてねって感じ。それでも僕、多分一発で熊に骨へし折られると思うし女の子が逃げる時間なんか稼げないんじゃないかなぁとも思う、だから、僕の場合は結局二人とも食われるかなぁ。あら本当だ。細いねぇ、そよかが千秋の手首を触る。これ私の手首なんかよりずっと細いかもね。

タケは?とそよかが訊くといつの間にかタケは居なくなっていた。千秋が個室を出ようと立ち上がる。仕方ない奴だなぁとフジケンが呟く。千秋行ってあげて、最近タケ飲み過ぎだから心配してるの。お水も持って行ってあげて。

勢いよく個室の扉が開いた。ガォー、タケが熊のお面を被って入ってきた。三人は一緒に笑う。みんな僕が居なくなったからって外に吐きに行ったんだと思ったでしょ。はにかみながらタケがお面を取る。あとみんなもっと笑うだけじゃなくて逃げたりさ、反応してよ、フジケン、そよかのことかばってないじゃない、女の逃げる時間稼ぐんじゃなかったのかよ。「だってこいつは俺の女じゃないもん。」

そよかがフジケンの肩をきつく叩いた。それ本気なの?あんた私のこと好きじゃないの、これ私が酔っ払ってるからって言ってるんじゃないからね、あんたどうなのよ。

千秋が間に入ろうとしたがタケが止めた。

お前が何を言ってる全くわからないよ、それよりタケが好きなんだろ、お前タケに優しくされると嬉しそうな顔するじゃん。何言ってるの、タケは大切な友達よ、もう私たちが21の時からこうやって飲んでるのよ、タケも、私も何もないわよ、それに友達が友達に優しくするのは当然でしょ、タケは友達よ、それにさ私はね、そよかが手元にあったタケのウイスキーを飲み干す。私はフジケンのことが好きなの。

フジケンは眉間に皺を寄らせて開いた口が塞がらない。タケは千秋に驚いた顔のまま、「こんなつもりじゃなかった」と小声で千秋に漏らす。

なんとか言いなさいよ、フジケン、わたしはずっとあなたのこと好きだったのよ、なんでこんなこと女の子に言わせるのよ。なんとか言ったらどうなのよ、そよかの声がどんどん震えてくる。

まだ黙ったままのフジケンにタケがほら、フジケンなんか言ってやれよと肩をたたく。千秋はそよかに落ち着きなと言って座らせ、水の入ったグラスを渡してやる。

フジケンがそよかの隣に座る。

少し結露している窓から外を眺めると雲で月が隠れている。雨がふりそうだなぁとタケは思った。

立ち上がって下を覗くと週末とはいえ人通りも少なくなっていて車もほとんどがタクシーに変わっていた。おそらく26時くらいだろうか、今日は遅くなりそうだなぁ、どうせ遅くなるなら、こいつらほっといてまたボトルでも入れてカウンターで千秋と飲もうかなあと考えていたら、千秋がねぇ、タケ、僕たちはカウンターで飲み直そうよ。あとね、フジケン、僕は態度や喋る言葉、名前だってオカマみたいだけどフジケンよりは男らしいと思ったよ。フジケンが黙ってるのは自分もそよかちゃんのこと好きだったのに先にそよかちゃんに好きだって言われたからでしょ、情けない気持ちはわかるけど、黙りこくってるはもっと情けないよ。それこそ本当のオカマ野郎だよ、フジケンはオカマ野郎だ。ねぇ、そよかちゃん僕はね、このタイミング言うのはおかしいと思うけどね、しっかり聞いてほしいことがあるんだ。そよかちゃんのこと好きなんだ。そよかは黒い涙を流しながら千秋の顔を見上げる。え、わたし?タケがこりゃ駄目だと顔に手をやり溜息をつく。黙っていたフジケンの手が膝の上でぎゅっとこぶしを作りボソッと呟いた。千秋、さっきお前俺がオカマだって言ったよね、それ当たってるよ。いや、言いすぎたんだよ、フジケンごめん、と千秋が謝り、部屋から逃げるように出て行った。

お前たちには言ってこなかったんだけど、俺は男が好きなんだよ、タケ、俺はお前のことが好きなんだよ。


ここビーチクラブに来る客は夜な夜なアルコールと寂しさで感情の旋律を作り出す。その旋律は時として奇妙な物語となる。





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