悠久を生きるチート勇者は諸事情により保護したチート魔王(略称)と共に無双する

彩野遼子

プロローグ.勇者と依頼と出会い

――「勇者」と呼ばれる存在がいる。

世界の危機から人々を救うため、諸悪の根源である魔王を討伐するの者の総称の一つであるが、彼らは魔王を討った後、どのように自分達の生活に戻り、どんな日々を過ごしているのか。

とあるアンケート調査結果によれば、魔王との長きに渡る戦いに疲れ果て自らの故郷に戻ってからは前線から退き平和で穏やかな時を過ごしている者が圧倒的に多いが、様々な事情で戦いに再び身を置いている者達も少なくはない。


そんな中で、変わり種とされるのが異世界で隠居生活を送る者達だ。

何故住み慣れた世界や古郷ではなく異世界で?という問いに彼らの答えは一貫している。


曰く。

――「平穏」を求めるなら、自分を勇者だと知る者が微塵もいない世界に行くのが一番だ、と。






季節は春である。

満開に咲き誇った桜の木々は時折吹く温かく心地いい春風が吹く度にはらり、はらりとその薄紅色の花弁を散らし、たっぷりと水分を含んだ水彩用の筆で描いたかのように淡い水色の空は夕日に照らされ、薄ピンクに染まりつつある時間帯。

都内近郊の夜辻坂町。

その外れにある夕辻神社では最近、『夕暮れ時にこの神社の敷地内にある林に囲まれた溜め池に近付くと化け物が現れ、喰い殺されてしまう】という噂が小中学生を中心にまことしやかに囁かれていた。

そして――。


≪グルゥアアアアアア!!≫


「――遅い!」


そんな噂の溜め池の化け物討伐の依頼を受け、一人訪れていたおれ――日守陽ひのかみひなたは真っ正面から飛び掛かってきた体高は恐らく優に一メートルを超えているであろう影そのもののような真っ黒な体躯に血のような赤い目をギラギラさせた化け物――体の凹凸はないけど、シェパードとかに近い姿を持つ犬型の『魔獣』と呼ばれる異形を右手に握った剣で両断しもう何度目か分からない溜息を付いた。

それまでは気配も何もなかったはずなのに日が沈み始めた途端地面から湧き上がる様に姿を現した魔獣達は斬っても斬っても全く減ろうとしない。


「ああ、もう! キリがないっ!」


腹立たし気に叫んだ勢いのまま右手の剣をさらに真横に一閃すれば、≪ギャウウウン!!≫という断末魔と共にまた一体の魔獣が肉片一つ残さず掻き消える。


≪ガァウ!!!≫


次いで背後から飛びかかってきた一体は振り向き様に左手の剣で同じように横に斬り払い、間髪入れず横から飛びかかってきたもう一体の体躯に一切容赦のない蹴りを叩き込み、吹っ飛ばす。

斬り払った方が掻き消えたのを確認してから視線を前方に向ければ次から次へ地面から涌き出る魔獣の後ろ、禍々しいオーラを放つ立ち枯れかけている一本の桜の木が目に入る。


どうやら今回の魔獣達を生んだ元凶――【怪異】の正体はアレらしい。


「あれ昼間見た時一本だけ花をつけてなかった……。成程、そういう事。――そんなに瘴気を纏ってちゃ花なんて咲かせる余裕なかったよね。」


≪グルガァアアアアアアア!!!≫


次の刹那一斉に飛びかかってきた魔獣に地を思い切り蹴り高く飛び上がった瞬間、バチリとおれの体の回りで放電が起き、弾ける。


「悪いけどこれ以上時間かけると怒られちゃうから一気に行くね……! ――消えろおおおおおっ!!」


そのままぶんっと両腕を振り下ろせば、雲一つない夕暮れの空から無数の雷が降り注ぎ、魔獣達と桜の木に直撃した。

凄まじい閃光が辺りに満ちたのは一瞬。


光が収まると魔獣は愚か、桜の木さえも跡形もなく消滅しているのを確認するとほっと息を肩の力を抜いた。


「……とりあえず、依頼完了っと。」






話の発端は数時間前。


「忘れないうちに渡しておくね。はい、これ今月の依頼書。」


応接間のソファに腰を下ろしカップに注いだ琥珀色の紅茶を一口飲んだ途端、あ、と手をわざとらしく叩きバインダーに挟まれた依頼書の束を差し出してきた白シャツに黒のスラックスと黒のクロスタイ、黒のローブコートに身を包んだ夕焼け空をそのまま溶かし込んだかのような朱鷺色の髪に少し目尻が下がった柔和な光を宿した髪と同じ色の切れ長の瞳を持つ女性と見間違う程の美少年なんだけどどこか腹黒い、外見年齢だけで言えば十代後半に見える友人――花坂來衣はなさからいのその一言から始まった。


「…………來衣。」


夜辻坂町の北東に広がっている昼間でも薄暗く地元の人でも滅多に近付かない涼音野森の奥にひっそりと建っている青色の屋根に白い壁の二階建ての洋館――おれの自宅に一か月ぶりに来たかと思えば、挨拶もそこそこにそう宣わった彼の側に立ったまま腕組みし半眼で見遣る。

その受け取らないというおれの意思表示気が付いた彼がすぃっと瞳を細めひょいひょいとバインダーを上下に振った。


「とりあえず依頼内容はまずうちからで、夜辻坂町の溜め池に最近出るって言う噂の『魔』の調査討伐他三件。次が【アレスシャロル】からでリトフィニトっていう世界で異常発生している魔獣の討伐依頼。あとは騎士団からの団員欠員による応援要請とかその他諸々だね。」


「ねえ、來衣。」


「いやあ大ベテランは大変だよね。因みに依頼は厳選してるから安心して。」


「來衣ってば。」


「あーーそれにしても、陽が入れてくれた紅茶はやっぱり美味しい。この温泉饅頭にもよく合うし。ほら、陽も座って食べなよ。」


「う、うん。ってかお茶請けが温泉饅頭なのに紅茶でよかったの? 煎茶も出せたけど……。……じゃなくて! 話聞いて!? そもそも、おれ一応引退してるんだけど!?」


ぽんぽんと自らの隣を叩く彼に言われるがままに腰を下ろし、彼が土産と称して持ってきた温泉饅頭に手を伸ばしかけてハッと動きを止める。

このままだと彼のペースに飲まれ、最後には有耶無耶のまま依頼を受けているといういつものパターンまっしぐらだ。


そうはいくかと慌てて声を張り上げるときょとんとした來衣に「知ってるよ」とさらりと返された。


「……は。」


「――かつてとある世界の危機を救うため諸悪の根源である魔王ファウナーダを討った勇者、日守陽。その後、幾千とある世界を隔てる壁さえも飛び越える権限を持ち、他に害をなすありとあらゆる全ての『魔』を討伐する事を生業とする『上位互換版勇者』と評される討魔士となる。そこからは討魔士を統括するために設立された世界討魔士派遣協会【アレスシャロル】に身を置いていたけど、二ヶ月前いきなり引退を告げて退職。今はここ、夜辻坂町で縁のある者達からの依頼をたまにこなしながら悠々自適な隠居生活を送っていると。そういう事だよね?」


「う、うん。」


つらつらとそう述べた後確認するように尋ねられ、思わず頷くと來衣がはぁ、と息を付く。


「でもね、陽。勇者はともかく討魔士が常に人員不足ってのは君も分かってるだろ? 大半の勇者は魔王を討って役目を果たした後は平穏な生活を求めて戦いから退いちゃうし、勇者以外だと全ての魔を討てる程の器を持つ者自体が然う然ういない。だからこそ、大ベテランの君が引退した事は討魔士業界にとってかなりの痛手だった。――陽、何で討魔士を辞めたのさ。君は誰よりも必要とされてたのに。」


少しだけ固さを含んだ声と僅かに眉を寄せたその顔にまだ彼が怒ってる事に気がつき苦笑する。

そのままバインダーを持つ彼の手の上にそっと手を重ねて軽く握った。


「……あの時も言ったでしょ。【アレスシャロル】の目的を果たすためなら手段を選ばない強引さには前から辟易してたって。……それに、いい加減あそこは変わらないといけないって思ったんだ。五百年以上も前の――協会が設立した当時のカビ臭い固定概念はもう捨てなくちゃいけないって。そのためには、協会設立前から関わってるおれみたいなじじいがふんぞり返って頂点にいちゃ駄目なんだ。それに、今あそこにいる討魔士たちは皆本当に強くて頼りになるから。もうおれがいなくても大丈夫だって判断して、バトンを渡したつもりだよ? ……勿論、來衣に何も相談せずに決めちゃった事は悪いと思ってるし、反省もしてます。……ごめんね?」


「…………本当にそう思ってる?」


ジロリと睨まれ頷けば、來衣がはぁーーと大きく息を吐き出した。


「……まあ僕から雲隠れする事なく隠居先を真っ先に言いにきたし、完全引退じゃなくてはこうして依頼をすれば大体は受けてくれる分、うちとしては万々歳だったわけだけど、っと。」


「わっ!?」


重ねた手を逆に握り込まれると、ぐいっと思いきり引き寄せられ不安定な体勢で來衣の胸元に倒れ込む。

その強く抱き締めたら折れそうな細さに、來衣とほとんど変わらない体型のおれもこんな感じなのかなと思っていたらぺしりと頭をはたかれた。


「いったい!!」


「うるさい、今何か失礼な事考えてたでしょ、このもやしっこ。」


そのまま背中に腕を回されぎゅうっと抱き締められる。


瞬間、ふわりと鼻孔を擽ったのは來衣がいつも身に纏っている懐かしい『あの世界』の風の匂いだった。


その匂いと後頭部の髪を優しく梳かれる心地よさに段々体から力が抜けていく。


「…………もやしっこは來衣もでしょ。」


すりっと彼の胸元に頬を擦り寄せ、おれもまた來衣の背に腕を回しながら言えば、うるさいよ、と先程までの強張りが解けた彼本来の丸い響きの声が降ってくる。


「……でもさ。結果的には良かったわけだけど。それでも、やっぱり相談して欲しかった。僕は勇者じゃないけど、ずっと君の隣に在ったんだから。そして、これからもずっと君の隣に在るんだから。少しは頼ってよ。……――――。」


最後に耳元で囁かれた『名前』に瞳を伏せる。


「……ごめん。」


「謝罪は君の働きで返してもらうからいいよ。って事で、これ依頼書ね。はい、受け取る。」


「……はい。」


改めて告げればきっぱりと言い切られ再びバインダーを差し出される。

そう言われてしまえばもう断る事なんて出来なくて、渋々バインダーを受け取った。

ん、いい子。と笑いながらさらに頭を撫でてくる來衣に少しだけ理不尽さを感じてぐりぐりと彼の胸元に頭を押し付けていると後頭部をぽんぽんと軽く撫でた彼がにっこりと微笑んだ。


「じゃあ早速うちの依頼からよろしくね、『悠久を生きる』……御年千歳越えの勇者さん?」






と言うわけで。

「夜ご飯は作っておいてあげるからとっとと行ってきて。」とおれのである筈の自宅から追い出され、今に至るというわけなんだけど……。


魔獣や【怪異】の気配が完全に消えている事を確認してから両手に持っている全く同じデザインの剣を交差させる。


「『戻れ』」


そう呟けば応えるようにキィン、と一度だけ澄んだ鋼の音が響き、光に包まれた二本の剣がどんどん縮んでいく。

やがて光が消え、子どもが使うようなプラスチック製の赤い柄の鋏にかわったそれを無造作に着ているチェスターコートのポケットに突っ込むと改めてぐるりと周囲を見回した。


「そっか。この場所って……。」


瞬間、新聞で読んだ小さな記事が脳裏を過る。


人通りがほとんどない物淋しいこの場所では先週、仕事帰りの若い女性がカッターナイフを持った男に襲われるという事件が起きていた。

確かカッターナイフで手を切りつけられたものの、咄嗟に林に逃げ込んだ女性は軽傷。

それを追いかけて林に入った男性はタイミング良く折れて降ってきた一抱え程も太さがある木の枝が直撃し、足の骨を折るかなんかした筈だ。


新聞ではそれを地獄に仏みたいに言っていたけど、むしろ神社の敷地内でそんな事をしたから見事に怒りを買った結果だろうと言うのがおれの周囲での見解だった。

逆に夕辻神社に祀られている方を知っている者達は「よくあれで済ませたものだ。」とさえ言ってたし。


うん、まあおれもそれは思うけど、それはおいておくとして。


その事件の時、女性が一番始めに襲いかかられたのが確かこの辺だった。


「……成る程。カッターで切りつけられたって事は出血しただろうし、その血をさっきの桜が吸っちゃったんだね。多分、その女の人の恐怖や犯人の歪んだ感情とかの負の感情も一緒に。それにあの噂の力が加わって、【怪異】になっちゃったってところかな、きっと。……ただでさえ桜はこの世界では特別なもので、それが神社の敷地内にあるなら猶更穢れや瘴気は猛毒だったろうに。」


……辛かっただろうな、あの桜。


日が落ちてしまえば少し冷たさを帯びる春風が一際強くその場を吹き抜ける。

ざあああと音を立て大きく揺れた桜の枝から薄紅色の花弁がまるで雪のように舞い散るのを見遣り小さく息を付いた。


「……帰ろっかな。」


來衣ご飯何作ってくれたかなぁ。


そんな事を考えながら踵を返した次の瞬間、傍の茂みをがさりと大きく揺らしぬっと現れたのは、片方の頬が腫れあがり、左目の目元は殴られたかのか青く内出血している上に鼻にも出血した痕があり、さらに唇の端には未だ乾いてない血が滲んでいるというまさに満身創痍な様子の、年の頃は多分二十代半ばから後半。黒の短髪に、肩幅が広く均整の取れた男らしい体に長い手足を第三ボタンまで開けた白のシャツと黒のスウェットに包み、きりりと上がった男らしい太い眉とつり上がった二重の切れ長の白銀色の瞳、スッと通った高い鼻梁に形の良い薄い唇の精悍な顔立ちの男前な青年だった。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


明らかに暴行に会ったかのような風貌に咄嗟に青年に駆け寄りながらまさか他にも【魔】がいるのかと周囲を探りかけ、青年からかなり強い闇の魔力を感じ思わずびたっと足を止める。


「…………え?」


そのまま相手の射程範囲からぎりぎり外れているであろう距離で改めて青年を見遣れば、その満月を嵌め込まれたような白銀色の瞳がすぅっと細められ、苦し気に息を吐きだしている鋭い犬歯が覗く口元を三日月状に歪められた。


「――……っ、成程な。お前、勇者か……。」


「――――え。」


掠れ切った低く落ち着いた声が耳朶を打ったのは一瞬。

それにおれが答えるより早く、ぐらりと凪いだ彼の体がゆっくりと俺の方へ倒れ込んできた。

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