県道42号線沿線観光案内

韮崎旭

県道42号線沿線観光案内

 県道42号線を自動車で走行していると、「平家ゆかりの漬物 嶋浦屋」の看板を見つけたが特にその建物に併設された駐車場に立ち寄ることもなかった。自動販売機があったのに。

 助手席の久貝はと言えば相変わらずの寝ぼけ眼で、何を考えているかと言うか、そもそも生きているかが定かではない。いや死んでいてもこのような表情であったに違いないとしか思えないのだ。だから私はこいつの葬式で、もし久貝がこのような寝ぼけ眼のまま棺に収まっていたなら失笑するに違いないだろうと思った。そうこうするうちに、「平家そば 薬師」と書かれた看板の設置された、見るからに汚く小規模で、果たして1か月に片手で数える以上の客が来るのか疑わしいような、入るのがためらわれる蕎麦屋を見つけた。話によると、この蕎麦屋と言うのが、中津が「この近辺で飲食店と言うと、消費期限の怪しいサンドイッチを売っている何というかな……日用品販売店かそこの蕎麦屋くらいだ。その蕎麦屋なら、私はいぅたことがあるがね、少なくとも腹を下したとか言うことはなかったから、まあ大丈夫なのではないか。何せサンドイッチなどというものは生鮮食品中の生鮮食品だからな、やめておく方が無難だ」

 県道だというのでもっとこう人気のある通りを想像していたわけだが、大雨、強風、近くのがけ崩れなどにより頻繁に封鎖されているタイプの県道であるように見受けた。特に悪路を走る趣味はないので、これには少々面食らったが、とはいえ特に地方中核都市でもない県庁所在地をもつ県の、県庁所在地でもない市町村のそれも謙虚のやまのあたりだということが判明していたのでこれは仕方のないことだ。と言うのはこのあたりには温泉街などもないからだ。観光地でもなく、人はまばら。

 蕎麦屋に入ると、中はしばらく人がいなかったであろうことが容易に想像される有様で、照明も消えていた。しかし外観の余りの汚さに、私たちは蕎麦屋の細部まで観察するのを怠っていた。それにしてもこんな状態で施錠もしないでおくとは、開店休業なのか知らないが、随分と治安のいいことだと思った。仕方がないので辺りを見回すのだが、鶏の翅のようなものが散乱していて、食品衛生上の問題が感じられる。私は一度車に戻り、久貝を叩き起こすと、蕎麦屋に同行するように求めた。久貝はしぶしぶといった様子で、私に同行した。蕎麦屋の壁には、血痕で判読不能になったメニューがあり、ひらがなの「り」だけが、かろうじて読めた文字だった。

 それから私たちは蕎麦屋の狭い上に汚い、……鶏の羽と埃の積もった……を歩き回ると、カウンターの上に人間の腐りかけた頭部があるのを発見した。眼下には浅学にして名前を知らないがとにかく屍骸にたかりそうな虫が数多く巣食っており、そこだけがその頭部の中で活気のある部分だった。蕎麦屋の店内の汚さにあっけに取られて気が付かなかったが、確かに店内には、長い間使用されていないだけでは説明のつかない異臭が漂っていたので、これが人の腐る匂いなのかもしれないなと考えた。久貝がめずらしく意欲的に活動して、鍋の中身を見てみようとするので私も随伴すると、鍋の中身は名状しがたく汚濁した液体と、人骨らしきもの、それになんであるのかの検討をつけるしかできない、ぶよぶよした、蠅が多くたかった物体があった。こんな不衛生な場所で食事はできない。さしあたり、観光案内所か交番、または駐在所に向かう必要を感じた。私たちは一応蕎麦屋の惨状について警察に通報したのだが、110番がつながらなかった。電波が悪いのかもしれない。

それから、カーナビで探した交番らしき場所にたどり着くと、その頃にはもう日が暮れていた。その建物の前には、カラスの死骸が規則正しく干されていた。洗濯物のように。という訳で、この地方には、おそらくカラスを食する習慣があるのだろうと思った。

 警察官の方は、やさしい方で、私たちに、この辺には宿と言って特にないからねと言いながら、その建物……交番なのか駐在所なのかわからなかった……に私たちを泊めてくれると言ってくれた。


 次の日の朝で印象的だったのは、足元に停滞する冷気と、霧雨だった。それから久貝の寝ていた場所を見ると空白だった。私が不審に思っていると、「久貝さん何らここですよ」そう言って警察官の方が久貝の頭部をバケツに入れた状態で(まだあからさまな腐敗はない)持ってきて見せてくれた。なんて親切な警察官の方なのだろう。それから彼は、まあ朝食でも準備しますから、といって朝食までごちそうしてくれた。人間の指の唐揚げであるそうで、誰の指かは定かではなかったが、下準備が良く行われているためか非常に美味だった。スパイスもきいている。「素敵な料理ですね、あなたが作ったのですか」そう尋ねる私に警察官の方は、「ええ、3年前に妻が死んでからと言うもの、私一人で生活しているものでね、こうして外から人が来てくれるのはありがたいことですよ。料理が数少ない生きがいなんですが、如何せん、食べてくれる人がいなくてね」と説明してくれた。全く親切な警察官の方である。いやはやこの場所に来てよかった。

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県道42号線沿線観光案内 韮崎旭 @nakaimaizumi

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