18年3月4日・「美雪と夏来」

一日一作@ととり

18年3月4日「美雪と夏来」

深川美雪は美しい女性だった。陶器のような肌とすっと通った鼻筋、キリリとした目元は、まさに端麗辛口、クールビューティといってもいい美しさだった。白いシャツを着て黒のタイトスカート、ハイヒールに白衣に銀縁の眼鏡でもかけて保健室に座って居れば、ケガをした男子生徒でごった返すこと間違いなしだ。しかし、現実の深川美雪は高校生で、セーラー服に紺のプリーツスカートで、眼鏡はかけてなくて、黒のローファーを履いている。そして困ったことに毎朝こういうのだ。「おはヨーグルト!」


彼女の寒いギャグは、クラスで恐れられていた。高飛車な雰囲気と、サラサラのロングヘア、涼やかな目元で、とんでもないギャグをかましてくる。クラスメートも先生も笑うに笑えない。名前と相まって彼女は“冬将軍”と密かに呼ばれていた。たとえばある日、誰かが素敵なバッグをこっそり学校に持ってきた。女子みんなが注目して話題にしていた。深川美雪がそれを一瞥してこういったのだ「あら、素敵ね。アンタガタ・ドコサのバッグ」それを聞いたクラスメートは一瞬で凍り付いた。


美雪が私をターゲットにしたのは、何が理由かわからない。私はいたって普通に見せていたし、特別頭もよくなく、特別目立つわけでもない。どっちかというと表に出ないで、目立たないようにして生きているタイプだった。美雪が私の何を気に入って、頻繁に声をかけてくれたのか、今となってはわからない。それでも、私は彼女に感謝している。


ある日、私はぼんやりと教室の外を見ていた。彼女はやってきて、私にこういった。「夏来はパイナッキーは好き?」「は?」「パパがね、箱一杯買ってきたの」彼女は自分の顔くらいあるパイナップルを、壺でも肩に乗せるように持っている。「要らない?」……要らない。そういうと彼女の立場が無くなる予感がした。パイナップルは午後の授業中ずっと私の机の上にあった。先生に怒られなかったのか不思議に思うかもしれないが、先生の机にも大きなパイナップルが置いてあった。自力で二個持ってきたのだろうか。本当に美雪のパパはパイナップルを箱で買ったのかもしれない。


私の父は先月、会社が倒産した。美雪流にいえば、父さんの会社が倒産したのだ。私はちょっといい学校に通ってたから、学費が払えなくなった。受験を控えた大事な時期ということもあって、転校は考えなかった。父が新しい仕事を探し、母がパートに出て学費を稼いでくれることになった。父は家にほとんど帰らず、働きづめだった。母も夜遅くまで働いた。私は勉強にはげんだ。それで家族はうまく行くはずだった。


その日、私は勉強に身が入らなかった。両親には申し訳なく思うけど、どうしても勉強に集中できなくなった。私はぼんやりとノートの端にイラストを描いていた。時間だけが過ぎていく。突然、部屋のドアをノックする音がした。私が答えると、ドアノブが回って、父が姿を現した。泥酔している。「おかえり、お父さん。どうしたの?」母はまだ帰ってきていない。突然、私は父に押し倒された。


翌日、私はぼんやりと昨日のことを考えた。あれは父だったのだろうか、父の姿をした魔物だったんじゃないだろうか、悪い夢を見たような不思議な感覚があった。


私は学校に行って自分の席に座った、考えがまとまらない。どうすればいいんだろう。世界が突然色あせて、遠くに行ってしまったみたいだった。ふと、人の気配がした。見上げると美雪だった。彼女はいつものように朝の挨拶をしようとしているところだった。ふと彼女の瞳が不思議に揺らめき、ゆっくりと彼女の口が動くのが見えた。「夏来、どうしたの?」


美雪の家に行ったことがある。大きなお屋敷で、人の気配が少ない。美雪は音をたてないように家に入り、静かに歩き、部屋のドアを静かに開け閉めした。部屋に入ると美雪は「家では笑っちゃいけないの」といった。「パパは静かな生活が好きなんだって」


「なんでもないよ、美雪」「教室の外は綺麗だなって思ってただけ」私は微笑んだ。

世界の色が戻っていくのを感じていた。(2018年3月4日 了)

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