20160506:夢で会えたら

 ――独立の気風が強いのはその土地の性質と言えた。

 砂と岩が多くを占める土地にありながら、彼らは築いた街を維持し続けた。

 城壁を打ち立て、空を行く飛行機に睨みをきかせ、輸出輸入を制限し。

 人口抑制、医療の制限に国際的な非難を受けつつ、食糧自給率の一〇〇パーセントを達成した。

 何者にも寄らない国を自認して。ただただ孤高で有り続けた。


「私はそれが欲しいんだよ」

 老齢の域に差し掛かる年齢など感じさせずに、キミは軽やかに笑ってみせる。

 自由だと、言葉を笑顔に重ねながら。

「自由に生き、自由に死ぬ。個人の意思を尊重する。私はそんな国が欲しい」

 築山の上をゆく。幾人ものSPに常に周囲を見張らせながら。秘書を側に置きながら。

「自由か」

 青く黒くどこまでも高い空を見上げてみる。日のある日中見えるはずもないけれど。きらりとそれが光った気がした。


 ――彼らは、財団の再三の警告を全て無視した。

 門戸を固く閉ざしたまま、城壁をただ厚くしただけだった。

 財団は間接的な手段を講じる。細々とあった他国との接点を、一つ一つ潰しにかかった。


 キミの築いた城塞は、賛同者ばかりの共同体(コミューン)にも等しかった。高く頑固で狭苦しく、意思と絆とゆく当てのない焦燥感がそれを支えた。

「不健全だと、言いたいのだろう」

 知っているさと、キミは言う。それでもね。レコーダーを構える僕へごまかすでもなく言い放つ。

「私は彼らの代表であり、彼らの願いを体現していると信じている」

 人々は自由だった。自由に起き出し、自由に働き、自由に休み。契約というただ一つの約束のみで拘束され、生かすも殺すもそれすらも、自由が彼らには保証された。

 自己責任の名の下に。

「私の義務は、彼らの自由を犯させないこと。それだけさ」


 ――『強国からの独立を!』

 自由の旗の下に集った民衆は強固な連帯意識を持ち、世界に牙を剥いた。否、『世界』から消えることを望むかのようだった。

 情報を、経済を、人の生き死の全てを、財団が握る世界から。

 確かにあのとき、『国民』たる彼らは同じ方向を見ていた。

 消えゆく民族の生き残りとなった、強い瞳の女性を旗の下に据え置いて。


 歳を取った。彼女を国を撮り続ける僕のアーカイブの中、彼女のしわは増え続けていく。若かりし頃の理想を追い続けた瞳は、いつしか影を宿すようにと変わっていった。しわと白髪が増えたその分、財団からの圧力は増した。

 自由の名の下に餓死者が出た。疫病が流行り、過ぎていった。街にはスラムが生まれていた。貧富の格差は拡大した。

 理想解さぬ、若者が増えた。

「自己責任。それが自由の対価でしょう」

 瞳はまっすぐ前を見る。前ばかりを。

 僕は思わず、笑みを漏らした。漏れてしまった。

「忘れ物があることも、忘れてしまったのだね」

「忘れ物など、何もない」

 言い切る言葉に、力はなかった。


 ――統計の数字は当てにならない。それでも、漏れ伝わる数字から、情報を売る、その自由な行動の果て、推測することは可能だった。

 犯罪数は増加していた。検挙の数も右肩上がり。若者である率が高く、被害者は理想を抱いた第一世代が多かった。

 そして。死刑執行数は毎年記録を更新し続けている。


「海へ行きませんか」

 彼女にとっては何十年ぶりになるはずの海を僕はただ、見せたかった。

 SPを幾人連れても、秘書をぞろぞろ従えても、僕は全く構わなかった。

 影に飲まれたような瞳に青い海を映したかった。理想とは違う平和の形をキミには見て欲しかった。

 キミはもちろん躊躇した。城塞を出る、その意味が。判っていないはずはなかった。

 ……僕に、他意はなかったんだ。


 ――半島の一部を占拠していたテロ組織は、唯一の指導者を失い、求心力を急激に低下させた。衛星に対するジャミングは残るものの財団への抵抗はほとんどなく、外国人の入国についても規制はほぼなくなった。

 国連は直ちに調査団を派遣。近々、治安組織を立ち上げるつもりであるという。


 どこまでも続く青い海、水平線から分かれる雲一つない空に、彼女の瞳の影はわずかに薄まったように思えた。SP達が見守る中で、秘書達が秒を計るその中で。

「それでも、私には自由のために負った責任がある」

 自由であるための行動だった。けれど今は。それでも。キミは確かに言葉を重ねた。

「我らはまつろわぬ民。今までも、これからも」

 見上げた空、見えるハズもない『それ』を見上げ。そして。

 忘れ物を見つけたかどうか、僕にはもう判らない。二度と判ることもない。なくなった。なくなってしまった。


 ――自由と平和の名の下に。細やかな攻撃は実行された。


 僕のアーカイブは全てローカルに保存した。ローカルマシンはスタンドアロンで、無線機能すら持っていない。

 僕が死ぬとき、キミの笑顔も消えるのだ。それがキミらしいとも思うから。

 僕は今、一人で海を眺めている。降水量の少ない地域、未だなごりの残るそこで。

 忘れ物を見つけたかどうか。『世界』が知らないその答えを。知りたいと思い。

「教えてくれるか?」

 独り言は、風に攫われ直ぐに消えた。

 夢で会うその時まで、僕は答えを探し続ける。




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