夢想曲:記憶の欠片

 これは、抜け落ちた少女の記憶。


 白紙のかみを捲っていくと、脳裏に映像と音声が蘇っていく……。



 銃撃音と悲鳴…私の嫌いな音ばかりが聴こてくる。

「いいですか。絶対にこの部屋から出てはいけませんよ」

 女中からの言葉に頷き、クローゼットの中に入る。

『詩に意味がある』のなら…。

 私も願いを込めてみるから……。


 ーーーーーーーーーーー


 渇いた心に5滴の雫を

 例え小さな雫でも

 神の求める甘露なら

 盃を満たすでしょう

 四方の国が盃を交わす時

 天は願いに耳を傾ける事でしょう


 ーーーーーー


 爆撃の音が消えた。

 風と、何かが崩れる音だけが聞こえる。

 クローゼットの戸を開けると、目の前は瓦礫の山だった。

 周囲を見渡しても、女中の姿はない。

 もしかしたら、彼女は連れ去られてしまったのかもしれない…。

 それか……いや。

 そんな悪いことは考えないでおこう。

 首を左右に振ってから視線を上げると、崩れずに残っていた扉の上に一羽の紅い蝶が止まっていた。

 蝶は、少女の周りを一周すると再び扉の方へ飛んで行った。

 まるで、蝶に導かれるように少女の体が自然と動く。

 いったい、蝶は少女をどこへ連れて行こうとしているのだろうか。

 しばらく歩くと、城の中央部分にある中庭にたどり着いた。

 中庭は、まるで銃撃戦があったとは思えないぐらいに草花が残っていた。

 紅い花の咲く中庭の樹が、周囲の草花のことも護っていたのだろうか…。

 そんな風にすら思わせてくれた。

 幹の根元に一輪の紅い華が咲いていた。

 その華に、少女を導いていた蝶が止まる。

 すると、紅い華が淡く光る。

 優しい光も、少女にとっては眩しくて瞼を瞑ってしまう。


 少しして、肩を誰かにそっと叩かれる。

 瞼を開けると、見知らぬ少年が目の前に立っていた。

 少年は白いシャツとズボンだけを身に付けていたが…。

 何故か少年のシャツは濡れていた。

 …この日は晴れていたというのに。

 少年は、先程まで紅い華が咲いていた場所を指差した。

 そして、差し伸べられた手に視線を向けた時、自然に下がった視界に映った少女の白いワンピースが、赤く染まっていた。

 少女と少年には、違う色の雨が降っていたのかもしれない。

 この数日間、色んな事が起こって疲れが溜まってしまったのか、少女は少年の肩をかりて樹の根元に座り眠りについた。


 遠くから聞こえてくる草を踏み締める足音に目を覚ます。

 目の前には、ずっと会いたかった少年が歩いていた。

 ただただ嬉しかった。

 わざわざ少女の事を迎えに来てくれたんだ。

『やっと、あのいえに帰れるんだ』

 それが本当に嬉しくて、差し出された少年の手をとって少女は立ち上がった。

 樹から少し離れた所で振り返ると、先程まで一緒にいた濡れたシャツの少年の姿は見えなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偶像少女の鎮魂歌 桜木 彩 @aya_sakuragi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ