終章-4 ルリタテハ王国の神様の所業

「トレジャーハンターを辞めるんだってね?」

 沙羅がカウンター席にいるオレに話しかけてきた。

「辞めないぜ。それより、どこまで知ってる?」

「自宅への強制送還か、惑星送りの強制労働。そのどちらかよね?」

 まあ、間違いじゃねぇーな。

 合コンの翌日、オレは情報収集のため喫茶”沙羅”にやってきた。スペシャルを注文しようとしたのだが、桂木オーナーは不在だった。

 仕方なくオレは、ブレンドを一杯飲んでから帰ろうと考えた。しかし多くの店員を雇い、暇となっていた沙羅に捕まったのだ。

「まだ決まってねぇーぜ」

 突然、周囲の音が聞こえなくなった。沙羅が遮音フィールドを展開したようだ。

「オーナーはね。情報屋だけど、動ける情報屋なのよ。もし国に属しているならスパイと呼ばれる職業ね」

「それをオレに語る意図は?」

「動いていてオーナーは忙しい。だけどね、情報屋を休業しているわけではない。今も喫茶”サラ”で情報は買えるということよ」

「要は営業活動ってことか?」

「そういうこと」

 ウィンクして応えた沙羅に《歳を考えるべきだぜ》と口が滑りそうになり、慌てて口を閉じた。一息つき、オレは頭を使った会話へと切り替えた。

「・・・オレが知っておくべき情報を売ってくれ」

「そうなると高いわよ」

「どのぐらいになる?」

「このぐらいになるわよ」

 カウンター下からメモ用紙とペンを取り出し、沙羅は金額を記入した。紙とペンを使うとは随分クラシックだなとの感想も、金額を見て吹っ飛んだ。

「冗談だろ・・・カミカゼが買えるぜ。桁間違ってるよな?」

「アキトが知っておくべき情報というのは、調べれば誰もが入手できる情報じゃないのよ。いい? 新開家の次男坊。あなたの周辺はVIPばかりで、知っておくべき情報は彼らに関連するのよ・・・ということは、情報入手のリスクと難易度は跳ね上がるわね。それに、あなた自身の情報の価値も急上昇してるわよ」

 口を滑らせなくて良かったぜ。滑らせてたら、絶対上乗せして提示してきたに違いねぇ。

「なら、オレが自分の情報を提供すれば報酬を貰えるんだよな」

「そうなるわね」

「このぐらいなら今すぐ支払える。その金額とオレ自身の情報提供料で、相応の情報を売ってくれ」

「地下に格技場があるのは知ってるわね」

 アキトは肯き、真剣な眼差しで沙羅を見つめる。

「格技場に向かう途中に応接室があるから、先に行って待ってて頂戴。入れるようにしておくからね。2つ目のドアよ」

「交渉成立なんだな?」

「ええ、成立よ」

「先行ってるぜ」

「すぐに用事は済ませるから、覚悟して待ってることね」

「覚悟だって?」 

「心の内を丸裸にされる覚悟よ」

 アキトは肩を竦め、カウンターを後にした。

 色々と驚く内容が多かったが、オレは平静を装えたか?

 それよりオレは、業界のプロから漸くトレジャーハンターとして認められたような気がした。トレジャーハンターは休業になるけど・・・。


「毎度ありがとうございまーーーすっ。またのご利用をお待ちしておりますねぇー」

 沙羅はアキトから知りたい情報を聞き出し、ご機嫌だった。半面、オレは心の内を暴き立てられ、少し落ち込んだ。

 オレの女性の好みを訊いてくるなんて・・・。

 理由は納得のいくものだったが・・・。

 新開家に近づきたいと考える輩は多い。まだガードが緩く、社会経験の少ない新開家の未成年を攻略対象とする。好みの女性が近づいてきたら、無碍にできないとの考え方かららしい。

 オレは仕方なく・・・本当に仕方なく・・・マジ仕方なく・・・正直に好みを答えた。少し予防線は張っておいたが・・・。

「あくまで今の好みだぜ。あとで好みが変わるかもしれない」

 遠回しに必要ない情報じゃねぇーのかと聞いてみた。

「もちろん構わないわよ。良い? データは時が経つにつれ蓄積され、様々なデータで分析することで価値ある情報に成長していくのよ」

 どうあっても聞き出すつもりのようだ。

「金髪碧眼、中肉中背、髪はセミロング、知的で面倒見が良い女」

 感情を入れずオレは淡々と答えた。

「王位継承順位第八位?」

「違う」

「一条風姫?」

「全く違う」

「そうかぁあ・・・美少女だものね。だけど、もっと身近にも目を向けた方が良いわよ」

「あくまで女性の好みを言っただけだぜ」

「別に好きな女性でも良いわよ」

「主旨がずれてってる・・・」

 沙羅の瞳の輝きは、オレの訂正を受け入れる余地がないと雄弁に語っていた。間違った情報を正しい情報として脳にコミットしたらしく、オレは早々に説明を諦めた。それに、風姫を好きだと誤解されても支障ないだろうし、誤解を解く過程で、隠しておきたい事実が発覚するかも知れない。

 その他にも自分の個人情報を切り売りした結果、精神的に大きな負荷が掛かり、そうして得た情報は脳に多大な負荷を掛けた。

 喫茶”サラ”を出て、近くの公園のランニングコースを走りながら、多くの情報を整理整頓する。

 ルリタテハ王国は、ヒメシロ星系の民主主義国連合とミルキーウェイギャラクシー帝国のスパイを徹底的に取り締まることになった。桂木オーナーは、スパイの割り出しと証拠固めに協力しているらしい。

 今までヒメシロ星系はルリタテハ王国の辺境とされていたが、今後は開発の中心星域と位置づけられるのだ。その為にも他国のスパイを管理する必要があったのだが、辺境であったヒメシロ星系に、そんな実力はない。そこでジンは、スパイの一掃作戦を立案したのだ。コムラサキ星域やヒメジャノメ星域にルリタテハ王国軍が展開し終える時間を稼ぐために・・・。

 因みに、スパイであるのに中々物的証拠が揃わないという事実をジンが知ると、数日後には何故か充分な証拠が発見されるのだ。もちろん、桂木オーナーが忙しいことと無関係ではない・・・というより暗躍しているらしい。

 オセロット王家と新開家で、すでに10回以上もの交渉が実施されている。殆どは下交渉として両家の法務担当者同士だけだが、そのうちの2回は、家の代表も参加したようだ。

 《・・・ようだ》というのは、情報料が足りず両家の代表者の名前を教えてもらえなかったのだ。

 知らない内に何度も交渉が行われてるとは・・・ヤバい状況だった。

 オレの意志が全く反映されない可能性がある。

 業務量を減らして時間の余裕ができた。今日から親子の会話を増やすようにしようと、オレは心に固く誓ったのだ。


『ルリタテハ王家と新開家および新開空人。この3者間で締結された契約に、異論はないな』

 アキトの曾祖父であり、新技術開発研究統括株式会社の会長でもある”新開蒼空”は、厳かに宣言した。

「一条隼人の名に懸けて、異論はない」

 ジンが即答した。

 次いで証人として、これ以上の大物はいない人物が返答する。

『ルリタテハ王国国王、一条千宙の名に懸けて異論はない』

 新開家へ圧力を掛けるため、ジンが引っ張りだしてきた、という訳ではない。蒼空がルリタテハ王家として契約を守らせるために呼んだのだ。新開家の総意で、トラブル上等のジンだけでは、まぁーーーったく信用できないとなったからだ。

「新開優空も異論はありません。空人も異論はないね?」

 研究開発施設の役員用応接室にオレと父さん、ジンが集っていた。

 その応接室の四方の壁面は、全てディスプレイになっている。当然、ドアのある壁面もだ。今は2つの壁面ディスプレイしか使用していないが・・・。アキトたち3人は部屋の角を向きソファーに腰を掛け、右壁面に新開蒼空、左壁面に一条千宙が映っている。

「ありません」

 ルリタテハ王国で契約が締結されたと見做されるのは、文書が交わされてから1日後になる。これは、本契約に付随する捕捉文書の検討に必要な時間とされている。本契約で本筋を合意し、捕捉文書で詳細な契約や様々なケースを想定した内容を記載する。大きな契約や重大な契約になればなるほど、打ち合わせ回数が多くなり、捕捉文書の量が膨大になっていく。

 仮締結した後、1日以内に打ち合わせ内容と矛盾が生じていないかを確認する。また本契約と捕捉文書の整合性、捕捉文書内の優先契約の順位、ケースの妥当性など様々なチェックも必要だからだ。

 今回が最後の打ち合わせの予定で、文書が交わされてから、もうすぐ1日になる。

「さて・・・15分ぐらい残っていますしね。幼い頃の空人の動画でも再生しましょうか?」

 皆の表情が固く、冗談で場を和ませようとする父親の苦労が忍ばれる。

 オレは我関せずと、今までの苦労を思いだす。喫茶”サラ”から戻って、すぐ父さんに直談判したのだ。契約の当事者を打ち合わせに参加させないのは、間違ってると・・・。

 いつものように父さんは、オレの怠慢を徹底的に突いてきた。

 打ち合わせ議事録は毎回メールしているし、開催案内もメールしていると・・・。必要であれば議事録に意見を出しても良いし、打ち合わせに参加しても良いと・・・。

 忙し過ぎて、研究開発に関係ない文書のメールなんて読んでられなかった。というより、その辺は朝食の時にでも話してくれればイイものを・・・。絶対、ぜーったいに読めてないのを分かってて、報せなかったに決まっている。

「そのデータを送ってもらおうか。話のネタに丁度良い」

 応接室に来てからのオレは、最低限しか口を開かず、感情を表に出さないように気を付けていた。ジンに素のままツッコミを入れそうになるからだ。

「ふてぶてしい表情を浮かべたりする今とは比較にならないくらい可愛いので、物笑いの種にはならないですよ」

 邪悪な笑みを浮かべるジンに、愉快だと笑顔で話す優空。

 どうやら父さんは、冗談を口にしていた訳ではないらしい。

 2人に対してオレは、冷静に意見する。

「お父様、肖像権を尊重して頂きたいものです。それにジン様」

 しかし、話しているうちにオレの猫かぶりは限界に達した。

 一呼吸入れてから、ジンに素の口調でクレームを入れる。

「・・・やめろ。不当な扱いには拒否権を発動するぜ」

「ほう、このぐらいで不当な扱いだと抗議するとはな。そんなもの通用しない。それともアキトは、我に戦いを挑んでいるのか? そうか、そうなんだな。それは大変に良い度胸だ。相手になってやろう」

 どんな戦いをするってんだ・・・。オレは話を逸らそうとするジンの話術を無視し言い放つ。

「オレは未成年だからな。ある程度ワガママ言っても通用する。なにせ未成熟な年齢だから、国による保護が不可欠なんだろ?」

 ここ数ヶ月の間に契約関連で何度も失敗すれば、法律を勉強するし調べもする。特に自分の立場に関連する項目は重点的に調査した。

 喫茶”サラ”からで情報を得てから、アキトにしては研究開発以外の時間をバランス良く使っていた。トレジャーハンターとしてのトレーニング、運動、契約関連の勉強、ストレス発散のための遊び・・・お宝屋と風姫が傍にいることが多かったが・・・。

 充実した状態で今日を迎えた。

 しかし、そんなアキトでも、この場にいる大人には全く歯が立たないのだった。

「いいかい、空人。いくら未成熟な未成年でも、契約外の我が儘は品性が問われるからね。新開グループでは品性も評価対象になり、品性に欠ける人物を重用しない。それは品性に欠ける人物のコミュニケーションは、対外的にも対内的にも新開グループの品格を貶めかねないからだよ」

「分かりました、お父様。拒否権の発動するという言動を軽々しく用いるのは慎みます」

 あくまでも父親に返答しただけで、謝罪はしていない。ジンに対しては返答すらしていない。アキトの表情には、理解したが納得いってないというのが、ありありと浮かんでいる。それでも、契約の場を、みだりにかき回さないだけの配慮はあった。

『契約の締結完了時刻だ。余は席を外す。・・・蒼空』

『何かあるのか?』

『あぁ・・・いいや、また後でな』

 言葉を濁し、ルリタテハ王国国王は《席を外す》という言葉で通信を切断した。この時代で席を外すとは、すぐには連絡が取れない、通信に出られなくなる状況になるという意味を含んでいた。

 一条千宙と新開蒼空は友人なので、個別に話したいことがあったのだろうとアキトは軽く考えた。

 しかし、それはアキトに関連した内容で、軽いことではなく・・・新開家が最後の機会を逸してしまった瞬間だった。

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