20150711:熱情の期限

 誘う。避ける。誘う。踏み込む。狙わせ。弾き。空いた胴へと剣を立てる。

 ひるんだ隙に呪を紡ぐ。印を切り結び、陣を描く。

 立ちのぼるのは巨大なゴーレム。ドラゴンすらも凌駕する。

 ドラゴンと組み合い、組み伏せ、押さえる合間のその隙に。

 術師たる彼は急所へと。


 優等生の戦い方だとソウルライトは見物席から評価する。クラス一の優等生は戦い方までお手本だ。駆け寄る教師は上機嫌。余裕故か幻界へと消えゆくドラゴンを振り返りもせず、ヤツは爽やかな汗まで振りまいて見せた。

 黄色い声はすっかり聞き慣れてしまった。最初は混じっていた野太い野次も、消え去って随分経つ。ゲスなものなど相手もしない『王子様』は笑顔のまま見物席を見渡した。

 一番端で興味もなさげに彼を見下ろす、ソウルライトの所まで。

 目が合った。彼の表情にほんの僅か、陰が生まれ。徐に剣がかざされた。爽やかな笑みがソウルライトをひたと見る。

「……いいよ?」

 手摺りに手を掛けたソウルライトは、ひらりと試験場へと舞い降りた。


 召還されるのは同じ体躯のノーマルドラゴン。見守るソウルライトの前で、自動化された呪が発動する。陣の央に陰が生まれる。おぼろげな陰は次第に濃さを増していき、やがて質感を伴い始めた。

 ソウルライトは成り行きを見守りもせずに腰を落とす。砂埃を含んだ風が、魔法陣の圧を携え長い黒髪をもてあそぶ。

 背後から聞こえてくるざわめきも、ひたと据えられた彼の視線も、気にならない気にしない。現界に現れた歓喜の咆哮を耳にして、ゆらりとようやく立ちあがった。


 大きなドラゴンだ。といっても、比較級で、間近で見ればと但し書きがつく。

 教科書にはまず剣を取れとあったと、ソウルライトは思い出す。剣で特性と技量を量る。そして次策を考えよ、と。

 幻獣は総じて巨大だった。小さな者でも人の背丈の倍ほどの大きさを持ち、しかも炎やら毒やら水やら雪やらを自在に操った。

 対する人は矮小だった。多少の魔力と多少鍛えた肉体を持つだけの、小さく弱い生き物だった。

 だから、対抗のために開発されたのだと聞いた。

 幻獣をもしのぐ、大きいだけの、土人形を。


 ソウルライトはドラゴンを見上げる。かぱりと開けられた口の中、炎の気配を涼しい顔で見つめている。熱の流れと共に生まれた炎は、ふわりと広がるその髪先を僅かに撫でてすぐに消えた。

「先生、重要なのは体積おおきさじゃないって申しましたよね?」

 ちらりと背後へ視線を投げる。不安そうな教師の視線が、眉根を寄せて返ってくる。

 くすりと笑んで前足を挙げたドラゴンを見る。見て。

 とん、と足を一つ、踏みならした。


 ソウルライトの足下から力の圧が流れ出す。

 砂を巻き込み風を生み、気流を変えて輝きを纏う。

 光りは凝り。形を持ち。

 当たれば折れそうな細剣の形に凝った。

「重要なのは密度ですわよ!」

 柄を握り踏み込んだ。挙げられた前足を潜り、あっという間に懐へ。

 腹を突き刺し、のたうつ頭部、右目を狙い、離れて今度は左目を。

 躍るようなステップはほのかな残光を纏っていた。振り上げ繰り出す右手も同じ。剣の形を取ったきめの細かい密度の高い魔力が、ソウルライトの内を満たす。

「なんだよ、あれは……」

 首元の急所へ剣をつきたてて。蹴りつけひらりと地面へ降りた。

 呟きを耳にしながら、独り言のように音を繰る。

「思いが形となる世界だから。私が願った」

 急所を突かれ一気に弱ったドラゴンは、爪から足からしっぽの先から、光りに返るように解け始める。

 この場に居続けることを、放棄するかのように。

「熱情は形を成す。魔方陣も呪も力の道筋を正すプロトコルに過ぎない」

 ソウルライトは彼を振り返る。余裕の笑みはどこかへ消え、訝しむような色がその面には浮かんでいる。

「気付いていたんだろ」

 腕を一振りすれば、跡形もなく剣は消えた。ソウルライトは消えゆくドラゴンを一度だけ……謝るように振り返ると、彼へと歩の向きを変えた。

「誰にでも好かれる優等生なんか幻想だ。教科書通りしか知らない人などつまらない」

 彼の顔色が変わる。

 ソウルライトは、薄く、笑む。

「素直になれ。そんなことでお前の熱情を使うことなんて、意味はない。……本当は嫌いじゃないんだろ?」

 手が届くほどの距離になり。ソウルライトはそっと彼の頭を、撫でた。


 *


 好奇心が旺盛だった。怪我すらもいとわず、かけずり回る子供だった。

 物怖じしない性格だった。誰にでも何でもはっきり言った。

 

 何時しかそれが、仇となった。


 夢見ることでしか、物を言えない今の。

 夢見ることですら、つまらないものでしかなく。


 *


 ふと、差し込む光に、ソウルライトは目を細めた。

 訓練場が、薄く解けるように瓦解する。

「時間切れだ」

 名残惜しい気持ちのままに離した手を、彼がガチリと捕まえた。

「私の熱情の、限界だよ」

 ソウルライトは最後に。

 しっかり生きろと、笑んで見せた。


 *


 手の中の細い腕が光の中へと解けていく。

 どこか厳しく懐かしいその笑顔が。

 その。


 ──さよなら。


 彼は彼が手放した世界の先、深淵を覗かせるどこまでも高い空を、ただ、見上げた。



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