終章-5 ルリタテハ王国の神様の所業
契約締結後、就職祝いということでオレはジンから食事に招待された。すでにお宝屋と史帆が指定されたホテルにいるということだったので、オレは急ぎ自分のカミカゼ水龍カスタムモデルを疾駆させた。ジンは貴賓車両でシロカベン市街へと向かうということだった。
ルリタテハ王立大学からの通知があったとクールグラスに表示されてたので、シロカベン市街に到着してから、カミカゼを停止させ内容を確認した。その場でオレは、しばし呆然とする。
嬉しいと言ってイイのか・・・。
それとも厄介事と考えた方がイイのか・・・。
講師をしながら大学の学位を得られるように、王家が取り計らうという契約。ただし公正を期すとも通告されていた。
つまり4年間、何処かの学科の授業を受け、落第しなければ学位が得られるということだ。そこに誤解はない。
報酬に関しては、職務に適正な支払いを保証し、極めて厳正に能力で判断するとも契約に記載があった。そこにも誤解はない。
新開家の目的はオレに学位を取らせること。
だから契約期間の4年間に反対しなかった。
今からすると、風姫の卒業に合わせて王家は4年間を提示してきたのだろう。
30分ほど色々なケースを検討してみたが、社会経験の少ないオレには判断がつかなかった。分からないなら確認するしかない。
オレはホテルの部屋に飛び込むように入り、開口一番叫び声をあげる。
「ジィーーーーッン!」
「騒ぐな、アキト」
「オレが教授だってぇえええ?!」
「光栄だろう。ルリタテハ王立大学の教授職なぞ、なりたくてもなれん。我が推薦した。ダークマターの惑星ヘルに突入し、無事に脱出してきた経験を持つのは、人類でアキトだけだろうな。故にアキトは、エレメンツハンター学の教授なのだ。高々17歳で就任し、ラボまで主宰できるのだ」
「契約は・・・」
「無論遵守した上で、最高の結果を手にしたのだ。相手にも一定の利益享受がある。四方八方が丸く収まる。どうだ? 我のこと、神の如しと感じておるのだろう。まさにルリタテハ王国の守護神であるがな」
「ふむ、どちらかというと、現ロボ疫病神だと感じてるぞ」
「いやいや、ゴウ兄。ああいうやり方を自作自演とかマッチポンプっていうのさ。まあ、僕は”人でなし”だなと思うよ。ああ、そうそう。僕はアキトのサポート役としてテストパイロットに立候補するよ。アキトが僕を助手に指名すれば良いだけさ」
「それは・・・ちょっとイイかも・・・」
「うんうん、じゃあ決まりだね」
「アキト! 騙されてるわよ。見事に掌で踊っているわ」
「決めるのはアキトさ」
「そうじゃない。そうじゃないわ。アキトは教授としてルリタテハ王立大学にくるのよ。ルリタテハ王立大学には優秀な人材が大勢いるわ。あなたを助手にする必要なんか全然ない・・・というより邪魔だわ」
「僕以上にアキトを分かってる人はいない。僕ならアキトが存分に腕を振るって開発した新技術のテストパイロットになれるのさ。そう・・・」
「うむ。そういえば、俺もジンからエレメンツ学科トレジャーハンター学の教授として招聘されている」
「はっ?」
「えっ?」
アキトと風姫の脳に情報が正しく伝わらなかった。千沙の脳には伝わったようだが、意味を理解できてない様子で、ゴウに質問をする。
「どういうことなの?」
「王家、新開家、アキトとの契約が締結されるまでは、守秘義務があったのだ」
「いやいや・・・どこで何するって?」
千沙同様、翔太の脳に伝わったのも情報だけだったらしい。
「ルリタテハ王立大学エレメンツ学部エレメンツ学科で、トレジャーハンター学の教授だ。さっき、正式に通知がきたぞ」
「なんで・・・どういうことかしら? ジン」
「新規に開設した学科だ。人材が足りん。我がエレメンツハンティング計画学を担当し、統合物性学・・・分かりやすく言うとエレメンツ学を担当する。ダークマター学やダークエナジー学は、王家や王立研究所から手配するとしても、エレメンツハンター学とトレジャーハンター学も必要だろう。トレジャーハンターとして実績があり、軍隊との戦闘経験まであるのだ。お宝屋代表がトレジャーハンター学を教えるのは適材適所で適任といえる。何よりも、面白くなりそうだ」
風姫はジンに何を言っても無駄と判断したのか、ゴウに厳しい声で尋ねる。
「なんでOKしたのかしら?」
風姫からの冷たい非難の眼差しにも、ゴウは一向に堪えることなく答える。
「いや、面倒だから断ろうとしたんだが、アキトも行くし、長期休暇にトレジャーハンティングしてもOKなんだ」
「お宝屋はどうするの?」
千沙からは当然の質問が出たが、ゴウは微妙にポイントを外して答える。
「いや、トレジャーハンティングするぞ」
「いやいや、ゴウ兄。授業期間中、僕達はどうするのかってことだよ」
「翔太はアキトの助手だろ。それなら千沙は俺の助手だが」
「あたしも行けるの」
「うむ、そうだぞ」
満足そうな笑みを浮かべた千沙と対照的に、史帆は一言も会話に入れず呆然としていた。
史帆自身の身の振り方にもオファーがあるのだ。
風姫達との夕食で、アキトは楽しく会話しながら、時折思考を巡らせていた。
16歳でトレジャーハンター。
17歳で教授。
オレって世間的に見て、かなりハイスペック?
オレ自身が、だぜ。
新開一族の新開空人が凄いんじゃねぇー。
オレ自身がスゲェーんだ。
今までのオレは、新開家の一族だからって優遇冷遇どっちもお断りだと、そう考えていた。
ただ新開グループと新開家を外から見てみて・・・特に、ここ1ヶ月ぐらい見てきて、凄味が分かってきた。
そして、その前の風姫との出会いで、家を無視せず認め、家を利用し、家の格に追いつくという考え方があるということも知った。
風姫はルリタテハ王家の格に挑戦してるんだ。
新開家ぐらいで怯んでたら、オレ自身の格が新開家の格に追いつけないと認めるようなもんだ。
今のオレの実力では、確かに新開家やルリタテハ王家との格に違いがありすぎる。だが、まだまだ限界じゃない。自身の限界に挑戦し限界を超えるためには、利用できるものは利用し尽くす。そうすれば、オレ自身の実力は飛躍的に向上する。新開家、ルリタテハ王家の格を抜き去れる日が絶対にくる。今日からのオレの格の目標は、まず新開家だ。そして、次にルリタテハ王家の格。
オレは絶対に負けない。そして越えてやるぜ。
アキトは慢心することなく決意を新たにした。
しかし無事に契約も締結し、思っていた以上の好待遇らしい状況に、アキトは浮かれていたのだ。そんなアキトに待っていたのは、新開家からの容赦なきオーダーだった。
祝賀会が終了し、アキトが宿泊しているホテルに到着したのは21時過ぎだった。
エントランスで10メートル程のセキュリティーチェック用通路を通り抜けると、コンシェルジュが待っていた。そこでオレは呼び止められ、父さんがパーティールーム”さくら”で待っていると伝えられる。
教授就任や雇用条件は新開家にも通知されたはずなので、急遽パーティーを開いてくれんのか?
いや、良くも悪くも理知的な親だ。そんな無計画にパーティーの開催はしないだろうな。
となると・・・分からん。
エアボードがパーティールームの前で停止し、推察する時間がなくなった。答えはすぐ目の前にあるのだから、これ以上は考えるだけ無駄である。
アキトは躊躇せずパーティールームへと足を踏み入れ、言葉を失った。その間隙を縫うように優空の言葉が耳へと入ってきた。
「あーっと・・・適当に待ってるように。特許戦略が難航していてね」
パーティールームの名は”さくら”。
120畳敷きの和室であった。
中規模の和室のパーティールームであって、この程度で驚くに値しない。アキトが驚いたのは、パーティールームの意義を正面から否定するかのように設置された、膨大な機器に対してだった。まさに部屋を埋め尽くさんばかりである。
入口から奥の演台まで一直線に幅2メートル程の道ができていて、部屋の中央には半径3メートルぐらいの作業スペースがある。
父さんが作業スペースしてる中央に近づき、無造作に置いてある座椅子でオレは胡坐をかく。
研究開発施設は仮説ラボが多く、父さんの執務室まで用意できなかったのだろう。因みに仮説ラボが思わぬ効果を生みだしているようで、新開グループの研究開発施設担当者の見学ツアーが組まれているらしい。
まっ、オレには関係ないけどな。
「ゆっくりしてるよ」
口調とは裏腹に、オレは父さんの仕事を目で覚え、内容を理解し今後利用するつもり満々だった。
しかし、結構自信満々だったのだが、オレは殆ど理解できなかった。
中央に3Dホログラムで表示させているのはパテントマップ。つまりは特許同士の関連図だった。周囲のディスプレイにはパテントマップで選択した特許の詳細が表示されていた。特許情報が表示されていないディスプレイには、プロジェクトの詳細が記載されている。
20分ほど放置されてから、漸くアキトに視線を合わせ、父さんが話しかけてきた。
「お待たせた。だけど、これから忙しくなるアキトに無駄な作業をさせたくなくてね」
忙しくなる?
オレが?
またまたぁーーー。
父さんが家庭で良く冗談を言うのをオレは知ってる。そして仕事に関しては、理知的で生真面目というの知ってる。
さてと、今は?
仕事モード・・・だよなーーー。
つまり冗談ではない・・・と。
・・・ホント冗談じゃないぜ。
「父さん、念の為に訊くけど・・・決定事項?」
「うん、誤解のないように伝えないといけないよね。いいかい、空人」
一拍溜めてから、しかし優空は、あっさりした口調とこの上ない笑顔で伝える。
「新開家の決定事項」
やっぱり、かぁあぁあぁああああーーーーー。
「何で? どのくらい忙しく?」
「詳しくは資料を使って話すけど、ざっくり試算するに休みは日曜日のみで、契約開始前の1月31日までになるね」
「年末年始は?」
「新開グループ恒例の年末発表会で3枠用意した。3枠とも大会場だから、下手な発表はできないしね」
新開グループ恒例の年末発表会とは、惑星シンカイで12月上旬から中旬にかけ、2週間に亘って実施される。発表内容は研究、開発、技術で9割を占めるが業務革新などもあり、グループ全社の催しである。そのためルリタテハ王国全域から社員が集まり、グループ内の交流が活発になるのだ。
ただし発表内容は非常に高レベルであり、発表者と参加者の交流会で激論になることも多々あるのだ。発表会は主に前半の1週間に集中させ、後半1週間は議論やシミュレーションに多くの時間を充てている。
夜の交流会・・・忘年会や飲み会ともいう・・・も新開グループと新開家で、毎日ホテルに会場を用意しているが、21時までとしている。飲み足りない者たちは街に飛び出し自由を謳歌するのだ。
新開グループの一大イベントである年末発表会では、1枠で1つのテーマとなる。
つまりアキトは、3つのテーマを用意しなくてはならないのだ。
「理由は?」
「教授就任おめでとう」
「・・・ありがとう」
「困ったことに、客員教授でもなく客員名誉教授でもない教授となってしまったね。蒼空お祖父さんは通知を見た刹那、国王に連絡してね。席を外されていたから国王から中々折り返しがなく。19時ぐらいに漸く繋がり、1時間近く国王に抗議と愚痴と嫌味と脅しをかけて、最後の捨て台詞で覚えておけと言ってたぐらい怒り心頭だったんだ。あんなに怒った蒼空お祖父さんは、初めて見たね」
語彙が豊富で威厳の塊のような蒼空曾祖父さんが、街のチンピラのような捨て台詞を吐いた?
「えーっと・・・なんで?」
珍しく父さんも熱くなっているようでオレの話を聞いていない。
「こんなことなら、4年間の半分でも多いぐらいだって嘆いたしね。期待が大きかった分の落差が酷かった。これがルリタテハ王国の神様の所業だと・・・あの邪神いつか滅ぼす、とも言っててね。目が本気だった。もちろん合法的に葬り去るなら、新開家として全力を注ぐとしよう。まぁーったく異論はないね」
何処までが蒼空曾祖父さんの意志で、何処からが父さんの意志か分からない。父さんもマジで怒ってるらしい。
刺激しないよう丁寧な口調を心がけ、アキトは理由を問うことにした。
「父さん父さん。とりあえず落ち着いて理由を教えてください」
複数のディスプレイに事細かな説明が表示されている。1番大きなディスプレイには”空人の教授就任迄のプロジェクト”と題されたプレゼンテーションになっていた。
そこには蒼空と優空が徹底的に議論したプロジェクトの目的、目標、スコープが定められていた。1時間以上に亘って自分の立場を様々な資料とパテントマップ・・・新開グループ特製の特許関連図で叩き込まれたのだ。
要約すると《教授の立場だと論文が公にされ、特許を取得できないから新開グループが困る》というのだ。
エレメンツ学科で講師として教えている合間、アキトに他の学科の受講を認めさせ、実力での学位取得の道を用意させた。新開家が心血を注ぎ勝ち取った学位取得への道が、ジンの策略によって意味の成さなくなったのだ。
よぉーーっく、自分の立場が理解できたオレは、邪神の企みを阻止する新開家の対抗策を訊いた。一方的に、思うがままに踊らされて、何も手を打たずにいるほど新開家は手緩くない。
「1月末にある学力検査に100名規模で送り込む予定でね。半分の人数が検定をパスすればエレメンツ学科の定員に達するからね。空人の契約期間の4年間を毎年、新開グループの社員で埋め尽くしてエレメンツの知識を独占する。ただ残念なんだけど、トレジャーハンターと軍人に若干の優先枠があるから、独占までは無理なんだよね」
「普くルリタテハ王国の国民に研究の機会を・・・が大学設置の意義であり、授業料を無償にしている理由だったはずだぜ」
「新開グループの社員もルリタテハ王国の国民だしね。何ら問題ない。それに新開ラボには、新開グループから共同研究資金の提供と研究助手の派遣をする予定だ。もちろん上限ギリギリまでするから、研究成果の約4割は新開グループに持ってこれるだろうね」
それにしても、周囲の大人の思惑にオレは振り回されっぱなしだぜ。
アキトは覚ったのだ。運命とは己の力だけで切り開けるものではなく、周囲の力も活用して切り開くものと・・・。
そして来年、トレジャーハンター”アキト”は、エレメンツハンター”新開空人”となる。
アキトの運命と、アキトの本気が対峙するのだ。
第2話 完
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