20150412:天使の主命

 物心がつく頃には男女は別けられるのは普通だった。

 思春期を迎える頃には普段話すこともない同じ年頃の異性ちらちらと窺いながら、誰が良いかなんて話題で盛り上がる。手振りに身振りに超音波やら、年頃らしく姦しく。

 誰が良いか──格好いい。背が高い。力が強そう。賢そう。水に強い。空を飛べる。木性が。火気が──どんな子供を産みたいか?

 女系性からしてみればこれはとても重要だ。一度に産める子供の数は限られている。一生で産める子供の数だって、たかが知れてる。子供は地上の繁栄の為には欠かせないもので、限られているから最良を選びたいと考えるのだ。……ばらまけば良い男系性はそこら辺の考え方が根本的に違うのだ。

 だから、成人を前に『恋人』が決められたときには、毎年様々な溜息が聞こえてくる。


 ──何でこんなのと。

 ──あっちが良かったのに。

 ──なんで決められてしまうんだ。

 ──何故一人に決めなければならないんだ!


 そう言う意味では私はまだ運が良かったと言えなくもない。

 背の高い私より頭一つさらに高い所から、獣毛に覆われた顔の中、感情のうかがえない目が見下ろしてくる。

 ウロコの浮かぶ肉付きの良くない頬をにやりとゆがめて、私は視線を受け止めた。

「ヨロシク」

『……あぁ』

 ぐるると耳には獣声が届き、心の中に言葉が浮かんだ。

 ヤツは明後日へ目をやった。目元が僅かに潤んだ気がしたかと思えば、バサリと上着を投げて寄越した。

「なに」

『なんでもない』

 何でもないわけ無いだろうと思いつつ、ふと、シャツを見て、ヤツを見上げる。相変わらずその目は素知らぬ風味を決め込んで、何処とも知れない空を睨む。

 私が着ていたのは女系性同士の気の置けない中ではごくごく当たり前の、胸ものを大きく開けたシャツだった。

 案外可愛い。

 思えたから、この関係が今に続くのだ。

 恋人以上、友達未満。

 愛おしいと思い、交わりもする。何でも話し、ヤツの事を理解してきたと自分でも思う。……けれど、もう一歩、進むことが出来たらと、今でも私は思っている。


 *


 埋めよ増やせよ地に満ちよ。

 そう我らの主は言葉を残した。


 最長老のババは甲羅の下から、日が沈みそうなスピードで心の中へ言葉を届ける。

『我らは主を語り継がねばならぬ』

 語り継ぐためには子供を産まねばならず。

『我らは記憶と共にあらねばならぬ』

 次世代を残すことは欲望でも希望でもなく義務であり。

『我らがみな交じり合い、子を成すことが出来たその時』

 羽根を持つ者、水かきを持つ者、獣形、ウロコ、水生、気生。

 主は様々な姿形の、生活域も、行動域も、食糧も、代謝も、熱生産方式も、何もかもが異なる我らに少しずつ主の欠片を与えたという。

『主に連なるものが生まれるだろう』

 異なる形質のものを恋人とし、子を成せば夫婦とし、主に一歩近付いた子供を育てるのが正しいあり方なのだ、と。


 だから。

 ……子を成すことが出来ないとわかっていれば、恋人という関係であることは出来ず。

 男系性と女系性の隔たりが、恋人を越えた関係になる事を阻むのだ。


 *


 獣毛に覆われた耳をそっと撫でる。

 手の平を毛が流れている感触は結構お気に入りだった。

 寝息のすきまに頬を寄せる。

 ウロコも肉好きもない私の頬が、耳と同じ手触りのヤツの頬にそっと触れた。

 

 何度も迷った。

 少年のように骨の浮き出る身体を撫でられている間も。許さない私へ文字通りお預けを喰らったような顔を向けてきた時も。

 起き抜けの食事を二人で作っている間も。別れて仕事へ学校へと出かけている間も。

 女系性同士のおしゃべりの間も、ちっとも女らしくならないわねとからかわれている間も。

 長老が寄越してくる視線を感じる間も。

 言わなくては、ならないと。


 *


 主とはどんなものかと学校で問われたことがある。

 友人たちは光り輝くものだとか、目で見えないものだとか、長老の言葉のままのイメージを夢見るように語っていた。教師役はそれを聞きつつ、頷いていた。

 誰も知らないのだ。主の姿を。私達は主の一部を身体に、魂に必ず持っているはずなのに。だから、言葉のままに思い描く。自分の内に思い描く。

 それが、普通だ。

 普通だから。私は皆に嘘をつく。シニカルな空想に明け暮れる私の想像を、本当の嘘として。

「頭があって、手足は二本ずつ。体毛はすくなくて、大気環境でしか生きていかれないひ弱な生き物だったら?」

 有り得ないとか。

 イメージが壊れるとか。

 不尊だ、とか。

 ……ごめんごめんと、私は何時も笑って謝る。


 *


「ごめん」

 ヤツの目は怒りよりも戸惑いの色を浮かべていた。

 心に言葉が浮かばなくても、それくらいわかるようになったのに。

 広くて大きな肩へと手を回す。嗅ぎ慣れた獣の匂いが私を満たす。

 いつもなら不器用そうに回される手は、だらりと下へ垂れたままで。

 恋人ではいられない。……友達なんて、もっての他だ。

 ヤツにはすぐ別の女系性が恋人としてあてがわれる。……ヤツに瑕疵などないのだから。

 震える腕がそっと私の腰に触れ。

 ……決心が鈍る前に、腕をほどいた。

「さよなら」


 *


 結論を出すのが遅すぎただろうか。

 ──否。

 これも、必要だったと、思いたい。


 *


 ババの護る神殿へ向かう。

 女系性の外見で生まれた私は、けれど、女系性として成熟を迎えることはなかった。

 かといって、最初から男系性の形質も持ち合わせてはおらず。

『天使』

 ババの声が響いてくる。


 容姿に関係なく。生まれも形質も関係なく。

 稀に生まれる無性のものを『天使』と呼び習わし。


 主を生み出すための素材として、提供されるのだ。


 *


 神殿の奥には、見たこともない世界が広がっていた。

 理科室で見た標本のように、巨大が円筒が幾つも幾つも並んでいる。

 最奥には自分で描き、光るキャンパス。

 ババ頷けば、頭があり、手足があるだけのつまらない画が浮かび上がり。

 その一部が輝いていた。

『主の復活まで、あと僅かじゃ』


 *


 遠い昔、我らは主に作られた。

 戦いが起こり、主が住めなくなったその地に、主の欠片を抱いた生命として。

 何千年、何万年のその後に、この地が元通りになったならば。

 欠片から主を創造できるようにと。


 *


 我ら天使は交じり合う。

 新たな主の命の糧となる為に。

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