第15話マイ フィロソフィ1 路上のタンポポ15

 僕は自分の部屋に入り倒れるようにベッドに寝そべった。

 今日はいろんな事があった。中でも寺島さんの事が間接的(かんせつてき)にせよ、知れてよかった。

 寺島さんがもてるとわかった瞬間僕の中の何かが燃え始めていた。そういう感情を持つ事に僕自身が何より驚いた。

 寺島さんの事でも疲れたけど、やはり最初の授業はきつかった。…………とにかく眠い。

 ほどなく僕は眠ったしまった。これが高校の二日目の日の事であった。

 


















 第三章 高校の日々




 高校が始まって一週間後、僕はそれまで額田と一緒に昼食をとってきたので今日も一緒に食べようとしたが、断られた。

「悪い、笹原。今日は食べれないんだわ、これが」

「え?どうして」

 いつも一緒にいるから根拠(こんきょ)もなくこれからも一緒に食べていけると思っていたら、あっけなくその想像は終わりを告げた。

「いや〜、他の友達からさ、お昼を誘われているんだよ。悪いな笹原」

「いや、それなら仕方ないよ。じゃあ、またの機会に」

 僕がそういうと額田は笑って答えた。

「ああ、そうしよう」

 それでしかたないので、僕はまたコンビニでも行く事にした。

 空は曇り、今朝は晴れだったのが今は曇りだ。

 その曇天(どんてん)とした灰色の世界の中で僕はコンビニへの歩を動かした。




 僕はコンビニから帰って、中庭にでも食事をしようと思って、ベンチを探した。それはすぐ見つかったのだが、それと同時にあの廊下の金髪の少女がそこに座っていたのだ。

 おそらく弁当を食べ終えたところなのだろう。弁当を巾着袋(きんちゃくぶくろ)につめているところだ。

 僕はまっすぐ彼女のベンチに向かった。彼女は自分が近づいている事に完全に気づいているだろうに、しかし、まったく慌てたそぶりを見せずに淡々と片付けていた。

 そして僕が傍らに立つと、少女は立って去っていった。

 僕は何となく彼女の後ろ姿を目で追いかけていると、二人の少女がひそひそと話しているのが聞こえた。

—ねえ、あのこって、確かアメリカの人だったよね。

—そうそう、確かキャサリン・フレイジャーさんだったけな。そんな名前だったよ。

—なんかさふてぶてしいよね。ちょっと、ハブしようか。

—それはやめた方がいい。あの子、あの美春ちゃんの友達なんだって、しかも美春ちゃん、光様の幼なじみなんだって、

—げ、それならやめた方がいいね。

 僕はここでも寺島さんの名前が聞こえた事に驚きつつ、しかし、ここでは明らかに自分の心の中にあったものはあの少女の名前を知った事にあった。

 キャサリン・フレイジャーさん。それがあの少女の名前か。

 僕は彼女の名前を心の中で反芻させながら昼食を食べた。




 額田君からboyのCDを貰った二日後にCDを聞いてみた。

 聞いた感想は正直言って自分の感性に会っていなかった。あまりに直接過ぎて自分の中では受け入れられなかった。

 当時は加奈子をなどの自意識系にすごい興味が出ていたので、こういう天然系には興味が抱く事はなかった。

 それで僕は迷った、と言うかどうすればいいのかわからなかった。おもしろくないというのか、それが正直であるけど、彼と友達になる可能性がなくなってしまう。しかし、嘘をつくというのもどうかと思う。しかもつきあいだしたらいずればれる可能性が高まる、ならやはりダメではないか。

 しかし、それなら彼とはどうやって親交を築く?

 こういう事を考えに考え、というよりも思考が同じところをぐるぐる回りに回って、結局彼に正直に話す事にした。




 それがCDを貰った日と後の顛末だ。

 その後お昼を食べる事に拒否をされた。僕はこの事自体にはあまり衝撃(しょうげき)を覚えなかった。問題は自分と彼に共通の接点がない事がこのような事態を引き起こしたのだから、何か共通のものを見いだせばいいと思っていた。

 しかし、まるでわからない。今度、彼の映画の趣味でも聞くか。

 家に帰ってもこの事をよく考えていた。もし………。

 もし、この友達付き合いがダメだったら、どうしようか?

 そんな事をふと考えてしまう。しかし、僕はその考えを振り切った。また、明日話して考えればいい。




 放課後になった。天気はあくまで曇り。額田君の事をはどう、話しかけようと思ったが、考えてもしかたないので思いきって話す事にした。

 額田君を捜す。

 いた!額田君は友達と話してるようだ。どうしよう。友達と話しているのにこちらが話していいものだろうか…………。

 いや、まず話してみよう。とにかく、そうしよう。

「額田君!」

「ん?」

 僕は思いっ切って額田君に話してみた。額田君はこちらに振り向いてくれた。

「あのさ!よかったら、放課後帰らない?花村にでもよってさ、それで話でも…………」

「悪い、笹原」

 額田君に悪いと言われた瞬間、何か僕の心の中がすとんと落ちた気分になった。額田君の言葉で納得してしまったのだ、この僕が。

「実は今日、こいつの家にいく予定なんだわ、それで今日は一緒に帰れねぇ」

「ああ、うん。わかったよ。…………それじゃあね」

「ああ、笹原、さようなら」

「さようなら」

 それで僕は額田君と別れて一人で帰り支度をした。

 自転車置き場に向かう途中、校舎のそばに咲いていた桜が散り始めていた。






 そして、その三日後。

 僕は目を覚ました。カーテンから差す光は弱い。今日は曇りなのだ。僕はのそりのそりと起きあがった。




 僕は居間に降りて朝食を食べて支度をした。窓を見るとやはり曇りだった。

—……………………。

 何か気分がすっきりしないな。

「一樹君、今日も学校よね?気をつけていってらっしゃいよ」

「はい」

 それで用意ができたのでおばさんに挨拶をした。

「それじゃあ、おばさん。いってきます」

「はい、いってらっしゃい。一樹君」

 僕は自転車に乗って、出かける。

 



 自転車にのって登校する。景色が灰色に濁っている中、僕は今学校に行っている。

 額田君とどう話すのかまったく決められずに、自分もくすんだ灰色になっている。

 どうするか、どうやったら額田君と仲良くなれるか。

 今日は少し強引に押してみるか。そういえば、額田君が約束したカラオケがまだだった。この手でいくか。

 僕は背中がざわざわしている感覚を覚えながら、自転車をこぎ、そうしようと思った。きっとだいじょうぶだと自分に言い聞かせていた。

 空はどんよりと曇っていた。

 今日も自転車置き場に自転車を置き、顔を俯けながら教室を目指す。

 自分んの心臓がどくどく動く、視界がおかしい、何かしゃがんでしまいたい感覚を覚える。もちろん、周りの動きなどほとんどわからなかった。

 そんな事を感じながら教室に入って、放課後を待った。

 放課後がきた。僕は早速額田君にカラオケに誘おうと決めて実行する。

「額田君!」

「よう、笹原。どうした」

 額田君は友達と話していた。僕は彼のそばに来て言う。伝えることを一気に言おう。

「額田君。今日は一緒に帰れる?ほら、前の約束でチューブにつれてくれるっていってたよね?そろそろ、行かせてくれてもいいと思うんだけど」

「ああ、あれな」

 額田君はしばらく考えた末言った。

「なあ、お前ら、今日笹原がチューブに行きたいと言うんだけど、笹原も誘っていいか?」

「ああ、かまわないよ」

「俺もいいよ」

 額田君に返事をしたのが相沢君と枝木君。二人は額田の友達らしい。

 そうして僕たちはチューブに行く事になった。




「ここがチューブだ、笹原」

「へ〜」

 高校から自転車に乗って20分ぐらいのところにチューブがあった。田舎のカラオケらしくこぢんまりとした建物だ。ほんとにゲームセンターも一台2台ぐらいしかない小さだ。ここは赤磐と言って近くに養鶏場もあるが基本的にスーパーマーケットやホームセンターとかあがる、都会的な場所だ。遠くの方に山を切り開いて郊外も作っている。

「じゃあ、行くぞ」

 それで僕たちは入っていった。

「いらっしゃいませ」

 受付の女性が声をかけてくる。額田君達が時間を相談し始めた。

「どのくらいまで行ける?」

「まあ、3時間ぐらいまで行けるでしょう」

「うん,そのくらいが妥当でしょ」

「よし」

 その後、額田君はこちらに振り向いてきた。

「じゃあ、笹原3時間で言いな?」

「うん,いいよ」

 額田君は受付の人に3時間といい,受付の人に案内されて部屋に入った。部屋への移動中額田君は相沢君達と話していた。




「じゃあ、何でも歌っていいぞ」

 相沢君と枝木君がリモコンに曲を入力していく。

「ほら、笹原これを使って曲を入れるんだ。歌手名か曲名を選んで」

「じゃあ、歌手名」

 僕は額田くんから縦横10センチの四角いリモコンを渡された。それにリモコンの歌手名を選択する。

「それで好きな歌手を入れたら一覧が出てくるからそれ選んだら、好きな曲選んで。まあ、やってみな」

 それで僕は神奈川一丁目を入力して、それを選んだ。

「お、選んだか。それで好きな曲選んで赤い丸を選んだらいいよ」

 僕は好きな曲を選んだ。

「そうそう、それでここをタッチする」

 それをタッチする。画面に僕が選んだ曲が映った。

「こうやるんだ。どうだ?わかったか?」

「うん。わかった」

 相沢君の曲が終わり枝木君の曲が来た。曲は『ココの地図』。

 枝木君の選曲に額田君が声を上げた。

「お、それってワンピールのオープニングじゃん」

「ああ、俺これが歴代のオープニングの中で好きなんだ」

「いいね、いいね。俺は『ウィル』が好きだけどね」

「おお、お目が高い。それもいいよなぁ」

 それで額田君は笑いながらこちらに振り向いてきた。

「笹原、おまえワンピールの曲じゃあ、なにが好きだ?」

「え?」

 僕はびっくりした。というのもワンピールのアニメはまったく見ないのだ。時々漫画を見る程度で、アニメなんて全然見ていない。

「ごめん、アニメは見ていない。漫画だけなんだよ」

「そうか…………」

 額田君は何かがっかりしたように見えた。それは期待していたけど、落胆したという風じゃなくて、期待なんてしないけどやっぱりダメな返答がでて、気落ちしたという風だった。

 その後枝木君が歌って、額田君と相沢君がワンピールの事でしゃべっていた。

 枝木君の曲が終わった。そして、自分の番だ。

 歌う曲は『虹は海を渡れる』。

 僕はテレビの画面の見ながら一心に歌った。間奏の間にふと額田君達を見るとこちらを見ずにすごくしゃべっていた。

 カラオケを終えた僕らはチューブから出た。

「これからどうする?額田」

 相沢君が聞いた。

「そうだな。マルナカでラーメンでも食うか」

「いいね、いいね、そうしよう」

 相沢君が答える。枝木君も。

「俺も構わないよ」

 と答えた。

「笹原はどうする?」

 額田君が感情を込めず、尋ねた。ただ、あんまり来てほしくない気がする。何となくだけどそんな気がする。

「いや、やめておくよ。今日は疲れたから帰るよ」

「そうか」

 そういって、相沢さん達に向き直る。

「笹原は来れないそうだから俺達だけで行くぞ」

「おお、わかった」

 それから額田君達は笑いながらマルナカに行った。

 僕は一人自転車に乗って自宅に帰っていった。雨が本格的に降り出していた。





















 第4章 崩壊、そして再起。




 放課後、僕は一人で帰る支度をして席を立とうとした。

 その時、教室でひときわ大きい笑い声が聞こえた。

「あはは、何それ美春。それチョー、おかしいよ」

「そんな事ないよ。私,おかしくないもん」

「でも、上履きで校舎の外出ないよ、普通。小学生じゃないんだから」

「それは、あれだよ。ほら、何か楽しい事考えながら校舎出ようとすると、つい、脱ぐのを忘れてしまう事があるじゃない?それと一緒だよ」

『そんなの美春だけだよ』

「そうかな?」

 それでまたこの子達は爆笑するのだ。

 もう、高校が始まって2週間になる。最初はまだ緊張していたためか、あまり動かなかった、寺島さんが三日ぐらい経った頃にはその明るさでクラスの視線を一身に集める結果となった。

 確かに額田君が言った通りに寺島さんはおもしろい。ただ、単におもしろい人じゃなくて、いるとほんとに自然に笑える。すごい人だ。

 それに比べて僕は…………。

 僕はせっかくできかけた友達を失いつつある。今でも僕と額田君はお昼を食べるが、明らかに食べる機会はどんどん少なくなっている。

 僕はどうすればいいのか?

 そう思いながら家路の道を辿っていった。



 家路につくと、今まで咲いていたタンポポが今日は散っていた。

 なぜかはわからない。まだ、咲いていると思っていたのに。

 そう、思いながら僕は家に入っていった。

 夕食の時。今日の料理は餃子(ぎょーざ)と野菜炒めだ。それを食べる。気分が鬱々としてもこういうものはおいしく食べられる。

 しかし、康子さんには少し気づかれたようだった。

「どうしたの、一樹君?」

「?、なにが?」

「いえ、何か、最近元気がなさげよ。登校仕立ての頃はあんなに元気だったのに、今は何か元気がないわ」

「……………ちょっと、いろいろあって。……………現実は想像どうりには中々動いてくれなくて、それを今更ながら痛感してるのですよ」

「まあまあ、若いのにそんな事を考えているの。それはいけないわ、もっと明るい事考えないと」

「はは、そう、中々考えられないのですよ………」

 そう僕は言った。世の中どうしようもない事がある。この事例はどうにかなるかもしれないが、僕にはどうすればいいのかわからなかった。




 夕食後。僕は叔父さんとソファに座ってテレビを見ていた。見ていたテレビは歌番組だ。僕には今のメジャーの歌は加奈子以外はピンとこない。

 それはともかく、僕はおじさんと一緒にソフャに座っている。別に僕も叔父さんも歌番組が見たいから座っているのではなくて、ただ食後にコーヒーを飲んで別に見たくもないテレビを見て、そういう何も考えない時間がある。こういう時に人に何か話したいという気持ちになっていく。何か食後の雰囲気はそういう魔力を感じさせるのだ。

 それで僕は叔父さんに学校の事を話してみようと思ったのだ。

「叔父さん、少し話したい事があるんだけど……」

「ああ、なんだ」

 叔父さんはテレビの音量を下げてくれた。

「学校の事だけど、あまりクラスの人となじめていない、というか、学校生活そのものが自分にとってきついよ」

「そうか、そうか」

 おじさんは優しく笑っていた。僕はそんな叔父さんに重ねて悩みを言おうとした。

「それでさ、せっかく友達ができかけたのだけど、その友達が僕からはなれていくんだよ。趣味が違っていてはなれていくんだ」

 叔父さんは微笑んだまま聞いていた。そして、今まで僕がたまっていた思考のもつれを言う事にした。

「どうすれば友達と仲良くなれる?」

 それに叔父さんは身体を前に乗り出して言った。

「一樹君。これは覚えておいてほうがいいのだけど、友達はそういう意図的に作るものじゃなくて、自然に気づいたら友達になっていた、というあり方しかないんだよ。意図的に作る友達はやはりどこかいびつなものを抱えていると叔父さんは思うな。まあ、一樹君は若いのだから焦らなくても友達はできてくると思うよ」

 僕はそれを聞いて、友達を作るのってそんなものか、と思ってしまった。今までのイメージだともっと、対人関係のスキルを身につけなければできないと思っていたからだ。だから、なんだか叔父さんの話は新鮮に思えたのを今でも覚えている。

 今はどうだろうか、だいたいおじさんの話に承知しているけど、しかし、やはり友人ができない人は何かが欠落していると思う。友人を得る何かの力が、

 まあ、当時の僕はこれを聞いて、それで納得して寝たのを覚えている。




 5月のうららかな陽気に誘われてクラスもどこか明るい雰囲気になっている時に2時限目の英語の授業が始まる。

「きりーつ。れい」

 最近ようやくこういう儀式(ぎしき)にもなれてきたところだ。

「みんな、おはよう。さて、最初は昨日言った宿題からやろう」

 先生は西潟(にしがた)先生。英語の教師だ。もう、40ぐらいになる男性の教師で、もうしわが寄っているおじさんだ。

「さて、それじゃあ。いつもと違って今日はみんなが一人ずつ答えを言っていく形式にしよう」

 クラスにざわめきがは知る。この英語の授業は毎日単語テストがあって、前回の授業で言った単語をどれだけ覚えておけるかというものだが、普通は僕らが書いた答えを先生が答えて自己採点する形式なのだ。それを今度は一人、一人自分の答えを言う形式にすると先生が言うのでクラスに戸惑(とまど)いの空気が溢(あふ)れ出しているのだ。

「はいはい、静かにするように!」

 クラスのざわめきがやんだ。

「僕は考えていたんだけどさ、やはり一人、一人が当てられると思わなきゃ、君たちは勉強しないでしょ。だから、僕はこの形式にするの。さて、それじゃあ、早速やってみよう」

 クラスの人達は戸惑いながらテストを受け取っていた。僕も少し驚きつつ、しかし、あまり危機感がなかった。

 当てられたら困るのは目に見えてわかっていながら(僕はまったく宿題をしていないので)しかし、危機感がなかった。

 それは絶対当たらない自信があるからではなくて、僕の中ではそれどころじゃあなかったためだ。せっかくできそうになった友達がいたのにそれができなくなったことの落ち込みの方がひどかった。

 また、小学生のときと同じように友達がいないのか……。と思うとかなりしんどかった。

 いろいろ、先生が生徒達を当てていっている。しかし、それが僕にとって現実感がある話とは思えなかった。実際、当てられると困るのが目に見えているのに危機感がわかなかった。

「…………ら。……原!」

 最初何の事かわからなかった。しかし、それが自分の名が呼ばれているのだとある瞬間にわかった。

「笹原!聞いているか!」

「は、はい!」

 席を立つ。西潟先生は明らかに怒っていた。しかし、先生は授業を進める事を優先する事を選んだみたいで僕に宿題の答えを求めた。

「笹原、関係のスペルを書きなさい」

 僕は黒板に来たが当然の事ながらしてきてないものをわかるはずはなかった。

 僕は下を向いたまま先生に言った。

「すみません、わかりません」

「もういい。下がってよろしい」

 先生の声はあきれていて、どこか怒りを含んだ声だった。

 僕は頭が真っ白になりながらどうにか席につく事ができた。




 つかれた。

 学校が終わる度にそう思う事が多くなっている。というか、最近こんな感想しか出てこない。

「あははは、美春,違うって、私そうじゃないよ」

「でも〜、加々美ちゃんは結構、おっちょこちょいだと思うのね。この前も教科書忘れてたりしてたじゃない?どう、自分がドジっ娘だって認める気になった?」

 寺島さん達が話している。寺島さん達女の子が集まって話しているのだが、主に話しているのは寺島さんと中田加賀美さんだ。その周りに女子やはたまた男子までも加わっている。彼らはその話に笑っているのだ。それで中田さんはてきぱきとした動作ができる女の子だったよな。

「あははは。それはないよ美春!」

「ええ〜、そうかな〜」

 彼女達の話に皆が笑ってる。僕はそれを見ながらそっと教室を出た。

 教室を出て、校舎に出るまでの間に僕は敗走したような気持ちになった。




 僕は自転車をこいで家に着いた。そこから自分の部屋がある2階に直行する。

「ふぅ」

 僕自身、ものすごく疲れているのが本当にわかった。今までの生活。小学生の頃にはなりたくないと願いつつ、だんだんそれに戻ってくるのを感じていた。

 僕はもう、何も考えたくなかったので、そのまま寝た。



















 5月の独特の陽気の中、自転車で登校しながら周りを見る。緑が明らかに増えてきた、気温も相変わらず暖かくなってきてる。しかし、僕の心は冷たいのを通り越して、もう完全に空洞化(くうどうか)している。

 額田君とはもう、まったく話さなくなった。僕も額田君にどうやって話せばいいのかわからなくなってきた。どうやって話をすればいいのか見当がつかない。

 



 僕は午前の授業を受けていた。今日は日本史の授業だ。しかし、僕はまるで授業についていけなかった。なんだか、最近すごくだるくてしかたない。だから、授業中でも先生の話をぼんやり聞いてしまう。

 先生は勝本先生。50代の太ってはいるが、かなり厳しい先生だ。

「ええ〜、だから聖徳太子が作った法は冠位12階梯と憲法17条です。冠位は603年に憲法は604年にこの年号は間違えないように覚えてください。次回小テストをしますので」

 だるい。何かだるく感じられる。

 先生の言葉などまるで聞かず、僕は意識を空中に漂(ただよ)わせた。




 僕は家に帰ってきて、速攻で寝ていると電話が鳴り響いた。

『一樹く〜ん。ご飯よ〜』

「もう、こんな時間か」 

 おばさんはこうやって僕にご飯を教えてくれるのだ。5時頃に帰ってきて今は7時だからもう3時間は眠ってしまったのか。しかし、それにしても時が経つのは早いな。3時間ぐらい過ぎていくなんて…………。僕は起きて食卓に向かう事にした。




 夕食後、僕と叔父さんはまったりとした時間を過ごしていた。今のテレビはつるべの『家族に乾杯』なのだ。つるべとゲストが地方の人を来訪するバラエティ番組だ。何も考えたくない時に見る時最適な番組だ。そんな中、僕は何となく叔父さんに学校の事での悩みを伝えようと思った。

「ねぇ、叔父さん」

 僕が呼びかけると叔父さんはその微笑みながらこちらに振り向いてくれた。

「なんだい、一樹君」

「いや、たいした事じゃあないんだけど、学校が中々きついんだよ」 

 そういうと叔父さんは驚いた顔をした。その後僕に険しい表情で言ってきた。

「一樹君。何か学校でいやな事でもあったのか?」

「ないない!いじめとかそういうのはないから!」

 僕は急いで否定した、そういう解釈をさせてしまったかと不覚をとられた気分だった。

「そういうのじゃなくて、何かかなり学校生活がしんどいんだ。学校に行くのがきついというか、学校から帰ると何も考えられないんだよ」

「そうか…………」

 叔父さんは頷いたあと、こう、言葉を継ぎだした。

「一樹君には結構いやな思いがあったんだね。一樹君、これに答えてほしいのだが、学校にはまだ行けそうか?」

「………………………」

 僕は考える。学校には行けるのか、と。

「多分、行けます。まだ、だいじょうぶです」

「そうか。………じゃあ、行っておいで。あと、これからつらい事があったらいつでもおじさんやおばさんに相談しなさい。いいね?」

「はい」

 僕はそう答えた。しかし、僕は何でも叔父さんに相談できるわけではなかった。例えば、親の事。僕はこの家にきてから親の話題にはいっさい触れていない。あまりに親の事での負荷が多過ぎてまったく話せずにいたのだ。だからこの事は叔父さんにでも相談しようと思わなかったのだ。

 いつか。

 いつか、叔父さんに話せる日が来るさ。そう思いながら僕は部屋にあがっていったのだ。




 今日も学校に行かなければならない。朝、起きるたびにそう思ってしまう自分がいる。

 しかし、行くしかないので、僕は下に降りていった。

「おはよう、叔父さん、康子さん」

「おはよう」

「おはよう、一樹君」

 それで僕は康子さんが焼いてくれたトースターを食べる。

—あまりおいしくない。

 そうは思いつつ、コーヒーを飲みながらなんとかやり過ごす。

「一樹君、学校で何か会ったら叔父さん達にいいなさいよ」

「はい、そうします」

 そうして、僕は出かけるための支度をした。

 テレビを見る、今日は曇りだ。いつもははれている分だけに時々曇ると何かいやな気分になってくる。

 支度はできた。さあ、でるか。

「じゃあ、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 康子さんに挨拶をして、僕は家をでる。今日はどんよりと天気が曇っている。

 僕はいやな天気だな、と思いながら自転車に乗って学校に急いだ。




 僕は教室に入る。まったく、挨拶をしない。挨拶をしないキャラクターにクラスに位置づけられるとそういう風になってしまう。そういう事を破るにはかなりのパワーがいるものだ。

 ともかく、教室に入って自分の席に座る。クラスはすごい会話量が溢れ出ているけど、僕にはまったく届かない。

 それから、しばらくして先生がはいってきて、生徒達の出席を取った。




 午後の授業。今受けてる授業は日本史だ。しかし、僕にとっては授業とか成績とかそんなものはどうでもよくて、ただ自分が孤独であるという事実が何よりの問題なのだ。今日も僕は孤独に昼食を食べていた。周りがいろいろ雑談している中で一人食べるのは結構きついものがある。

 だから、当時僕は孤独を何より意識していた。なので、授業の時に自分が当てられる事を考えていなかった。

「笹原君」

「あ、はい!」

 僕は当てられた事に気づいて、すぐ席を立った。なんだろう、なにを言わせるつもりなのか?

「聖徳太子が施行(しこう)した政策が二つあります。年代を入れてそれぞれ答えなさい」

「は、はい」

 聖徳太子。確かなんだったっけ。

「憲法17条です」

 僕はとぎれとぎれ、聖徳太子といえばこれだというものを出した。

 しかし、勝本先生は僕の目を覗き込んでこう切り出した。

「それは何年ですか?」

「え?」

 僕は戸惑った。何年だって?

「本当は聖徳太子が行った政策がもう一つあるんですけど、それはまあいいでしょう。この憲法17条はいったい何年に施行されました?」

「え、え〜と」

 中学までは別に年号までは聞かれなかった。憲法17条といえばよかった。なのに高校は年号とあともう一つ政策があるらしい。僕はまったくこれを覚えていない。

「………………わかりません」

「ふむ」

 勝本先生は考え事があるように手を口の方にもってきて、腕を組んだ。僕はどうしていいかわからなかったのでとりあえず、席に座ろうとしたら勝本先生が待ったをかけた。

「ちょっと、まちなさい。席に座ってもいいと言った覚えはありません」

 僕はびっくりして席に座るのをやめた。

「ちょっと、笹原君、こっちに来なさい」

「はい」

 僕はびっくりしながら先生のあとをついていった。




 先生は僕を廊下に呼び出して、こういった。

「笹原君、これは私の授業ではなく、他の先生からも言われている事だが、君は宿題をおろそかにしているね?」

「は、はい」

「それに授業の態度もそうだったけど、君はこのところ、本当に学業の態度が悪い。いつもぼーっとしているみたいだし、宿題もやってない。これはどうなっているのだろう、と職員室でも話題になっているのだよ」

「…………………」

 僕は答えなかった。人から注意された事なんてほとんど無い僕はもうこんな事言われた時点で頭が真っ白になってしまったのだ。

「笹原君。君は生徒の本分である学業をほとんどしていないでないか。高校は義務教育ではないから学業する気がないのだったらすぐやめてもらって結構だ」

 僕はもう頭が真っ白になって自分が経っている感覚さえもほとんど無くなっていた。そういう状態でかすれた声でこれしか言えなかった。

「………………………すみません」

 そうしたら空気が震えた。

 ようやくそれが声だと僕の頭が理解した。

「こっちに向いて話しなさい!」

 僕は思わず、勝本先生の目を見た。勝本先生の目はものすごく厳しい目をしていたという事を今、ようやくわかった。

「とにかく高校に来るならしっかり勉強してください、わかりましたか?」

「は、はい」

 僕はやっとの事で返事をした。 

 僕はその後どうやって帰ったのかまったくわからなかった。夢遊病者(むゆうびょうしゃ)のように帰宅したという事しかわからなかった。

 そして、帰宅した僕は上に上がり、そのまま寝たのだ。

—ブルルルル、ブルルルル。

 電話が鳴り響く、その後声がする。

『一樹君、ご飯よ』

 康子さんの声だ。そうか、もうこんな時間か。すっかり暗くなった窓を見ながら僕は独りごちた。 

 居間に行くか。

 そう思って僕はベッドから降りて、食卓へ向かった。そして、そこに座る。

「一樹くんどうしたの?」

「いえ、ちょっと…………」

 康子さんが心配そうにこちらを見る。無理もない、今の僕はほとんどの料理に手を付けず、みそ汁だけのんでいるのだから。

 今日の料理はハンバーグにフライドポテトとサラダの品々だ。ただ、僕はこれにまるっきり食欲がでず、むしろハンバーグを見ただけで、食欲がなくなってしまうのだ。

 しかたなくフライドポテトやサラダを食べる。

 そんな僕の姿に叔父さんも何か違和感を覚えたのだろう。こんな事を聞いてきた。

「どうした?一樹君、学校で何かあったかい?」

 僕は叔父さんの目を見てこれだけは言おうと思った。

「叔父さん、あとで話があります。その今日起きた出来事を話しておきたくて」

 叔父さんと康子さんは顔を見合わせた。そして、叔父さんがいう。

「ああ、わかったよ。これが食べ終えたら話そう」

「はい、そうしましょう」

 それでいったんこの話は止(や)む事となった。




「さて、今日なにがあったんだ?」

 夕食のあと、僕が風呂に言って、康子さんが洗い物が終えると。僕と叔父さん二人だけで話す事にした。

 そして、今、今日僕におきた事、いや、高校にはいってから僕自身に起きてる事を話さなくてはならない、と思い直して話す事にしたのだ。

「実は今日、先生にしかれたんです」

「ほう」

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