シンフォニック・シティ・チェイス④
普段は静かな裏路地に慌ただしく足音が響く。
「ちくしょう!どうしてこんなことに...!だが、ここを抜ければ4番地だ!」
カレントはトキを背負い、全力疾走で追っ手から逃げる。
しかし、その表情には疲労が見えはじめていた。
「逃がさないのだーーーッ!捕まえてJPPに突き出してやるのだ!」
カレントの後ろをアライグマとその相棒、フェネックが追いかける。
「その小娘を渡しやがれ!」
その後ろにグラサン三人組が続く。この三人もかなり疲労していた。
息を切らし、ペースを落とした三人組の後ろで誰かが叫んだ。
「どいたどいた!」
ペースの落ちた三人組の間を、かなり遅れを取っていたはずのサーバル達が人間離れした速度で駆け抜けて行く。
「な、なんだぁッ!?」
三人組も負けじと火事場の馬鹿力で足を早めるが、ヒトがアニマガール、ましてやネコ科のフレンズに身体能力で勝てるはずがない。
サーバル達はさらに加速し、ついにはアライグマ達を追い抜いた。
「な、なにィーーーー!」
「お先にー!アライさん!」
「あちゃー。追い越されちゃったねー」
カレントは裏路地を飛び出し、右に急旋回して歩道をひたすら走る。その後をすぐにサーバル達が続いた。
気配を察知したカレントが後ろを振り返りギョッとする。
「げっ!サーバル!あいつらなんて足の早さだ!」
「ちょっと!前見て!」
トキにそう言われて前を向くと、歩道が無数のパラソルテーブルに塞がれていた。路上レストランだ。カレントは焦る訳でもなく、ニヤリと笑う。
「好都合だ!」
カレントはそのまま路上レストランに飛び込み、テーブルの間を縫うように走る。
突如として現れた謎の男に、食事を楽しんでいた客達から悲鳴が上がった。
サーバル達はテーブルを軽々飛び越えながら後に続くが視界の悪さでカレント達を見失う。サーバルの顔に焦りの色が見えた。
「あれ?見失っちゃった!」
「サーバル!飛ぶのよ!」
カラカルの掛け声で、二人は空高くジャンプした。二人の突然の大ジャンプに悲鳴が更に大きくなる。
「いた!あそこだ!」
レストランを抜けて逃げていくカレントを発見し、そのまま地面へ逆戻りする。場所は捕捉できたが今のジャンプの間でかなり距離を離された。
「カラカル!急がないと逃げられちゃうよ!」
サーバル達が走りだした次の瞬間、
「どくのだァーーッ!」
遅れを取っていたアライグマがレストランに突っ込んできた。
テーブルを蹴散らし、一直線に進む。またもや悲鳴や怒号が飛び交った。
────
レストランを抜け、カレントは腕時計を確認した。
「どうやらジャストタイミングのようだ!」
「何処に向かってるの!?」
「いまに分かる!」
カレントがそう言ったのとほぼ同時に後ろで何かが飛び上がった。
サーバルとカラカルだ。
「くそッ!見つかったか!?」
通行人を押し退けて必死に逃げ足を早める。
レストランから300メートル進んだ曲がり角を左に曲がると運河が見え、カレントが安堵の表情を浮かべた。
「もう少しだ...!」
最後の力を振り絞り、運河までの直線100メートルを全力で走る。
少し後ろからだいぶ距離を離していたはずのサーバル達の声が聞こえた。
「逃がさないよっ!」
「くそッ!間に合ってくれ!」
人間がどれだけ走ろうとも動物に勝てる筈がなく、スニーカーがアスファルトを蹴る音がだんだんと近づいてきているのが分かった。それでもカレントは走るペースを緩めなかった。
ついにカレントは運河に到着した。そのまま川沿いを走ると対岸への橋が架かっていた。
「あの橋だ!」
そう言うカレントの息はかなり荒い。ここまでトキを背負ってノンストップで走り続けたカレントの体力は限界だった。足の感覚が無くなってきた。いや、あるいは無くなっていたことに今気付いたのかも知れない。
なんとか橋を渡るが、だんだんカレントの走るペースが落ちてきたのがトキには分かった。橋の丁度中心に差し掛かったとき、カレントはついに足を止めた。
柵に手をかけ、下に流れる運河を見下ろす。
トキがカレントの背中をゆすった。
「ちょと....!大丈夫...!?」
「・・・あと1分....」
しかしカレントはその場を動こうとせず、何かを呟いていた。
「とうとう追い付いたわよ!観念なさい!」
ついにカレント達はサーバル達に追い付かれた。
ネコ科動物は基本的にスプリンター。サーバル達も息があがっていた。
サーバル達は一向に動かないカレントを警戒したのか、少し間合いをとって構える。
「今助けるけるからね!トキ!」
サーバルがカレントに背負われたトキに安心させるかの様に声をかける。
「ち、違うのサーバル。この人は.....!」
「大丈夫よ!何も心配しないで!」
事情を説明しようとしたトキの声はカラカルに遮られてしまった。
カレントはじっと水面を見つめたまま動かない。
「30秒......」
サーバル達がじわじわと間合いを詰め、カレントに飛びかかったその瞬間だった。
「今だ!」
カレントがいきなり柵を飛び越えて運河に落下したのだ。
カレントの予想外の動きにサーバルは驚愕した。
「!!?」
飛びかかった標的がいなくなり、サーバルとカラカルは地面と激突する。
飛び降りたカレントの下にあったのは運河ではなく、一隻のボート。
ビニールの雨よけを突き破って強引に乗り込んだ。
「おわっ!なんだぁ!」
突然の空からの客に運転手は肝を潰した。彼はかれこれ数十年は観光ボートを運転しているが、空から入船してきた客は初めてだった。
「突然で悪いな。5番地まで頼む!」
お客は背中に背負った少女を椅子に降ろし、そう言った。その声に運転手は聞き覚えがあった。
「カレントか!?」
するとお客はかけていたサングラスを外して答える。
「ご名答!今ちょと追われててね!急いでくれ!」
運転手は合点がいった。この男なら突然少女を背負って橋から飛び乗ってきてもおかしくは無い。
「その子はガールフレンドか?」
「馬鹿言え!護衛対象だ!とにかく急いでくれ!」
「運賃は?」
「出世払いだ!」
「オーライ!」
これが彼らのいつものやり取りだ。
"出世払い"そう言っていつも強引に乗り込んでくるカレントからこの船の運賃が支払われた事は一度だってない。
それでも運転手はこの男を乗せてしまう。自分でも何故だか分からないが、この男を乗せてやりたくなるのだ。
運転手はボートを急発進させた。水しぶきを撒き散らし、船体が一気に加速する。
────
ここ何日もずっとトキを追い掛け続けて疲労困憊したグラサン三人組はようやく路上レストランに着いたが、嵐でも過ぎ去ったかの様に辺りに散乱したテーブルに道を阻まれていた。
「くそっ!車があれば...!」
グラサンの一人が舌打ちした時、真っ赤なオープンカーが歩道に停まり、金髪の男が降りてきた。
「ここのレストラン。評判いいんだぜ。かなり美味ぇんだってよ!」
「うっそー?マジ?でもメチャクチャ汚いじゃーん!キャハハ!」
三人は顔を見合わせた。どうやら都合よく車が来てくれた様だ。
三人は男の元へ歩いて行き、目の前に立ちふさがった。
「あ?何だよ?なんか文句でも....ほぼぅっ!」
因縁を付けようとした男の顔面にストレートをかまし、殴り飛ばして車に乗り込むと男の彼女が悲鳴を上げた。
女を助手席から引きずり降ろし、グラサン達は出発した。
────
サーバル達に先を越され、レストランを突破したアライグマ達はサーバルの後ろ姿を追いかけていた。
「サーバル達は左に曲がったのだ!恐らく運河のほうに向かっているのだ!」
フェネックはアライグマの隣を管理センター配布の手配書を確認しながら走る。
「ねえアライさーん。」
「何なのだ!?」
「今わたし達が探してる連続誘拐犯、たぶんさっきの人じゃないよー?」
フェネックの言葉にアライグマは狐につままれたような顔をした。
「なに言ってるのだ!?確かにさっきの男はサングラスをかけて、行方不明のトキを背負って逃げていたのだ!」
「でも手配書の人は誰も髭を生やしてないよ?」
フェネックに言われてアライグマは足を止め、手配書を確認する。
「本当なのだ...手配書のだれとも該当しないのだ.....」
「でもこのうちの三人、何処かで見なかったかなー?」
アライグマは必死に記憶を掘り起こした。
確かにみた顔だ。それも昔の事ではなく、ついさっき....
「!!! さっきの三人組なのだ!」
「そうだねー。それに、トキを背負って逃げていたのはたぶん隊長さんだねー」
「なにッ!?隊長さん!?」
フェネックの言う通りならあの男がトキを背負って誘拐犯から逃げていた事にも合点がいく。
「つまり、アライさんは追いかける相手を間違えていたと言うことなのだ!?」
「そういう事になるねー」
「ぐぬぬ....」
悔しがるアライグマの横を一台のオープンカーが走り抜けていった。
乗っている三人の顔は手元の手配書そのままだ。
「あぁぁーッ!!あいつら! 今度こそ逃がさないのだァー!」
「はいよー」
アライグマは追う標的を変えて再び走り出した。
────
パークのベテラン職員、ミライは指名手配中の連続誘拐犯と思わしき人物が車を奪って逃走したとの通報を受け、車を走らせていた。
「まったく、こんな非常時にカレントさん達は一体どこに.....」
「ダメです。トワさんにもカレントさんにも繋がりません」
助手席で携帯電話をかけていたミライの後輩、菜々がため息を吐いた。
6番地から運河を渡って通報があった4番地へ渡る途中、橋の上で知った顔を見つけてミライは車を止めた。
「サーバルさんにカラカルさん?何してるんですか?」
パワーウィンドウを開けてそう声を掛けた。
「ミライさん!!丁度良かった!トキを見つけたの!」
「トキさんを!?」
「うん!でもさらわちゃった.....!!どうしよう....」
今にも泣き出しそうな表情でサーバルがそう言った。
「さらわれた!?一体どんな人に?」
「え~と...大きなサングラスをかけてた...」
サングラス。その特長は指名手配中の連続誘拐犯と一致している。
ミライはおおよその状況を理解した。
行方不明になっていたトキは連続誘拐犯に誘拐されていたのだ。
「分かりました!!二人とも乗って下さい!!」
「どうするの!?」
「私たちでその誘拐犯を追い掛けましょう!!」
ミライはやる気に満ち溢れた顔でサーバル達に笑いかけた。
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