月の光

叩いて渡るほうの石橋

月の光

 我々は「7」であるべきだろうか。


 缶ビールを呷り窓に額を近づける。息で白く曇ってしまうほどの距離までになって、やっと満月は顔を出す。しかし窓枠が月の上部に覆い被さりまだ全体を私に見せてくれるわけではないようで、月までも私に隠し事か、まるでその辺りにいる人間ではないかと思い、空に浮かび私たちを見下す立場にありながらその態度であるのかと呆れた。


 しかし、と私は考えを巡らす。いまこの地球においていったい何人が満月を、丸々の全てを晒した月を見ることができるだろう。その中の何人が実際に月を見上げただろう。満月を見ることのできる人でさえ頭上に光あることそれにすら気がつかなかったり、気がついていて敢えて目を向けない。まさにこの瞬間に「月」という存在が己に写し出す「月」の性格や「月」の存在意義、これに応答しないわけである。


 我々は「7」であるべきだろうか。


 もしかすると、と私はさらに一口のビールを流し込み酔いと共に頭を回す。満月を見た人間も月の裏を見ることは出来ないではないか。満月に完璧や潔白を見るのは、我々の身勝手ではないのか。全てを私たちに見せているようでありながら本質はひそかに、後ろ手に持っているのではないか。


 その考えに行き着いた私の口は自然と三日月のように歪んでいた。その姿は、月のそれは正しく世を巧みに渡り歩く人間そのものであったからだ。大きな存在でありながら、また天空から私を見下す位置にあってのそれはいっそう忌々しく思えた。思えはした、したのだが、胸糞悪さの中に安心感のような、指先は冷えていても内には暖かさが残るようなほっとする感覚が確かにそこにはっきりとあった。


  太陽。


 太陽様はその強い明るさのために我々に内側を見せることがない。光を私たちに与える、私たちは快適に暮らせる。しかし、それだけのこと。彼は私たちがここ地球に立っていることすら知らないかもしれないが、それでも彼は生き長らえるのだ。私たちに関心向けることなくも、だが彼の放つ光なくして我々は生きてゆけない。


 対して、月だ。光は私たちを照らすには不十分、加えてそれは太陽からのおこぼれではあるが日々私たちに優しく内面を見せ話しかけてくれる。


 我々は「7」であるべきだろうか。


 太陽は「7」だ。


 では月は「7」だろうか?


 喉を通りすぎるビールが体温を下げる感覚。ふと月のような黄金を瞳に入れたくなり、グラスに残りのビールを注ぐ。泡のたたぬように。金だけが輝くように。


 ほう、とため息がもれる。缶を握り冷たくなった手をポケットに入れ、グラスの中の月から目を離せなくなっている自分にはっとする。


 月の全てを見ることは出来ない。だからこそ表だけでも見ることができるのはありがたいのだと思った。クレーターをひとつひとつ埋めるように友人の顔を思い描く。


 「お前は太陽になりたいか?」


 月は答えない。


 「お前は太陽を目指しているか?」


 月は答えない。


 「お前は月であるべきか?」


 そして私は残りの月を一滴残らず飲み干す。「そうだ」冷蔵庫からビール缶をまた1本手に取る。「月を見よう、外へ出よう」と、財布と缶、イヤホン、スマートフォンを持って靴を履く。お気に入りの曲を少し大きい音量で流してから鍵を閉める。


 しばらく歩いた先、公園のベンチに座り月を眺め始めた。今日も小さな願いを一つ叶えたのだと満足感に浸る。


 我々は「7」であるべきだろうか。


 月は「7」だろうか。


 僕はひとつの答えを見つける。月は、「7」だ。月は月であろうとしている。太陽になろうとしているわけでもなく、ただ月であろうとしている。


 我々は「7」であるべきだ。しかし「7」を目指すべきではない。我々はそもそも「7」なのだ、世に生を受けたそのときから。太陽が太陽であるように、月が月であるように。さらには月が太陽を目指さぬように。


 「日の出を見よう」私は朝までここにいることを決めた。見ておいてやろう、月が今日はどのように月を全うするのか。


 そして私は月と一晩中話し合うのだ。

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月の光 叩いて渡るほうの石橋 @ishibashi

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