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「お客様がご所望のカクテルはこちらではございませんでしょうか」

 赤い酒が満ちたカクテルグラスを彼女に差し出す。それを見た彼女の瞳は戸惑ったように揺れている。

 うん、そうだよな。

「申し訳ございません。バラの花びらは当店に用意がございませんので」

「あ」

「実はあのバラは、お連れ様がお持ちくださったものなんです」

「えっ、そうだったんですか!?」

 彼女はパチパチと瞬きを繰り返す。やっぱり知らなかったよな。あれは彼に頼まれてやったんだよ。

「お客様がとてもバラがお好きだからと」

「そうなんですね」

 ふわっと彼女の表情が和らぐ。以前に彼と一緒に来店してくれた時、記念日だからカクテルにバラを入れて欲しいと彼に頼まれていたのだ。

「嬉しい」

 薄く頬を染めて、彼女は愛しそうにグラスを手にしてそっと口へ運んだ。

「・・・あの時のお酒と同じ味がする」

 よかった。これで違うと言われたらどうしようかと思った。一応自信はあったけど。

「今日はご一緒ではないのですか?」

 特徴的な指輪だったから、きっと彼とはまだ続いているに違いない。もし違ってたらごめん。

「実は彼、遠くへ行ってしまって」

「え」

 まじかごめん。

「あ、違うんですよ! 遠くってそう言う遠くじゃなくて」

 どういう遠く?

「転勤になったんです」

「おや、そうだったんですね」

 ちょっと焦った。

「簡単に会えるような距離じゃなくなったんですけど、新幹線に乗ればすぐに会えますから」

 地名を聞いたけど“新幹線に乗れば”の時点でかなり遠いのに、それでも“すぐに”と言えるのは凄い。きっと彼女たちにとってその時間は本当に“すぐ”なのだろう。

「実は言うと、彼に付いて行きたかったんですけどね。まだそういう訳にはいかないから」

 グラスの脚を指輪のはまった指で遊びながら言う。

「だから早く一緒に居られるように、頑張ろうねって言っているんです」


 「また来ます」と言って彼女は店を後にした。「今度はジャック・ローズの名前を忘れません」と笑顔で残して。

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